【第六話】お嬢様は眠りたい

 彼は広い駐車場を探す。車を走らせて十分が経過した。ようやく駐車スペースを見つけた。彼は減速し駐車を試みる。

「お嬢様、駐車をしますので、少し待っていただけますか。」

「むにゃむにゃ……。」

 助手席に座る彼女は、道路の地図を持ったまま熟睡中。

「随分と深い眠りですね。」

 彼女は疲れている。仕方がないと彼は考える。駐車料金は、三十分でワンコインだ。料金所で先に払って駐車ができる仕組みだ。彼は支払いを済ませるため、窓を開けた。

「この通貨は使えるか……?」

 ベリー王国のコインを入れた。チャリンと音がする。

「……問題ないか。」

 通貨は使えるようだ。

「ふう……、良かった。」

 彼は安堵した。街は車通りが少しあるが渋滞はしていない。道路工事中の看板が至る所にある。しかしなぜか工事の騒音などは聞こえない。静かすぎて逆に気味が悪い。

 居酒屋の前に客寄せの店員がいる。店員は車に近づいて、人形のような笑顔で彼を見た。

「“駐車場は北に五キロメートルです。”」

 店員は、スケッチブックに文字を書く。それを彼に見せた。

「教えてくれて、ありがとうございます。」

 彼は手話でありがとうと伝えた。道路の地図を見ると、北に五キロメートル地点にホテルの駐車場がある。

「お嬢様は、お一人でテントを張り野宿をするつもりですか。」

 彼は彼女に言った。彼女は顔を上げると、一粒の涙を流した。

「お嬢様、大丈夫ですか。」

「ええ……、大丈夫ですよ。少し疲れただけです。」

 彼女の涙を見て、彼は少し動揺した。

「慣れない旅で疲れたのでしょう。先ほど、ホテルを予約しました。これから向かいます。宿泊して、ひと休みしましょう。」

 彼は車を走らせた。

「お嬢様、到着しました。」

 彼は彼女の肩に軽く触れた。

「むにゃむにゃ……、もう少し休みたいです。」

 彼女は寝ぼけている。彼は自分の理性を保てる自信を失う。彼は彼女に対して感情的になることが怖かった。

「ホテルを二部屋、予約しました。部屋まで向かいましょう。」

 彼は車から降りる。助手席のドアを開ける。

「ここで一人、野宿するつもりですか。僕が背負いますから、降りてください。」

 彼女は一瞬、彼の背に乗ろうとした。しかしそれは嫌だと首を横に振った。

「野宿は嫌です。背負う必要はないです。まだ歩けます。」

 彼女は車を降りた。

「お嬢様、素晴らしいです。さあ、戦いはこれからです。準備はいいですか。」

「ええ、もちろん。」

 彼らは何かと戦っている。襲いくる睡魔は、彼らを曖昧な関係にしないようにと調整している。

 彼らはホテルのフロントに着く。受付の女性はヘッドホンをしている。彼らに気づくとヘッドホンを外して一礼をする。

「先ほど予約しました。ベンゼン・オルト・レンと申します。」

「はい。ベンゼン・オルト・レン様。二名様でご予約ですね。お部屋は二部屋、ご用意しています。部屋の鍵はオートロックですのでご注意ください。チェックアウトの際はフロントにお伝えください。それでは、ごゆっくりどうぞ。」

 受付の女性は機械のような動きをする。彼に部屋の鍵を二錠渡すと、女性はまたヘッドホンを着ける。

「ありがとうございます。」

 彼は受付の女性に手話でありがとうと伝えた。

「お嬢様、部屋の鍵です。」

「はい、受け取りました。」

 彼女は部屋の鍵を受け取る。

「七七七の部屋ですね。ラッキーです。」

 彼女は部屋の番号を見て喜ぶ。

「どんな部屋でしょう。一緒に見ませんか。」

 彼女は部屋を見て欲しいと言って彼の腕を組む。

「僕を挑発するのは辞めてください。部屋の確認は一人でできるはずです。」

 彼は彼女の腕を振り解いた。

「話を聞いていただけますか。」

 彼女は上目遣いで彼を見つめた。

「重要な話ならば聞きます。」

「はい、とても重要な話です。」

 彼女はニヤリと笑う。部屋に入り、彼女は彼の頬を殴った。

「お嬢様、何をするつもりですか。」

 彼は冷静だ。彼女は彼の赤く腫れた頬を見て笑った。

「ふふふ。何をしようが私の勝手です。あなたは私の専属の騎士で、私は主人なのですよ。」

 彼女はじっと見つめていた。

「お嬢様、自分が優位だとお思いですか。」

 彼は彼女の腰に手を回す。彼女は抵抗しようとするが、彼の力が強く抵抗できない。

「それ以上、触るならば、この剣であなたの喉を刺します。」

 彼女は彼の首元に短剣を向けていた。

 彼は彼女のスカートをひらりとめくった。

「白い。」

「見たわね、許さないわ!」

 彼女は怒っている。彼の喉仏に短剣を突き刺さした。

「えっ……?」

 彼女は混乱した。首にナイフを突き刺したはずだが、出血がない。彼は首に刺さったナイフを右手で取り、壁に向かって投げた。同時に左腕で彼女に打撃を与える。

 彼は彼女をベッドに押し倒し、スカートをめくった状態で脅しをかける。

「お嬢様は、僕には敵いませんよ。」

 彼女は呆然としている。

「服を脱がせれば、僕の玩具オモチャになります。」

 彼はニヤリと笑った。

「玩具になるのは、あなたよ。」

 彼女は彼を抱きしめてキスをした。彼女は涙を流していた。彼はキスをやめない。彼女はそれを受け入れていた。これは、どちらが玩具になるかという勝負だった。

「……お嬢様、僕の負けです。」

 やがて彼は負けを認め、彼女を解放した。

「あなたは、なぜ、わたくしの専属騎士になったのですか。」

 彼女は彼の目をじっと見つめた。

「お嬢様の専属騎士になれば、職務として一緒に行動ができると考えました。」

 彼は少し目線を逸らして、腕を組んで考えた。

「お嬢様、目を閉じてください。」

「……はい、分かりました。」

 彼女は彼に言われるまま、目を閉じた。彼女は首元に違和感を感じる。目を閉じた数秒の時間、彼女にとっては長い時間だった。彼女は恐怖で体が動かない。

「いいですよ、目を開けてください。」

 彼女が目を開けた。彼は、銀色の手鏡で彼女を映した。彼女の首元には、まばゆい輝きを放つジュエリーが着けられている。

「僕は氷の国の第六王子です。その証として、アクアマリンの首輪を受け継ぎました。明日、このジュエリーを身につけて、僕と舞踏会に参加していただけませんか。」

 彼は彼女を舞踏会へ誘った。

「いいですよ。舞踏会に参加します。」

 彼女は彼から舞踏会に招待され、胸を躍らせた。

「お嬢様、エキサイトランドは音楽の国です。舞踏会では人間という枠に囚われない交流があります。舞踏会は、迷宮攻略のための裏ルートです。危険と隣り合わせであるということは理解してください。」

 彼女は、長く幽閉されていて、舞踏会に参加する機会が与えられなかった。彼女は裏ルートの存在すら知らなかったのだ。


***


 翌朝、舞踏会に出かける準備を始めた。彼女はドレスを取りに行くため、帰国したいと彼に言う。帰国をすれば、夕方の舞踏会に間に合わない可能性があった。だから彼は首を縦に振らなかった。

「ドレスは、こちらのドレスを着ていただけますか。氷の国の伝統のブルードレスです。僕の母親が作った一点物です。」

「まあ、なんと素敵なドレスでしょう。気に入りました。氷の国の王女マリア様は、わたくしの憧れです。」

 彼女は飛び跳ねて喜んだ。ブルードレスには、スズランの刺繍の入ったレースがあしらわれている。

「お嬢様のスズランの魔法をイメージして、作製しました。お嬢様と舞踏会に行く話をしたら、母親が速達で届けてくれました。」

「素晴らしいですわ。氷の国のマリア様のドレスは他国でも有名です。わたくしも、一度でいいから試着してみたいと思っていました。嬉しいです。」

 彼女はドレスを試着したいと言う。彼は試着を手伝う。

「ドレスのサイズもぴったり合っています。まるで特注品です。」

「専属騎士たる者、お嬢様の洋服のサイズを熟知しているのは当然です。」

 彼の発言に、彼女は顔を赤くした。

「それは素晴らしいです。なんだか少し恥ずかしいです。」

 彼は彼女に、椅子に座るよう促した。

「お嬢様、大切なことを忘れています。靴がないです。ガラスの靴です。」

「まあ、ガラスの靴ですか。おとぎ話で聞いたことがあります。」

 彼は右手の人差し指で彼女のつま先に一回触れる。彼女の両足に、ガラスの靴が履かされた。

「ガラスの靴の魔法の効果は、夜十二時までです。しかし、精度の高い魔法のガラス靴は持ち主の魔力を吸い続け、夜十二時以降も消えずに存在します。それは、氷の国に伝わる呪いの魔法です。」

 彼はそれを呪いの魔法だという。彼女は驚いていた。ガラスの靴は蛍光灯の灯りを反射し、独特の輝きを放つ。

「なんと素晴らしい輝きでしょうか。これが呪いだなんて信じられないです。」

 彼女はガラスの靴の美しさに思わず見惚れてしまう。  

「靴の素材は、昔は石英ガラスが主流でしたが、最近はアクリル素材が主流です。」

 彼は素材について語っている。

「ガラスの靴は、上手く歩かないと、ガラスが割れて怪我をします。足が血だらけになるまで、踊り続けるのです。」

 彼は淡々と話す。彼女は恐怖を感じた。

「足を怪我するのは嫌です。他の靴でもいいですか。」

「お嬢様、その必要はありません。僕がお嬢様の足に合わせて、柔軟に動くよう、素材の比率を工夫してあります。怪我をすることはありません。もし怪我をしてもすぐに回復する魔法を仕込んであります。靴の裏をご覧ください。」 

 彼女はガラスの靴を脱いで、靴の裏を見る。彼は靴の裏にブラックライトを当てた。

「このように、ブラックライトを当てると魔法陣が浮かび上がる仕組みなのです。」

「素晴らしいですわ。まるで靴が液晶画面のようですね。」

 彼女は興味津々である。

「お嬢様、僕も詳しい仕組みは分かりません。何がなんだか分からない、それを人々は魔法と呼びます。」

 彼女は顔を上げた。何かに気づいたように彼を見た。

「わたくしは、立派な魔法使いになれているかしら。」

 彼女は聞いた。

「お嬢様は、とても成長しました。今日の舞踏会で、それを証明するのです。」

 彼は、そっと彼女の手に触れた。彼女は少し安心した。

「ありがとう。証明してみせるわ。」

 彼女は彼の手を握り返した。

「お嬢様、その調子です。」

 彼らはホテルを後にすると、舞踏会へと向かった。

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お姫様になる乗り物は、騎士にカスタマイズしてもらいます。 だるまかろん @darumatyoko

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