第3話

『なんで作物が育たないんだ』

『育たないどころか、枯れていっている!』


 国の至るところで嘆きの声が聞こえ、私は笑みを浮かべる。

 まず、滅びへの序章として土地を枯らした。

 食べるものがない苦しみを知れば良い。

 何も買わせてもらえなかった、家族のように。食べる物がなくて餓死した、私の家族のように!


「もっと苦しめば良い」


 聖獣は死んだ後、与えられた本来の役目を放棄したら、地獄に落ちたりするのだろうか。

 それでも構わない。

 絶対に苦しめてやると私は心に決めている。

 だって、どう足掻いても、もう家族に会える事はないのだから。

 

「あぁ、そうだ。国を孤立させないと」


 他の国から助けが来ても迷惑だ。

 食物援助なんて要らない。

 そう考え、私は天候を左右させて国を孤立させた。

 この国へ通じる道に雷雨を、そして嵐を。商人なんて来なくて良い。

 誰にも助けられない状態で、孤独のままに死ねば良いのだ……私の家族のように。


『この国は、もう駄目だ!』

『隣国へ逃げよう!』

『亡命するんだ!』

『この国は何かおかしいぞ!』


 国境近くから、異変を感じて逃げようとする民の様子が頭に浮かぶ。


 ――逃がすものか。


 逃げようとする民に獣をけしかけ、威嚇させる。

 同じように国境を超える全ての道に、大きな獣を配置させた。


『ひぃい!』

『獣!?』


 怯え、逃げる為に引き返す者。

 勇敢にも立ち向かおうとする者。


『引き返したところで、生き延びる保証なんてないんだ!』


 鍬を持ち、獣に立ち向かう者が居たけれど、決して獣は致命傷を与えない。

 避けて、威嚇し、爪で引き裂く事はしても、その命までは奪わない。


「苦しめば良い」


 獣で殺す事なんてしない。

 せいぜい、死を伸ばされて苦しめば良いんだ。

 すぐに楽にはさせてやらない。


 ――憎しみは募る。


 自分の命だけは大事に守ろうとする民達に。

 他者の命を簡単に奪うのに。蔑ろにするのに。

 それに賛同して手を取り合うくせに!

 他に国境を超える他の手段としては、崖の多い岩場や鬱蒼とした森だ。

 この豪雨で岩場は崩れ落ちているし、森には他にも獣が沢山いる。そんな所に入るのは自殺行為でしかない。

 崖から落ちた所で、ぬかるんだ地面で即死はしないように。森では獣に殺されず、ただ彷徨い続けるように。

 豊穣の力を持つ聖女としての能力を……聖獣としての力全てを、呪いのように変え、国全体にまき散らす。


「私と家族は道具じゃない」


 利用し、弄び、命すらも奪った。

 だから、私も同じ事をするだけだ。

 道具のように、玩具のように。

 人間扱いなんてされていなかったのだから、私が人間扱いをする必要はない。





『助けて下さい。聖獣様』

『聖獣様、どうぞ国をお救い下さい』


 王族達が揃って聖獣に祈りを捧げている声が聞こえる。

 祈りの間には、王族だけでなく、集まれるだけの貴族も全て集まり、作られた祭壇に向かって一斉に頭を垂れている。

 その中には一縷の望みをかけてと言った様子で、使用人達の姿も隅の方で見えた。


「ぷっ……くく……あはははは!!」


 思わず、声をあげて笑った。

 くだらない。今更だ。

 一体誰に向かって祈っているのだろう。

 お前等の命が、私にとっては一番価値がなく、そして何より苦しめたい存在だと言うのに。


『聖女様!』

『本物の聖女様!』

『助けて下さい!』


 民達が本物の聖女であるローズに対して救いを求め、祈り捧げている。その数は神殿だけでは収まりきらなかったのだろう、城の前までもが人で溢れかえっている。王都近くに住む民達は、全て集まってきているのだろう。

 群衆の叫びは、王城の中にまで聞こえ、王族の耳にも届いている。


『デザイア公爵令嬢! 何とかしろ!』

『そうだ! ローズ! お前がどうにかしろ!』


 しびれを切らしたかのように国王陛下が叫べば、それに便乗するかのように王太子殿下まで叫ぶ。

 まるで責任転嫁をしているようにさえ見え、上流階級に位置する貴族達の眉間には皺が寄っていたけれど、下流階級や使用人達は、希望に目を輝かせていた。その中に、本来は貴族達を守る為に居た護衛騎士達も、祈るようにローズへ視線を向けている。


『そうだ! 我々には聖女様が居るではないか!』

『聖女様の祈りにならば聖獣様も応えてくれるだろう!』

『私には何も出来ないわよ!!』


 王城の外だけで飽き足らず、中にまで広がる聖女への声に、ローズはたまったものじゃないといった様子で叫んだ。


『いやいや、やっと偽物が居なくなったのですから』

『本物の聖女様が、お力を発揮できる時です!』

『そうだぞ、ローズ! 本物の聖女として役に立つ時がきたのだ!』

『何言ってんのよ! あんたが言い出した事でしょ!?』


 貴族らしからぬローズの口調に、皆ポカンと口を開けるけれど、王太子殿下や国王陛下、それに一部上流階級貴族の顔に焦りが見えた。

 ローズを止めようとするデザイア公爵だったが、それよりもローズが言葉を放つ方が早かった。


『そもそも聖女の力なんて目に見えるものじゃないから乗っ取れと言ったのは王太子殿下でしょう!?』


 祈りの間が静寂に包まれる。

 王太子殿下は、そんな様子を気に掛けるより、言われた言葉に対して顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべて口を開いた。


『いくら聖女とは言え、なぜ俺が平民なんかと結婚しなくてはならないんだ! 冗談じゃない!』


 曰く、たかが平民如きが、何故聖女になったのだと。

 平民は平民らしくいろと。

 平民が聖女である事に神殿の者達も不満だったと。


 王太子殿下が垂れ流す言葉を、私は無機質な瞳をしながら聞いていた。

 階級やプライドが全ての奴なんてのは、今日食べる物があるからこその事だ。それだけ生活に余裕があるのだ。

 その日の暮らしに困窮している人の事なんざ、何も理解していない。ただ権力を振りかざして好き勝手に扱う。そこに平民の人権なんてないと言っているようなものだ。

 私だって好きで婚約者になったわけではないというのに。聖女になんてなりたくなかったのに。本当に身勝手すぎる。

 ならば神託が下ったと言わなければ良いし、神託自体を偽れば良かったではないか。自分達の好きなように。プライドを守れるように。


『……』

『そんな……』

『嘘でしょ……』


 同じ祈りの間に居た騎士や使用人達は顔面蒼白となり、呟きを漏らした。全く知らなかったのだろう。そして、自分達の行為がどれほどのものだったのか理解できたようだ。

 そして、それらを知っていただろう国王陛下や国の重鎮となる上級貴族達は視線を反らす事しか出来ず、下級貴族はその考えに理解出来るのか俯く事しか出来なかった。


「くだらない」


 本当に、くだらない。

 荒れろ、荒れろ。

 もっと荒れろ。

 怒りは燃え上がり、恨みは募り、憎しみは膨れ上がると同時に、国は更に混沌と化していく。









『生贄に!』

『聖獣様に捧げろ!』


 民達の暴動が起きる。

 本物の聖女を偽物聖女が殺したと、あの場所に居た騎士や使用人達から平民へと話が流れたのだろう。王家やローズに向けて不満が爆発したようだ。


『本物の聖女様を返せ!』

『国がこんな事になったのは、お前達のせいだ!』


 自分達も私に向かって石を投げつけ、心ない言葉を浴びせたのを忘れて、全ての責任を王家へ擦り付けている。


『偽物聖女を聖獣の供物に!』

『その命をもってして許しを乞え!』

「要らないし」


 そんな穢れた物を供物になんてしないで欲しい。というか、貰っても困るどころか、ゴミ以下だ。

 汚物を供物にする思考回路が、最早理解できない。罪人を聖獣に送って、どうするというのか。というか、聖獣への生贄はゴミ処理場所ではないと言いたい。

 けれど、止める事なんてするわけもなく、ただ高みの見物と言わんばかりに眺めているだけだ。


 都合が良すぎる国王と、それに統治された民達の思考回路は同じなのかと、嫌悪感が膨れ上がる。

 汚物を処分する先は何処でも良くて、自分達の満足さえ得られれば何でもいいのかと。

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