暴食堂と増殖するカレーライス
長月瓦礫
暴食堂と増殖するカレーライス
彼女には三分以内にやらなければならないことがあった。
ぽこぽこと増殖するカレーライスを食べきらなければならないのだ。
残り三分もあれば余裕だろうと思うだろうが、彼女はすでに限界だった。
腹は八分目を通り越し、今はどのあたりだろう。考えている余裕もない。
今は目の前のカレーライスをどうにかしなければならない。
無限に増殖するカレーライス、どう考えても正気の沙汰じゃない。
タイマーは刻々と過ぎていく。
これほどまでにスプーンが重く感じたことはない。
一口食べるだけで体が悲鳴を上げる。楽になりたいと全身が叫んでいる。
しかし、ここで負けるわけにはいかない。
私は女王、誇りを捨てるわけにはいかない。
意地と誇りだけで手を動かし、カレーライスを口に運ぶ。
「さあて、と! 残り時間もわずかとなってまいりましたが、クイーンの手は止まらない! 我らが料理長が生み出した無限増殖カレーライスに太刀打ちできるのか! 見よ、魔改造された狂気の産物を!
そして見せよ、命を賭して戦う乙女の姿を!
チャンネルはそのまま! 最後まで見逃すな!」
司会役の少年がカメラにビシッと指をさす。
私の姿が全世界に中継されている。とにかく、手を動かさなければならない。
何のために私がここにいるのか、それを示さなければ意味がない。
増殖するカレーだろうがなんだろうが構わない。
私はここで負けるわけにはいかない。
暴食堂。魔界に存在する唯一のレストランだ。
明るい白色照明、パーテーションで仕切られたテーブル席とカウンター席、艶やかな緑の葉を伸ばす観葉植物、徹底的に掃除された床、どれをとっても、人間界の高級レストランに引けを取らない。
それもそのはずだ。ここにいる料理人は何かしらの専門家である。
古今東西、あらゆる地方の料理を破格の値段で提供している。
誰でも平等に、食を楽しめるのがこの店の最大の売りである
このカレーライスだってそうだ。
スパイスのほどよい切れ味と香り、何層も重なっているように感じられ、決して飽きることがない。調和が保たれ、すべてが一皿に収まっている。
まさに無限に食べられるといっても過言ではない。
各地から集まったプロ、もとい悪魔たちが腕を振るっているのだ。
絶対に敵うはずがない。だからこそ、彼女は挑戦を引き受けた。
狂気を超越してこその大食いであり、彼女はそれに命を懸けている。
暴食の悪魔が考える狂気の料理、それはドキドキ暴食堂というローカル番組で披露されることになった。
この番組は、魔法という科学とはまったく別の技術を掛け合わせて生まれた数々の狂気を食べつくすという内容である。
ゲテモノを食べるだけなら分かる。大食いは得意分野だ。
しかし、それらを掛け合わせて生まれたのがこのドキドキ暴食堂だ。
増殖するカレーライスという正気の沙汰じゃない料理が爆誕し、地獄を見る羽目になった。
「残り1分を切りました!
カレーライスはわずかに残り、増殖を試みております!
クイーンも負けじとそれに食らいつく! 勝利を手にするのはどちらだ!」
このカレーライスには質量を操る魔法がかけられており、どれだけ食べても減らないようになっている。
制限時間以内にカレーライスを完食するか、クイーンの投了により増殖は止まる。
ほんの少しでも残せば、カレーライスは膨れ上がる。
それを何度も繰り返し、ここまで追い込んだ。
彼女は口を大きくあけて、カレーライスを飲み込んだ。
皿はからっぽになり、右手のスプーンを高く掲げた。
永遠に増殖すると思われたカレーライスとの戦いに終止符を打った。
「ついに! ついについについに! カレーライスを完食しました!
なんと素晴らしいことでしょう! 伝説がたった今、誕生したのです!
クイーンがカレーライスの狂気に打ち勝ち、見事食べつくしました!」
カメラのシャッターが一斉に切られる。
増殖するカレーライスなんてただの手品だ。
最後に勝つのは、この私だ。
「さあ、みなさん! いかがでしたでしょうか!
暴食堂では増殖しない普通のカレーライスも提供しております!
美味しいご飯を格安で食べたいよって人もトンチキ魔法料理に挑戦したいって人もぜひぜひ、暴食堂へお越しくださいませ! 我々はいつでもあなたたちを歓迎いたします! それでは、ご唱和ください!
コール! オブ! グリットニィィィィィィ!!!」
暴食の意味を持つ言葉を何のひねりもなく、ストレートにカメラの前で叫ぶ。
私はそれを聞きながら、意識を手放した。
暴食堂と増殖するカレーライス 長月瓦礫 @debrisbottle00
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