第44話 初めての殺害

「スケルトンが4体も!?」


 カンさんは大変驚き焦った様子で、扉から出ていった。こうしてヒラタと少女は残されてしまったわけだが……。


「なんか大変そうだね」


「随分呑気じゃない。多分、このままじゃこの村、壊滅するわよ」


「マジ? スケルトンってそんなに強いの?」


「大の大人が100人でかかっても勝てないわよ。私の村の連中も居れば話は別だけど、この村のみんなだけじゃ、多分……」


 少女のブラックナイトは神妙な面持ちだ。多分。表情は見えないが、そんな感じの声色だった。色々と複雑な心境なのだろう。


「えーと、君の名前、スィスだっけ?」


「そうだけど……。人間が気安く呼んでんじゃないわよ」


「よーしスィス。俺に名案があるぜ。耳穴かっぽじよーく聞け」


「かっぽじ……? な、何よ?」


「今のうちに牢屋から出よう!」


「バカじゃないの!?」


 だがヒラタは真剣だった。というかわりかしいいヒラメキだと思っていたため、第一声で否定されて傷ついた。


「いや、何も逃げようって言ってるんじゃないんだ。ほら、さっき自分で言ってたじゃん。スィスの村のブラックナイト達がいれば勝てるって」


「まさか、この村にあっちの村のブラックナイト達を呼ぶつもり? そんなことしたら今度こそ戦争に……」


「でもこのままじゃこの村のブラックナイト達は全滅してしまうんだろ。じゃあ助けてもらうしかないじゃん」


 スィスは押し黙った。ヒラタにはブラックナイト同士の対立や確執など、一切知る由もない。だがこのままスケルトンによってこの村が壊滅してしまうのは、あまりにも虚しいではないか。協力すれば助かるというのに。


「綺麗事ね。現実はそんなに優しくないのよ」


「そうかもな。でも綺麗事で救われる命もあるはずだ」


 おもむろにスィスは鉄格子を掴んだ。かと思うと、それを粘土みたいにねじ曲げて穴を開けてしまった。なんという馬鹿力。


「私だって、みんなが死ぬって分かっててじっとしてられるモンスターじゃないのよ」


「っ! 協力してくれるのか!?」


「勘違いしないでよね! 別にあんたに協力するわけじゃないんだから! 私は村のみんなを助けるために行動するの!」


 そう言って鉄格子を完全に破壊し、外に駆け出して行ってしまった。開け放たれた扉からは悲鳴や怒号が聞こえてくる。ヒラタも彼女を追おうと急いで外に出たが、既にそこにスィスの姿はなかった。


「頼んだぞスィス。お前の足の速さが頼りだ」


 と呟き激励を送る。さて、ヒラタは何をしようかと辺りを見渡す。混乱に乗じて逃げ出すこともできるが、それをするほど腐ってはいない。まずは全体の状況をよく見るために、ヒラタは近くの家屋に登ることにした。


「にしても不思議な建築だなぁ。材質は木か?」


 などと呑気なことを言いながら、近くにあった荷物を踏み台にして屋根の上に登る。すると、村の出入りである門の付近にて戦闘が起こっていることが分かった。ヒラタ達がここに連れてこられる時にも通った門だ。


「これ、思ったよりヤバくない?」


 戦況は劣勢だった。たった4体の白いモンスター、スケルトンが無双ゲーみたいにバッタバッタとブラックナイトを倒している。戦闘区域の後方には簡易的ではあるが医療所みたいな場所が作られており、負傷したブラックナイトはそこに下がって治療している様子。


「まずいな。このペースでやられてると、あと10分も持たないぞ」


 SランクとAランクではここまで違うものなのか。素人のヒラタから見ても、ブラックナイトに勝ち目はなさそうに見えた。皆、黒い剣を携え、統率された動きで立ち向かっているが、あまりにもスケルトンが強すぎる。


「俺も何かした方がいいのかな……」


 だがヒラタに何ができようか。弱く、頭も悪く、何もできない。傲慢で綺麗事ばかり吐き散らす愚かな人間、それがヒラタ イヨウだ。彼自身、それを自覚している。だから無闇に突撃したりしない。頭を働かせ、自分にできる最大限を考える。


「そういえば……」


 ブラックナイトはかつて亜人と呼ばれていた存在で、亜人戦争に敗北したためにモンスターという扱いにされ、人間に怒りを覚えている。という話をグッさんから聞いていた。ならばスケルトンはどうだ? スケルトンは亜人だったのか? 姿こそ見ればわりと人間っぽいし、確かグッさんだったかもぐゾンさんが、アンデッド領にはスケルトンの都市があるとか言っていた気がする。つまりスケルトンには知能がある。ということは……。


「一か八かだ」


 ヒラタは右手を見つめる。全身の血流を意識する。その血流に魔力が籠っていると仮定し、その流れを完璧に把握。そのまま少しずつ、魔力を手先に集めていく。そして……。


「魔力を排泄するッ!」


 ヒラタ イヨウ、異世界に来てから初のスキル使用。戦さんから貰った謎パワーをついに解放した。魔力は熱を持ち、炎となり、球形に集う。


「〈炎球ファイヤボール〉!」


 軽い音と共に〈炎球ファイヤボール〉が天高く打ち上げられた。と同時にヒラタは声高く叫ぶ。


「うおおお! こっちを見ろぉぉぉ!」


 その声に一番早く反応したのはスケルトンだった。動きを中断し、くぼんだ眼窩をヒラタに向けてきた。その様子を見たブラックナイトも、ヒラタの方を向いた。


「俺の名前はヒラタ イヨウ! 見ての通り人間だ!」


 言葉の効果は劇的だった。スケルトン達は表情こそ変えなかったが、確かな憎悪をこちらに向けてきた。かと思うととんでもない速さでヒラタの方に向かってきた。ブラックナイト達が道中を阻もうとするがてんでダメ。ヒラタは屋根から降りて逃げようとするが、すぐにスケルトン達家も破壊し、ヒラタの側までやってきて――。


「助けてええええええ!」


 とヒラタが咆哮した次の瞬間、襲いかかってきた! かと思うと一瞬にして緑色の何かが彼らの体に巻きつき、動きを阻害する。あれはなんだ。鳥か。飛行機か。いいや違う! 草だ!


「てめぇヒラタどこ行ってやがった!」


 戦場に響いたのは、異世界に来てからほぼ毎日聞いていた声。ヒラタは胸を撫で下ろした。彼にとってこれ以上安心する援軍は他にいない。


「グッさん!」


「話は後で聞くが、こいつはいったいどうなってやがる! なんでスケルトンと戦ってんだ!?」


 草むらから現れたグッさんは困惑気味にそう言った。そうこう話しているうちに、スケルトンは草をぶちぶちと引きちぎり、再び自由の身となってヒラタに襲い掛からんとする。


「おっト、俺もいるんだゼ」


 そこに地面からの追撃が飛んできた。紫色に輝く爪が、土の中から発射され、スケルトンに命中し動きを止めた。


「もぐゾンさん!」


「なかなか厄介ナことに巻き込まれたナ」


 ブラックナイト達は様子を窺っているようだ。地下牢に閉じ込めておいた人間が突然姿を現し、かと思うとモンスターを使役し戦っているのだから。


「俺のスキルが〈炎球ファイヤボール〉ってことを2人に伝えておいてよかったぜ。信号弾としても使えるなんてな」


「そういう使い方するヤツは少ないと思うぜ」


 スケルトンはヒラタ達から僅かに距離を取った。どうやら猪突猛進のバカではなかったようだ。だが時間をくれると言うのならありがたい。ヒラタはブラックナイト達に語りかけた。


「みんな! もうすぐこの村に、もう1つの村のブラックナイト達が来る!」


「なんだって!? 戦争でもするつもりか!?」


「違う! この村を助けるために来るんだ! みんなだってこのままじゃ勝ち目がないことくらい分かるはずだ!」


 スケルトンは三度襲いかかる。グッさんともぐゾンさんが決死の思いでそれを止めるが……。


「俺は人間で、ブラックナイト同士の事情なんか知らない。だけど俺はこのままブラックナイトのみんなを見殺しにしたくはない! だから呼んだ。この責任なら俺が、例え命を差し出してでも負ってみせる。だからみんな、諦めないでくれ!」


 数も基礎スペックも、スケルトンの方に軍配が上がる。押しきられ、そのうちの1体が抜けてヒラタに拳を振るう。


「ヒラタ避けろ!」


 ヒラタは咄嗟にローリング回避を繰り出そうとしたが、足が動かなかった。連日の疲れもあったのだろう。筋肉が硬直してしまった。避けられない。そう思った。だが……!


「〈暗黒斬〉」


 その拳は弾かれた。暗黒を纏う剣によって。そしてその剣の持ち主は――。


「スィス!」


「お望み通り連れてきてやったわよ! 向こうの連中!」


 少女のブラックナイトの背後には、ブラックナイトの軍隊がいた。数だけならこの村のブラックナイト達にも負けず劣らずだ。彼らは口々に言う。


「スィスちゃんのお願いだから来てやったぜ!」


「ひとまず加勢するぞ、お前ら。諸々の話は後からしよう」


 スケルトンは囲まれた。だが大層自信があるのか、片方に2体、もう片方に2体が向き、ファイティングポーズを取る。


「よし、グッさん! スケルトンを拘束しろ!」


「合点承知! 〈草魔法〉!」


 そこに草が伸びてきて、スケルトンの体をがんじがらめにした。


「もぐゾンさんにはちょっとやってもらいたいことが。かくかくしかじかで……」


「なるほド。いいだろウ、任せロ」


 などとしていると、ブラックナイト側でも何やら声が上がった。


「お前達! 今この状況に対し、さまざまな思いがあるだろう! だがこれは憎きスケルトンを狩る最大のチャンスだ! 敵の敵は味方というわけではないが、ここは互いに力を合わせるぞ!」


 その声は、ヒラタを脅した大柄なブラックナイト、ロンさんのものであった。彼の号令により、ブラックナイト達は一斉にスケルトンに向かって走り出した。


「うおお! 行けー! 頑張れー!」


 ヒラタはそれを少し離れた場所から応援。


「しかし俺の草も長くは持たんぞ」


 と言った側からスケルトンを拘束して草がちぎれ、ブラックナイト達は反撃に合う。


「負傷した者は下がらせろ! そうでないものは前に出て戦線維持!」


 倒れても誰かが下げ、誰かが上がってくる。スケルトンに疲労などがあるのかは分からないが、徐々にブラックナイト側の攻撃が当たり始めてきた。だがスケルトンは防御力が高いのか、あまり効いていないように見える。しかしブラックナイト達はそれを数でカバー。とにかく攻撃を続ける。


「そろそろだな。作戦がある! みんな! 一旦下がれ!」


 ブラックナイト達はほんの少し躊躇ったが、すぐに下がった。理由は本人達にも分からないだろう。ひょっとしたらヒラタの助けたいという気持ちが伝わったのかもしれない。


「今だ!」


 そうヒラタが合図した途端、スケルトンの足元が崩れ落ちる。そのまま5メートルほどの深さの落とし穴にはまってしまった。


「もぐゾンさんに頼んで、スケルトンのいる地面の下だけ空洞にしてもらったぜ!」


「そういうことかよ。頭が回るんだか回らないんだか」


 だがスケルトンはすぐに這い上がって来ようとする。落下ダメージもあまりなさそうだ。


「ところでグッさん。スケルトンに火って効く?」


「効きはする。弱点ってワケじゃないが」


「それなら充分。草を大量に落とし穴の中にぶちまけてくれ」


 グッさんの〈草魔法〉により、辺りの雑草がありったけ落とし穴に詰め込まれる。スケルトン達はそれらを払いのける仕草すらしないが……。


「そこにコイツだ! 〈炎球ファイヤボール〉!」


 落とし穴の中に放り込まれた〈炎球ファイヤボール〉が、草に引火した。それは雑草を燃料にし、落とし穴の中いっぱいに広がっていく。


「スケルトンを落とし穴から出させるな!」


 ブラックナイト達は登ってくるスケルトン達を、自慢の剣で叩き落とす。するとスケルトンは炎の海にまっ逆さま。どんどんと焼かれて炭化していく。


「燃やせ燃やせ! このまま焼き殺すぞ!」


 グッさんの〈草魔法〉が再び燃料を投下。その他にも、ブラックナイトが壊れた家屋の材料をポイポイと放り込み、さらに炎は勢いを増す。中のスケルトンは悶え苦しみ、必死に上がろうとするが、ことごとくブラックナイトに叩き落とされる。


「どうやらスケルトンってのは、別の穴を掘って脱出するとかそういう知恵は働かないみたいだな。よかったぜ」


 こうしてスケルトンはおよそ1時間ほど足掻き続けたが、ついには炎の中で動かなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大災害プロジェクト! ~異世界コメディ冒険譚~ ALT・オイラにソース・Aksya @ALToiranisauceAksya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画