第4話

『聖獣様! 国をお救い下さい!』

『止めて! 助けて!』

『偽物聖女を殺せ!』

『王太子殿下にそそのかされただけよ!』


 暴動を起こした民衆に捕まったローズは、民達の手によって処刑場へ引きずり出される。

 私の時とは比べ物にならない程の怒号と投石。石、というより拳大以上の大きさでのものまで投げ込まれている。


『私のせいじゃない!』


 そんな叫びを繰り広げるローズに、今更何を言ってるんだと民衆は怒り、処刑台へと繋がれる。


『嫌! 嫌ぁああ!!』


 貴族らしからぬ叫びと、涙に濡れた顔。

 表情を出す事なかれと言われた淑女にしては、あるまじき表情を民に晒し出している。


「いらないんだけどなぁ」


 と言っても、ここに送られてくるわけではない。

 人間の世界で言う、あの世とやらに魂が行くだけで、私には関係のない事なのだけれど、生贄という思考回路が気持ち悪いのだ。


 ゴツッ!


 怒声と投石の中、見せしめのようにくくりつけられたローズの頭に、大きな石が直撃し、そのままローズの反応がなくなった。


「……あ」


 思わず、ポツリと声を漏らす。

 頭が割れ、とめどなく流れる血。微動だにしない身体。今は意識を失っているだけだとしても、そのうち失血死するだろう。


 うぉおおおおおおっ!!


 民衆達から歓声の声が上がるけれど、私は残念で仕方がない。だって、あの痛みをローズが経験しなかったのだから。

 何度も落とされる刃。

 意識を失う事も出来ず、痛みの中、ただ死んでいくのを待つだけという状況に立たされていないのだから。

 投石で意識を失い、死んでいくなんて、私に比べればマシではないだろうか。


『これで国が助かる!』

『聖獣様!』

『我々を助けて下さい!』


 ローズが死んで喜び、くだらない保身の声を上げる民達に、小さく溜息をつく。

 私が助ける義理などない。

 そう言わんばかりに、更に雨を降らして洪水を引き起こし、山を崩す。

 遠くの山が崩れた事を見た王都の民達は悲鳴を上げて逃げ惑った。


「本物の聖女って何だろうね」


 皮肉めいた笑みを浮かべる。

 偽物とか、本物とか。

 確かに聖女の力は目に見えないものなのだろう。

 豊穣の力とも言われていたけれど、こんな事まで出来る聖女の、しいては聖獣の力。

 繁栄と滅びは紙一重ということだろうか。

 恵みの雨とも言うけれど、度がこえれば、土地を枯らして山を崩して洪水を引き起こす。

 結局、聖女の力もそういうものなのだろう。

 身の丈にあった行いを。安易に使うべきではない力。


 ――こんな愚者の国には、過ぎた力だったんだ。


 自分で考える事をせず、身の保身しかなく、成長する事がないなんて、それはもう人間ではない何かだ。

 だって、人間は考え学ぶ力があるのだから。


『本物の聖女様! どうか許して下さい!』

『マリー様!』

『おい! マリー様を陥れた奴等に天罰を!』

『国王達も処刑しろ!』


 民衆の暴動は収まるところを知らず、更に激しさを増していく。

 私の名前を叫び、命乞いをしながらも、聖女の名を使い暴動の正当化をしようとする。

 まるで、神になったかのように、自己満足な私刑を天罰だと称す。

 どうしようもない感情の矛先を王家へ向けた私刑なのに。


『聖獣様、助けてくれ』

『聖女よりも尊い存在である聖獣よ! 聖女の怒りを抑えてくれ!』


 王城の外から聞こえる民衆の声に怯えながら、国王陛下と王太子殿下は聖獣への身勝手な祈りを捧げる。

 それを聞いた私は、腹の底から怒りに震えた。


 ――聖女よりも尊い?

 ――聖獣に助けを求めれば助かると?

 ――……同じ存在なのに。


 怒りの後には、ありえない程に馬鹿げてると、高らかな笑いが込み上げた。


「あーっはっはっはっは!」


 愚かだ。

 愚かすぎる。

 腹が立つ程に。

 一体、私の存在を……聖女を何だと思っているのだ。


「……そういえば……」


 どうしようもない感情が駆け巡る中、私はある事を思いだした。

 処刑の寸前、全てを教えてきた醜く高笑う王太子殿下。死ぬ間際に立たされた絶望、そして沸き起こる、底知れない怒りと憎しみ。

 成すすべもなく、耐えて、ただ死を迎えるだけの自分を。


「ふふふ……」


 良い事を思いついたと、腹黒い笑みが零れる。

 同じ事を返してあげる。

 同じ事をしてあげる。

 人にしたのだから、自分がされても文句はないわよね。

 私は無償に楽しくなってきて、はやる気持ちを抑えながら、意識を王城に居る王族達へと向ける。


 ――そして。


「あ……あぁ! 伝承通りの絵姿!」

「聖獣様が来てくれた! 助かった!」


 聖獣の姿で現れた私を前に、二人は安堵の息を漏らし、膝から崩れ落ちると、そのまま頭を垂れた。

 助けてくれ。

 国を救ってくれ。

 そんな身勝手な事ばかりを口から垂れ流して。


「聖獣様は、国の守り神ですものね」


 そうですよねと、念を押すように言う国王陛下に、高笑いで返す。

 一体何事かと首を傾げ呆けている二人が更におかしい。


「絶望しろ」


 面白く楽しんでいる中で、似合わない言葉を吐き捨て、私は聖獣の姿から、人間だった時の姿へと変わる。

 その過程で、目を見開き口を開け、腰を抜かす二人に、私は満面の笑みを浮かべた。


「そ……んな」

「なんで」


 震え、ありえないと呟き、瞳孔が開ききった瞳。


「なんでお前が!」


 驚きながらも、一足先に我へと返った王太子殿下は、私へ向かって怒鳴ってきたが、それを微笑みで返してやった。


「聖獣とは、聖女が生を全うした後の姿を言うのよ」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかったのだろう。二人は呆然としてこちらを見た後、その表情を驚愕へと変えた。


「な……」

「まさか……」

「聖獣と聖女は、同じ存在よ」


 震える声で何とか紡ぎ出しただろう言葉を聞いて、私は満足し、肯定的な笑みを返して言った。

 完全に同一の存在。

 それを聞いて、驚きの表情から一転し、絶望で顔を染め上げる二人。

 死ぬ間際、どうしようもない時に知る事実。そして、打つ手もなく、打開策もない。ただ破滅への道のりを歩むしかない現実に直面させる。

 私と同じように。


「聖獣様、助けて下さい。だっけ?」


 顔を傾げて問うように言えば、二人がこちらに希望を持たせた瞳を向けて来た。


「許すわけないだろう」


 低く冷たく、その一言だけ発して、私は姿を消した。

 死ぬ間際に絶望へ叩きつける真実。

 私がされた事と同じ復讐。


「あはははは!!」


 聖獣の住む空間で一人、私は笑った。

 ただの自己満足。だけれど、私は十分に満たされた。それだけで十分だ。

 そして、私は高みの見物に戻る。王城へ、あいつらの最後をしっかり見届ける為に。


 暴動を起こした民衆が王城へ乗り込んでくる。

 騎士達は、聖女を殺した王族を守る事を放棄した。使用人達は逃げ出すか、暴動の手引きをしている。


『私達を殺した所で、この国はもう終わりだ!』

『私達を殺したところで意味なんてない!』


 真実を話す二人の言葉は、虚しい命乞いにしか聞こえない。


『生贄だ!』

『聖女様に許しをこえ!』

『命をもって償え!』


 民達の声に、二人の声はかき消されていく。


 ――そして、首がはねられる。


 だからと言って、私が国を助ける事はしない。

 荒れた天候が止む事なく、人々は荒れ、逃げ惑う。

 食べる物もなく、心の余裕もなく、怒りの矛先を向ける先は隣に居ただけの人間となり、常に喧嘩と殺し合い。


 ――虚しい。


 滅びゆく国を眺めても憎悪が晴れる事はない。復讐は完了したというのに。

 私の寿命が尽きるといっても、次の聖女は誕生することもない。だって国はもう滅んだのだから。

 役目もなければ、この先に何があるのかも分からない。

 虚しさだけが押し寄せ、家族に会いたいという願いだけが沸き起こる中で、私はただ目を瞑る。まるで眠りにつくかのように。





「なんだこれは」


 隣国の人達が訪れたのは、聖女が処刑されてから半年後、天候が良くなり国境を超える事が出来るようになってからだ。

 そこにあるのは餓死した人の山。

 崩れた山林や家屋。決壊した川。作物の育っていない畑。壊された王城。


「半年で……国が滅んだというのか」

「一体、何があったんだ」


 知る者は居ない。

 書き記す事も出来ない。

 聖女と聖獣に守られた国の結末。聖女を蔑ろにした滅び。豊穣の力の事も全ては葬られた。


 ――国と共に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

冤罪で処刑されたので復讐します。好きで聖女になったわけじゃない かずき りり @kuruhari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ