第43話 それって傲慢とちゃうか
ガシャーン! と音を立て、格子扉が閉じられる。
「うおー! 俺は何もやってないのになんで閉じ込められなきゃいけないんだよー!」
ここはアンデッド領にあるブラックナイトの村。その地下牢である。ヒラタと少女のブラックナイトは大勢のブラックナイトによって連行され、閉じ込められてしまった。
「一切話も聞いてくれないし! 不当だ! 不当な扱いだ! 何らかの法律に接触するだろ!」
と喚いても返事はない。そもそもここには監視のブラックナイトすらいないのだ。いるのはヒラタと少女のブラックナイトだけ。
「うるさいわね。静かにしてなさいよ」
「静かにしてられるか! こっちは命が掛かってるんだぞ! そっちはいいよなぁ同じブラックナイトだからさぁ! どーせすぐ出してもらえるんだろ!」
「……そうでもないわ。というか、私よりあんたの方が長生きするわよ、多分」
どういうことか、と聞こうとしたが、口を開く前に何者かが足音を鳴らしてやってきた。ハッと顔を上げると、そこにはブラックナイトの姿があった。
「カ、カンさん……」
「よーく分かってるじゃない。スィスちゃんも賢くなったねぇ」
ヒラタにはまだ個体の見分けがつかないが、どうやらこの人は落とし穴を覗き込んでいたカンさんらしい。他のブラックナイトとどう違うのかサッパリ分からないが、声を聞けばなんとなく分かる。
「俺はね、スィスちゃんが赤ん坊の頃から知ってる。おしめを変えたこともあるくらいだからねぇ。だからスィスちゃんのこともそれなりーに大切に思ってるんだよ?」
「だがそれはそれ、これはこれだ」
カンさんの背後から口を挟むのは、大柄なブラックナイトだった。太い声を響かせ、腕を組んで威圧的な態度を取っている。
「許可のなく互いの領土に足を踏み入れる行為は、侵略行為と見なす。それが俺達のルールだったはずだ」
「う……」
「そしてそれを破った個体は処刑しなくてはならない。賢いスィスちゃんなら覚えてるよね?」
何があったのかは知らないが、どうやら2つあるブラックナイトの村は、それぞれ対立しているようだ。そんでもって少女のブラックナイトの方は、この村と対立する村のブラックナイトだったっぽい。それで許可なく入ってきたから捕らえて処刑する、というのが向こうの言い分らしかった。
「おいおいおいおい、そりゃねぇだろ!」
「……なんだと?」
だが、それはヒラタにとって到底納得できるものではなかった。
「人間風情が何を言ってやがる。もういっぺんでも生意気なことを言ってみろ。お前の腕をへし折ってやる」
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。そうカッカしても仕方ないだろう」
カンさんは大柄な方のブラックナイトを必死に宥めるが、ヒラタの口は止まらない。
「たかだか侵入程度でどうして殺す必要があるんだ! おかしいだろ! そもそも俺はともかくとして、こいつは同じブラックナイトじゃないか!」
「ガキが知ったような口を利くんじゃあない! 何も知らない、人間の分際で!」
鉄格子が掴まれ、大きな音を立てて揺すられる。大柄なブラックナイトは今にも鉄格子を破壊せんとする勢いで吠えた。だがカンさんが彼を羽交い締めにし、その場から無理矢理引き離す。
「はいはい、こっちは俺に任せときなさいな。あんたはすーぐキレるんだから」
「チッ……もういい。俺は村の様子を見てくる」
そう言うと、大柄なブラックナイトは扉を開けて出ていった。辺りには沈黙が訪れるが、意外にもそれを破ったのは少女のブラックナイトであった。
「ロンさん、あんまり変わってないのね」
「ああ、昔のまんまさ。だからこそ村長にも選ばれたわけだけども」
カンさんは口では和やかに話しつつ、ヒラタの方に鋭い視線を飛ばしてきた。その威圧感に思わず尻込みそうになるが、彼はあくまで冷静を装って喋る。
「納得できないぜ。なんでちょっと入っただけで殺されなきゃいけないんだよ。人間でもそんな酷いルールは作らないぜ」
「作ると思うよ。とはいえ、君が納得できないのも無理はない。我々と人間では価値観が若干違うからね」
「価値観が違うって……普通に考えておかしいと思わないのか!? カンさんだってこいつと仲良かったんだろ!?」
「……さっきも言ったがそれはそれ、これはこれだ。我々の種族の2つの村は、互いに不干渉の約定を交わしている。それは互いの安全、そして衝突を避けるために先人が遺した約定なんだ。おいそれと破ればどうなるかは、赤ん坊だって知っている。彼女はそれを破ったんだよ」
「でも! やっぱり納得いかない。こいつは俺を追いかけてきて、その結果縄張りに入っちまったってだけなんだ。だから責任は俺に……」
「ちょっと! なんであんたが食い下がってんのよ。人間に庇われるつもりはないんだけど!」
「でも、こんなのあんまりじゃないか。村同士が対立してるとは言っても、お前ら仲間じゃないのか。それなのに、なんで……」
所詮は人間とモンスター。カンさんの言った通り、価値観が違うのだろう。だがヒラタは価値観の違いを理由に、分かり合えないなどと思いたくなかった。たとえそれがただのワガママだったとしても。
「ふむ……。時に人間、君は人を殺したことはあるかい?」
「いや、ない」
「だろうね。じゃあどうしても人間を殺さなくてはならないという場面に遭遇したら、君は同じ人間を殺せるかい?」
「それは……」
殺せるわけがない。それがヒラタの答えだ。例え自分に絶大な力があったとしても、他人を殺せるわけがない。命を奪う行為はしたくない。
「その沈黙が、君の罪だ。我々ブラックナイトは必要とあらば同族をも殺せる。なぜなら我々は命に優劣をつけないからだ」
「……何が言いたいんだ?」
「人間は傲慢だと、言いたいんだよ。君は人間を殺せないんだろう? ではモンスターならどうだ? 君は今まで何体のモンスターを殺してきた? その殺してきたモンスター全てに、人間を殺す時と同じくらいの躊躇いを感じたか? 感じていないだろう。人間を殺すのは躊躇うくせに、モンスターを殺すことには一切の躊躇いを見せない。それが人間だ! だから我々は人間と分かり合うことなどできないんだ!」
「俺、モンスター殺したことないよ」
返り討ちにあったことはあるが、殺したことはない。そもそもヒラタはモンスターを殺せるほどの戦闘力を有していない。
「何を……嘘に決まっている」
「嘘じゃない。そもそも俺は異世界から来た人間なんだ。だからまだモンスターを殺したことがない」
だが今のカンさんの言っていることは、わりとヒラタに効いていた。確かに人間は同じ人間を殺すのには躊躇するが、牛だったり虫だったりを殺すのには何も感じない人が多い。ヒラタもそうであった。ならばヒラタも命に優劣をつけ選別する、傲慢な人間ということではないか。
「確かに俺は傲慢な人間かもしれない。でも……」
「でも……?」
「俺はモンスターと友達になれると思ってるよ」
ヒラタの脳内にはグッさんやもぐゾンさんの顔が浮かんできた。彼らとヒラタは友達と言えるだろう。もしヒラタが彼らを殺さなくてはならない場面が来たとしたら、ヒラタは大いに躊躇する。そう確信を持って言える。
「人間とモンスターで価値観は違うかもしれない。でも友達にはなれるはずだ」
「何を根拠にそんなこと……」
「だって俺、モンスターの友達いるし。グッさんともぐゾンさん……あと隣にいるこいつも」
「はぁ!? 私とあんたがいつ友達になったのよ!?」
「そんなわけだから、傲慢な人間でもモンスターと友達になることはできる。でも多分、そんな俺でもいつかはモンスターを殺さなくちゃいけない日が来るんだと思う。友達になれない、こっちに危害を加えてくるモンスターは、殺せるなら殺してしまうと思うよ」
カンさんはヒラタの話を黙って聞いていた。その表情は伺いしれないが、彼は不意に呟いた。
「君はまさか、モンスターテイマーか?」
「モンスターテイマー?」
馴染みがない言葉ではない。ラノベやらネトゲやらでたまに聞くワードだ。だがこの世界にも存在するとは思わなかった。ヒラタはもっと詳しく話を聞こうと口を開いたが、その瞬間、突然地上の方から悲鳴が聞こえてきた。
「!? なんだ!?」
カンさんは急いで地上へ向かう階段、その奥にある扉に目をやった。するとタイミングよく、別のブラックナイトがそこから姿を現し、大きな声で報告した。
「て、敵襲です!」
「向こうの村のブラックナイトか!? 数は!?」
「いえ、それが敵なのですが……スケルトンです!」
カンさんと少女に戦慄が走る。ヒラタはその言葉の恐ろしさをあまり理解していなかった。
「スケルトンが4体! 村に侵入してきました!」
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