第3話
『ちょ――』
初音が、裏返った声で言葉を紡ぐ。
『ちょっと待って……待って。もう1回言って?』
「いやだから、雨宮風音に告白したって」
改めて俺の言葉を聞き取ると、鼓膜が破れるほどの大きな声で初音は声を荒げた。
『――――はあああああ!? なんで!? よりにもよって! 雨宮さんに! 告白すんのよ!!』
「そんなの俺の勝手だろうが……。というか待て。そんなことあるのか……? お前も、告白したってのか……? 雨宮風音に?」
『そうよ! そうなのよっ! ああぁもう最悪っ! なんでこんなことに……!』
「いや、というかお前……」
言いかけて、口をつぐむ。
(
ここ数か月で一番の衝撃。
初音の想い人など微塵も知らなかったが、その気持ちがまさか同性に向けられていたとは。まあ、多様性の世だ。何も言うまい。それに俺は女子同士の色恋が結構好み……っと違う俺の性癖なんてどうでもいいんだよ今は。
『なによっ!』
俺が言葉を詰まらせていると、初音が先を急かした。
「や、ええと」
それを口にするのは憚られ、俺は黙っておくことにする。
(同じ人を好きになるなんて、すごい偶然ですね)
状況を察したのであろうペン吉が、チャット欄にメッセージを送る。
「ホントだよ。しかも、よりにもよってコイツと被るとか……」
俺が悪態をつくと、それに被せるように初音が吠える。
『はぁ?! 言っとくけど私の方が先に好きになったんだから!』
「あ? なんでそんなの分かんだよ。てか、それ言うなら俺は入学当初から好きだったからァ」
嘘である。
『私だってそのくらいよ! いや、それより前だった!』
「嘘だねハイ嘘。出ましたよ初音さんの大ホラ話」
『嘘なんかじゃない! 大体、アンタみたいなのが雨宮さんと話せるわけないじゃない! しかも入学直後よ!? ムリムリ! アンタには絶対ぜーったいムリ!』
「ぐっ……」
コイツ……。録音して学校中にぶちまけてやりたい。そんなことをしたら処されるだろうが、それでもやりたい。むしろ俺が処したい。
「なかなか? 痛いところを? ンー。突いてくるじゃあないですか、えぇ? 八城ォ……初音サン、でしたっけ? 何か根拠はあるんですかァえぇ?」
『そういうキモいところが主に』
「お前処すぞ! マジで処すからなァ!」
(二人とも、少し落ち着いてください)
「はぁ、はぁ……」
『はぁ……はぁ……』
ペン吉の一言で、俺たちは一旦言い争うのを止める。
「はぁぁぁ――――――――」
深く、ため息を吐いた初音は、固く決心するような凛とした声で言い放った。
『言っておくけど、私諦めてないから』
「はぁ?」
『私、何度でもアタックするから』
負けず嫌いで諦めが悪いのは、幼い頃から変わらない。
初音の魅力でもあり、時にはそれ故に俺と喧嘩が起こったこともあった。
「いや……お前フラれたんじゃなかったのかよ」
『じゃあ、アンタはもう告白しないのね』
「…………」
挑発するような口ぶりで、初音は俺の本心を煽る。
きっとコイツは分かっているのだ。
そう、俺も初音と同じ。
「……誰もそんなこたァ言ってないだろ」
負けず嫌いで諦めが悪いのだ。
「俺も、諦めちゃいない」
だからこそ、同じ気質のコイツとは意見が合うこともあれば、はたまたすぐ喧嘩したりもした。
『知ってるわ。だから一層ショックなのよ……はあ』
「ため息ばっかだなお前」
「仕方ないでしょ! しかも私は女で――」
初音は何か言いかけて、一度言葉を止める。
「…………」
「なんだよ」
「――――なんでもないっ!」
幼子が母親にわがままをぶつけるように、初音は荒げた声を飛ばす。
その声には、まるで何かに苛立っているような。
怒りの――否、悲しみであろうか――そんな感情が乗せられていた。
若干重々しい空気が流れるも、初音の次の言葉でそれは破られた。
『……協力よ』
「え?」
『諦めが悪いのはお互い様。だけど、今の私たちがどうしたところで、雨宮さんはきっと振り向いてくれないわ』
「まあ……」
先とはまるで打って変わって冷静なその言葉を聞いて、俺は今日の放課後を思い出す。
――ごめんなさい、尾張くん
「……そうだろうな」
『だから、協力。お互いの恋が実るよう、協力するの。その結果どちらと付き合っても――はたまた雨宮さんが別の誰かと付き合っても、恨み言はナシよ』
「……なるほどな」
要は協力プレイってこと。それなら毎日のようにコイツとやっている。
連携に関して言えば、俺たちの前に出るものはいないだろう。
「やるからには本気よ。本気で攻略しに行くわ」
「当然だ。またフラれても後悔すんなよ」
「こっちのセリフ」
俄然やる気が芽生えた俺は、問いかけるように言う。
「そんじゃあ早速――」
それに応えるように、初音は俺の言葉に続ける。
『――作戦、立てましょうか』
こうして俺たちは雨宮風音攻略大作戦を遂行することとなった。
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