薄氷の硬さ

千瑛路音

薄氷の硬さ

 当時は特に目立ったこともなく、学校になれるよう努力していた記憶がある。内気な性格で、やせており、野球帽を良くかぶっていたものだ。周りから、注目されていたわけでもないのに、いつも人の目を気にしていた。帽子は黄色で、巨人のマークが額にあるキャップだ。運動は、ほぼ壊滅的な能力値であった。


 その時が来たのは、理科の授業であった。当時の理科の授業は主に、自然環境について触れて実感するといった感じの授業が多かった。その授業は水が氷に変化するのを観察するといったものだ。氷を作る道具は、小さい煎餅のセットやクッキーなどが入るような、お菓子のカンで、薄い直方体でふたがあるタイプだ。まな板ぐらいの大きさである。そのカンに水を満たし、凍らせるという内容だった。悲劇はそこから始まった。


 氷は、一昼夜かけて通常の冷凍庫で冷やして作製した。重さは三キロぐらいだろうか、小学生でももてない重さではなかった。見事な氷の板が完成した。手に取ってみるとうっすらと向こう側が透けて見えて、それほど硬そうには思えなかった。薄さは大体三センチ以下といったところか。これは普通にたたいたら簡単に割れるなと、確信に近いものを感じた。


 ちょうどその時、理科の先生はおらず、教室全体がざわざわしだしたころだった。小学校の先生は意外に忙しく、授業中でも不在のことが結構ある。当時は教室内に生徒が大勢いて、雑多な問題が噴出することが多々あった。いろいろな問題を抱えているものも少なくないのだ。それらの諸問題に対して、先生は細かく対応しなければならなかった。


 その時は、生徒らの楽しい顔が本当に純粋に見たかったのだ。その時は。


 おもむろに手刀を頭上高く伸ばし、聞こえない気合を発したと同時に、氷の中心線をめがけて、一閃。思った以上に音が教室内に響きしまったと思ったのを覚えている。ガンという大きな音ともに氷は真っ二つに…割れてなかった。傷一つついていなかった。痛かった。


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薄氷の硬さ 千瑛路音 @cheroone

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