第4話

4

「あー、雨宮。ちょうどよかった」


 翌日の放課後。

 俺は偶然を装い、教室から出てきた雨宮風音を呼び止めた。


「尾張くん。どうしましたか?」


 つい先日、俺からの告白を断ったばかりだというのに、雨宮はけろりとしている。

 「みずみずしさ1000パーセント」なんて売り文句がつけられそうなほど、その瞳が煌めいていた。まさか俺が十分以上彼女の教室近くをウロウロしていたとは思うまい。


「アー、その……」

「はい」

「一緒に帰ってェ、みま……したいなァ、と」


 いざ下校デートのお誘いをするとなると緊張してしまうチェリーボーイな俺は、「文法? なにそれオイシイの?」なんて言葉が出るほど滅茶苦茶な言葉を発してしまう。

 

「?」


 小首を傾げる雨宮は、俺の言葉の真意を探ろうと、じぃっと目を見つめてくる。

 その澄んだ瞳に気持ちまでもが見透かされてしまいそうで、俺は思わず目を逸らした。


「あーその……、一緒に帰らないか?」


 そっぽを向いた状態で、なるべく平静を装いながら言葉を紡ぐ。

 反応を伺えば、雨宮は少し意外そうな顔で口を開けていた。


「…………」


 (やっぱダメか……?)


 黙ったままの雨宮を、どうにか説得できないかと俺は脳みそをフル回転させる。

 その末に出てきた言葉と言えば――。

 

「……カルパス、奢っし……」


 だった。


 ――――は? カルパス?

 

 何を言ってるんだ馬鹿か俺は。どこの世界にカルパスで釣られる馬鹿がいんだよ。小学生でも引っかからんだろうが。

 焦りから出た自分の失言に頭を悩ませていたのだが、雨宮からは意外な返答が返ってきた。

 

「いいですよ」

「――は、なんで?」


 反射的にそう答えると、雨宮は破顔した。

 

「なんでって……ふふっ。尾張くんが誘ったんですよ。今日は特に予定も無いので、一緒に帰りましょうか」

「あ、そう……ありがとう……」

 

 一度告白を断った異性と一緒に下校することが雨宮にとって気に留めることでもないのか、はたまた彼女は俺にこれっぽっちも興味がないのか。

 できれば後者でないことを祈りつつ、誘いを受けてくれたことに対し俺は安堵の笑みをこぼした。

 

 (とりあえず、第一段階は成功ってとこか)


「初音ー、一緒に帰ろ!」

 

 一安心していた俺の背後で、そんな声が聞こえる。


「あー、ごめんよぉ! 今日は用事あるんだ! 先帰るね!」


 肩まで伸びたクリーム色の髪をたなびかせて教室から出てきた初音はそう言うと、俺と雨宮の横を通り抜けて、階段へと向かう。

 と、そのとき。


 一瞬、初音がちらと俺の方を見た。

 その目はまるで、何かの合図をするような。


(……あいよ)

 

 その訴えを汲み取った俺は、心の中でそう呟く。


「……尾張くん?」


 急に黙ってしまった俺を不思議に思ったのか、雨宮が俺の顔を覗き込んできた。

 

「ぇあ……、あぁ悪い。じゃ、行くか」

 

 一瞬で赤面してしまうあたり健全高校生男子な俺は、それを隠すように早足で階段へと向かった。トテトテとうしろからついて来る雨宮はまるで小動物のようで、ガチ恋勢の俺は(守りたい、この生き物)などといったキモ感情を心に抱いていた。キモいって言うな。

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俺が好きなのは、お前も好きなアイツ 成瀬イサ @naruseisa

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