冥府の教示者/Infernal Tutor

あじその

冥府の教示者/Infernal Tutor

「チャリから降りたらチェリオ奢るってルールだぜ!」

 〝心臓破りの坂道〟の途中、へばっている僕に城くんは言った。

 僕たちの通っている神河第一小学校には代々受け継がれてきたルールがいくつかあるんだ。今回のもその一つだな。掟その二十二『立ち漕ぎをやめるべからず。やめたものはチェリオを奢るべし』


「今月はもうお小遣いが無いんだ。勘弁してくれよ」

「却下」

 許しを乞うも即時却下。城くんは結構冷たい。冷たすぎて〝アブソリュート・ゼロ〟というあだ名で呼ばれたこともある。主に僕にだけれど。

 城くんはいつも元気だ。もう冬だってのに半袖半ズボンなんだぜ。とても真似できないよ。五十メートル走だってクラスで上から三番目くらいに早くて、〝韋駄天のジョー〟だなんて異名がつけられたこともある。主に僕に。


「隣町にさあ、新しく、カード・ショップが出来たってホントかよ?」

 ボロボロのマウンテン・バイクのペダルを踏み込みながら、城くんにたずねる。だって、にわかには信じられないでしょ。そんなすごいことがあるなんて……水を得た魚ってなもんだよ。カード・ショップを得た男子小学生は、強靭・無敵・最強なのだ!


「本当らしいぜー! 五年生の中村くんが言ってた! 確かな情報網だ!」

 城くんは、なぜか得意気だ。

 ……でも、五年生の中村くんのタレコミなら信用できるな! 五年生の中村くんは、かつて僕らをエッチな本の捨ててある河川敷に案内してくれたことがある。エロに詳しくてすごい人なのだ。大人の風格があるね。

 同じ中村くんでも六年生の中村くんはあんまり信用できない。「俺ってフランシスコ・ザビエルの末裔なんだぜ! じいちゃんとヘアー・スタイルが一緒だもん!」だなんてホラ吹いてるからさ。ザビエルって誰だよ。せめて日本人にしてくれよ。


「五年生の中村くん情報なら確かだ!! 嬉しいぜ! 僕らが前に集まってたお店は靴屋さんになっちゃったから……」

 今のホームは神河市中央公園のベンチの上だ。そんなところでカード・ゲームを遊ぶとどうなると思う……? 風に飛ばされたカードが溝に落ちたりするんだ。僕たちが生きているのはそんな過酷な世界なんだ。


 ――


 〝心臓破りの坂道〟をクリア……! あとは緩やかな下り坂を降りていくだけだ。風が心地良いな。

「次の次の角を左な! そしたら着くぜ!」城くんが叫ぶ。

「おーー!!」僕も叫ぶ。


 最後の角を曲がり見えてきたのは――

 ホビー・ショップ「メガ・ハンデス」のでっかい看板だった。


 入店するやいなや――

「何だ? クソガキ。あっ、いらっしゃいませ!!」

 高校生くらい? のお姉さんに声をかけられた。白やピンクを基調とした服装で、髪の毛を左右に結っていて、ピアスなんかも付けている。なんだか、漫画に出てくる女の子みたいでかっこいいなあと思った。


 ――


「げー!! 姉ちゃん!!!」

 城くんが驚いてる。……って姉ちゃん!?

「おークソガキ。姉ちゃんがここにいたら悪いかよ。バイトだよ。バイト。いい女ってのはバイトをして、フリフリ服やレア・カードを買うものなのさ」

 城くんのお姉さんは、なぜか得意気だ。


 城くんは「塾あるから!」と言い残して、大急ぎて帰ってしまった。ちなみに城くんは塾に通っていない。


「あー……、弟がいつもお世話になってます。いらっしゃい。よろしくなー」

「城くんのダチです! よろしくです!」

 僕はなぜだか妙に緊張して、変な返事を返してしまった。テレビ・ドラマに出てくる不良の舎弟みたいなね。


 ――で、ここがデュエルスペースね。

 城くんのお姉ちゃんは、店内をざっと案内してくれた。

 店の中は結構広くて、トレーディング・カード以外にも、中古ゲームや、プラモデルなどの売り場があった。駄菓子なんかも売っていて、ここには何でもあるなあと思った。

 店の奥には対戦ゲームやスロットの筐体が置いてあるらしいんだけど、小学生にはまだ早いからと立ち入りを禁止された。何でも高校生や大学生のお兄さんたちが溜まり場にしているらしい。確かに「アピーーーーーーー!!!」だとか「ホアーーーーー!!」だとか聞こえてきて、なんとも恐ろしいのだ。きっと半裸でムキムキの男たちが、殴り合ったり、骨付き肉にかじりついているに違いない。怖いぜー。


 カード・ゲームに興味がある旨を伝えると、お姉さんは「ガキはストレージでも見てなー」と言い残してレジに戻っていった。

 カード・ショップのストレージ・コーナーはすごい。細長い段ボール箱の中に所狭しと詰め込まれたカードがどれでも一枚、数十円で手に入るんだ。財宝の眠る海と言ってもいいね。僕だけの最強カードを見つけて、クラスで一番強いやつになってみたいもんだなあ。


 ――


 もう、十七時……! 夢中でストレージ・コーナーのカードを漁っているとあっという間に時間が過ぎていた! やべえよ。母ちゃんに叱られる! 

 ストレージから発掘した黒魔法系のカードを何枚か、急いでレジに持っていく。今の僕の暗黒デッキにピッタリな、イカしたカードだ。


「おー。ピーピング・ハンデスに、デメリット付きのデカい肉……センスいいじゃん。黒デッキ使ってんの?」

 お姉さんはレジを打ちながら話しかけてきた。選りすぐりのカードが褒められて少し嬉しかった。

「黒デッキです! お姉さんは何使ってますか?」

「あー。私も黒だな。家にカードが何千枚もあるけど黒いのしか持ってないよ。自慢じゃないけど。黒、イケてるよね。あ、合計で二百五十円になります」

 お姉さんはカードをたくさん持っていて大人だぜ……! 僕もいつか部屋中をカードで埋め尽くしてみたいものである。

 家事の手伝いをして貯めた十円玉を二十五枚、レジに並べる。ちゃんとわかりやすくね。

「全部、十円玉じゃん!! あー、ちょうど足りなくて困ってたとこなんだよね。助かるぜ……確かに二十五枚受け取りました。毎度あり。また来いよな」


 ――家に帰るやいなや、僕は新しいカードをデッキに入れた。

 うん、強くなった気がするな。神河第一小学校のどんなやつにだって負ける気がしないぜ!

「ご飯よー! 今日はロール・キャベツ」

 ロール・キャベツ!! すげえご馳走だ。デッキのカードをちゃんと輪ゴムでまとめて居間に駆け出した。


「……ピアス、かっこよかったな……目つきも悪くてかっこいい……カード・ゲームが上手くなるにはアクセサリーなども重要なのかもしれない……」

 夕食後、シャワーを浴びながら城くんのお姉さんのことを考えていた。なんだろ……なんだかソワソワするな。かゆい場所に手が届かない、そんな感じ。


 風呂から上がっても頭ん中はむず痒いままだった。変になっちゃたのかなあ。

 ずっとこれが続いて眠れなくちゃったりしたら大変なことだなあなんて思ったけど、布団に入るやいなや意識を失い、朝まで爆睡した。



 ――翌週。


「うーん!! どのカードにするか迷うぜ!」

 おじいちゃんに貰った貴重なお小遣いを持って、僕はメガ・ハンデスのショーケースの前で腕を組んでいた。予算は千円。何だって買える大金だ……! 十円のカードを百枚買ってもいいし……千円のカードを一枚買ったっていい……! 


「おう、ガキ。いらっしゃい」

 お姉さんが、真島さんみたいなフランクさで声をかけてくれた。真島さんは近所のオジサンだ。ヒロと呼ばれる芝犬と毎朝通学路のあたりを散歩している。いい人で、たまに飴をくれるんだけど、いつも決まって黒飴なのであんまり嬉しくない。たまにヒロのウンコを拾い忘れることだってある。普通のオジサンだ。

 ……目の前のお姉さんに意識を戻そう。相談したいことがあるんだ。カードのこと!


「城くんのお姉さん、こんにちはー!! こっちのデーモンのカードと、向こうのヴァンパイアのカード、どっちの方が良いと思いますか?」

 お姉さんは、デーモンとヴァンパイアのカードを交互に見比べた。その際、お姉さんのツイン・テールが僕の顔面に直撃してちょっと痛かった。


「ウーム、難問だわね。使い勝手的にはヴァンプがいいし……デーモンはクセがあるけど手札破壊内蔵……汎用的なスペックなら……ヴァンプ? デッキによるとしか言えないな……ちょっとデッキ見せてくれるか。ちゃんと考えたい」

 真剣な顔でそういったお姉さんを見て、この人はカード・ゲームのことが本当に好きなのだなあと思った。いつか僕もそんな大人になれるかな。


お姉さんに見てもらうべくデッキを取り出す――

「ノースリーブのデッキを輪ゴムで束ねてる小学生、ホントに存在するんだ……!! 普段どこで遊んでんの? やっぱ公園?」

 なんでわかったんだろう……!? エスパー? やはりカード・ショップの店員にもなると人の心くらいは覗けたりするのだろうか……

 輪ゴムは、家のキッチンからこっそり、くすねたものだ……これもバレてたらどうしよう。


「すごい……よくわかったですね! 神河市中央公園のベンチでデュエルしてます!」

「あー! あの駄菓子屋の近くの!! 駄菓子屋の爺ちゃん元気にしてる? あの野球の話ばかりしてくる……」

「すげー元気ですよ爺ちゃん! こないだ贔屓のチームが優勝した祝いだって言って凍らせたゼリーくれました」

 お姉さんはケタケタと笑っている。どこか嬉しそうに。


「爺ちゃん変わってねえなあ。あそこでジュース買って、公園行ってケイドロとかで遊んだっけなあ。公園の東家の下のベンチだよな。私もよく休んでたよ。砂場の砂が積もってて、座るとケツがザリザリになっちゃうんだよなあ!」

「ケツがザリザリです! おまけにカードまでジョリジョリになっちゃって……カードがジョリジョリになるの、小四の時は気にしてなかったけど、小五になってからは気にしてますね」

「小四と小五の機微……! なんだそれおもしれー!」

「小五ともなれば大人ですからね……」 

 我ながら、大人っぽいことを考えるようになったものだなあと思う。


 お姉さんは、何かを思いついたような顔をして――

「ちょっと待ってな」と言い残して、店の奥で店主らしきお兄さんと内緒話を始めた。

(……アー、すみません店長、ガキにスリーブを買ってやりたいのですが、店員割引とかありますか……? ない? そうですよね……ウー、スリーブ代、給料から引いといてもらえます……? すみません……)


 ドヤ顔で戻って来たお姉さんは――

「スリーブやるよ。無地の黒くて大人っぽいやつ。入荷しすぎて余ってたんだ」

 僕に涙目でそう言った。


 デュエル・スペースに座り、貰ったスリーブにカードを入れていると――

「そのスリーブ使ってさあ、私と対戦しようぜ。せっかくだし戦いの中でお前の自慢のデッキを見せてくれ」お姉さんは、真剣な顔で僕に対戦を申し込んできた。

「やりましょう!」僕は即答した。大人と対戦するなんて初めてで、まだ怖いけど……少しだけ勇気ってやつを出してみた。 


 ――


「「対戦よろしくお願いします!!!」」


 お姉さんが先行!

「――ピーピング・ハンデスを使います。手札を見せてください……では、吸血鬼のカードを捨ててください」

 出そうとしていたカードを捨てさせられたので、僕はそのままターン・エンド……


「――――ではこのカードを使います、お互いに手札を一枚捨てる必要があります。私はこれを……」

 出そうとしていたカードのコストが払えなくなってしまったので、僕はそのままターン・エンド……


「――――――ではこのカードで……手札をランダムに二枚捨ててください。二枚しかない? ……じゃあ全部捨てることになりますね」

 僕の手札は空に。自分のターンでドローするも有効なカードを引けず、僕はそのままターン・エンド……


 ——

 ————そのまま、なすすべもなく僕はボロ負けした。


「「対戦ありがとうございました」」

 対戦中のお姉さんは凛とした顔をしていて、やっぱり、この人は本当にカード・ゲームが好きなんだな、と思った。


 対戦中、まるで本物の黒の魔術師と相対しているみたいに怖かった。これが本当の勝負なんだな……

 繰り返される毎日の中で、こんなにヒリついた気持ちになったことが、今まであったかな? この気持ちはなんだろう……? 楽しい……? これが楽しいということか!?

 ――今よりも強くなれば、もっと楽しくなるのだろうか。

 僕も、誰かにとっての本物の魔術師になれるのだろうか。



 ——


「ガキにしては、なかなかいい線いってたぜ……私には及ばないがなあ!!!」

 気がつくと、いつものなんだかんだで面倒見の良さそうなお姉さんに戻っていた。


「僕、もっと強くなりたいです。それで、なんかこう……ちゃんとお姉さんと対等になれような、最高の魔術師になりたいです……」

 恥ずかしいな、と赤面してしまったんだけれど――

 お姉さんは「うん」と一言、優しい相槌をくれた。


 デュエルが終わり、いつものようにデッキを輪ゴムに束ねようとしたところ——

「ちょっと待ったあ! 輪ゴムもいいけど、これ、使いな」

 と、お姉さんから手渡されたのは……デッキケース……! ではなく、キッチンでよく見る普通のタッパーだった。

「さっきママのおつかいで買ったやつの余りだ。一個余ってるからやるよ……なんとタッパーは、デッキを持ち歩くのにも使えるんだぜ。私も昔、家のキッチンのやつをくすねて使ってたんだ。もちろん新品のやつな」

 僕がキッチンから輪ゴムくすねてるの、やっぱりバレてた!? お姉さんは、本当に黒の魔術師で心の中くらいは覗けちゃうのかな……!? 怖いぜー!!

 

 ――


「で、だ。君がさっきショーケースの前で悩んでいたデーモンかヴァンプどっちがいいか問題なんだけど……やっぱ私的には、デーモン一択なんだよな」

 そうだろうなと、僕は思った。


「やっぱり、手札を捨てさせる効果がついているからですか……?」

「そう! やっぱり手札破壊こそカード・ゲームの華よ! 手札破壊はいいぞ!!」

「参考になんねー!」僕らは、ケタケタと笑った。


「結局、人生なんてやりたいことやるやつしか勝たんのよ! 君は何がしたい? 手札も頭も空っぽにして思案してみたらさ、欲しいカードだっておのずと見つかると思うぜー! 今度来るまでに考えときな!」


 ――

 ――――メガ・ハンデスからの帰り道、ボロボロのマウンテン・バイクで〝心臓破りの坂道〟を下っていく。『君は何がしたい?』渇いた風に吹かれながら、お姉さんからの〝宿題〟についてぼんやりと考える。


 ん……? 宿題? あー! 明日の宿題のこと完璧に忘れてた!!!

 お姉さんと出会って「僕も少しは〝大人〟に近づけたのかな」と思った矢先に、算数の宿題に頭を悩ませる自分が、あんまりにも子供で、おかしくって。

 苦笑いしながら、チャリンコのペダルを「ガッ」と踏み込んだ。



 了

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