第31話 魔術師、他国を含めた会議に出席する
自国も合わせて四ヶ国が集まるこの機会は、毎年行われてはいるものの、それぞれ持ち回りとなっているため、主催国以外は最低限の人数に絞っての訪問となる。それは教員たちも同様で、だいたい外に出るのは水と火の大公老師が中心で、たまに地の大公老師も同行することがある、くらいなものだ。
だからこうして、他国を迎える場合のみ、人数を揃える。ただ全員というわけではなく、今回は三名だ。
あまり
それぞれが軽く挨拶をして、会議室の席につく。あくまでも教員たちの会合であり、国賓の政治的な会話ではないため、各国を示す何かがあるわけではないが、服装の傾向でそれなりにわかるだろう。
法衣を着ているのは、神聖セルト王国。
昔、ヴィクセンと呼ばれる集団が教会を壊滅させたとはいえ、信仰そのものを拒絶したわけではない。あくまでも、信仰を理由にしてやっていたことを潰しただけだ。もちろん、立場としては弱く、あまり好意的な目では見られないとはいえ、祈ることが不要だとパストラルは思わない。
袴装束はホノクニ王国。
刀も彼らの文化であり、その来歴を辿れば思いのほか短い。というのも、彼らの発端は、ヴィクセンに育てられた人たちが集まってできた国とされているから、まだ百年も経過していない、いわば新興国の位置に当たる。詳細は他国であるため知らないが、特に武術が発達しているらしい。
そして最後、軍服を着ているのがフェイゼ帝国。
いわゆる軍事国家であり、国民のほぼ全員が兵役義務がある。およそ戦力として考えれば突出しているため、近隣国家は大小を問わず恐れている。ただ歴史を振り返れば、自ら攻め込んだことは数えるほどでしかなく、それにもきちんとした理由があった。軍規があるため、他国で問題を起こさない点に関しては信頼できる。
会話が始まってすぐ、パストラルは右から左へ聞き流すことにした。ありていに言えば興味がなく、たいして面白い話ではなかったからだ。その中でも、多少は気になった点だけ、手元の紙に書き出しておいて、あとで調べたり聞いたりしようと、そのくらいなものだ。
だから、自分が呼ばれていることにも気付かなかった。
「――パストラル、おい」
「……うん?」
隣からの声に気づけば、フォードが苦笑していて、ほぼ全員の視線が自分に集まっている。おやと目を丸くして、パストラルはゆっくり立ち上がると、丁寧に一礼した。
「これは失礼。今回来れなかった雷の大公老師の代理、パストラルと申します。退屈な政治な話ばかりでしたので、聞き流していました」
「へえ、政治は嫌いか?」
「いえ」
ホノクニの教員の言葉に、軽く首を振りながら座り直す。
「興味がないだけです。そんなものは王宮でやればいい、そう思うくらいには」
「ははは、なんだ素直だな。まったく同感だ、俺もそう思う。面倒ったらありゃしねえ。どうせなら、向き合って訓練しながらの方がよっぽど会話ができる」
「そうですね。きっと本来は、そうして技術交換がメインになるのでしょう」
「ついでに聞くが、お前は弟子か?」
「違います」
「だろうよ」
「ですが、魔術師ですよ。立場としては――そう、たまたま、雷の大公老師に捕まった哀れな学生です」
「そりゃ丁度良い、聞かせてくれ。お前んとこは放任主義だろ。逆にやりにくくないのか?」
「基本的には現在の習熟具合を、自覚する必要もありませんよ。掲示板を見て、どれが必要か悩むのが嫌なら、学年で指定された難易度の授業に顔を見せれば良いですから」
「それじゃ上を目指せない」
「学生のうちから、そこまで上は見ませんよ。そんな当たり前の中の上澄みだけが成長し、さらにその中の数人が、うちで言えば大公老師の弟子になる。どこも似たようなものかと」
「どうやりゃ上を目指せる?」
「それは代理のぼくが言えることじゃありませんが……というか、そういう会話をもっとするものだと思ってましたよ」
「そりゃ悪かったな、退屈させて。こっちにも明かせない事情はあるし、そっちもそうだろう?」
「ええ、だからそこを探るのではなく、お互いに触れない核心的な話題を提供するものだとばかり思ってました」
「ふん、言ってくれるぜ」
「代理ですからね、責任は雷の大公老師に押し付ければ良いですから。しかし、ぼくがわかる範囲で質問に答えると――まあ、おそらく皆さんも問題に直面しているとは思いますが」
小さくパストラルは肩を竦めた。
「つまるところ、教育者の教育をどうするのか、という問題でしょう」
沈黙が落ちた。
実際、この問題は避けて通れず、それでいてかなり解決が難しい。学生を育てるために教育者がいるのに、今度はその教育者を教育するための教育者を――と、ともすれば
ただ。
「実際には、単なる実力者と教育者は、完全に切り分ける方が理想的でしょう。もちろん、それを対外的に、あるいは内部であっても、納得させるのには一苦労ですが」
「……わかってんじゃねえか」
「代理を任されたので、最低限は」
「ただ、やっぱりてめえができないことを教わるってのは、納得できないだろ」
「ええまあ。いくらそれが正しかったところで、結果が出るのは先ですから。そうなってしまうと、結局は教える側ではなく、教わる側の問題にすり替わってしまう。どちらが悪いかを探すものでもないでしょうけれど――フェイゼ帝国さんは、ある程度の強制は可能なのでは?」
「――ふむ。厳しく教えてはいるが、あくまでも最低限、一律にやれと言っているだけだ。下の底上げとはならんよ」
「底上げは、重要ですか?」
「違うのか?」
「いえ、規律があるのなら、使いどころを変えればいくらでも役立つと思っていましたので」
「……指揮官だけでは戦場は成り立たんか」
「部隊長が不要だとも思えませんが」
「なるほど? 兵の弱さではなく、指揮官の失態か」
「そう好意的に受け取っていただければ、ありがたいですね。国によってやり方は違えど、教育という点においての問題は、ほぼ共通していると考えられますが、セルト王国さんはいささか違いますか」
「ええ、うちはあまり武力を持ちませんから」
教会の暗部が壊滅したとはいえ、強硬派は存在する。下手をすれば分裂、反乱など起きてもおかしくないのに、今の神聖セルト王国は、それを上手く抑えつけているとも言えよう。
彼らは、信仰の国だ。しかし防衛力がないかと言えば、否だろう。そのあたりは彼らも口にしたくはないはずだ。
「失礼、政治の話になりそうです、聞き流してください」
「わかりました」
「――そろそろ時間のようだ」
そこで、水の大公老師が口を開いた。
「学生たちも戻る頃合いだろう、宿舎の案内をする」
「おう、もうか。……悪かったな、次の会議までに、もうちょい政治じゃねえ話題を探しておく」
「それは私もでしょう、考えておきます」
がたがたと、それぞれ席を立ち、解散の流れ――なのだが。
しかし、最後までフォード・フィニーとパストラル、そして帝国の女性は動かなかった。
やがて。
「煙草、いいかね?」
「どうぞ」
女性の言葉に、パストラルが頷くと、煙草に火を点けて――ゆっくり、紫煙を吐き出した。
「……通信術式を妨害していたのは、お前だなパストラル」
「はて、何のことかはわかりませんが、少なくとも通信術式を簡単に使うものではありませんよ」
「盗聴防止はしている」
「それも、確認しました。どうやらぼくの素性がそれなりに知られたようなので、隠す必要もありませんね。ああ、代理なのは本当です」
「では、通信できないと知った部下が、この会議室まで来ようとして、どうしても迷ってたどり着けなかったのもお前か」
「ほう、何をしたパストラル」
「
「何かしているとは思ったが、内側だけでなく外側にも仕掛けたか」
「やはり仕掛けがあったか。さすがに見破るまではいかなかったが」
「自己防衛のための術式だよ、大したことはないさ」
「――それだけの体術を持ちながらも、か?」
「ぼくは魔術師だからね。いろいろ興味深かったよ、新鮮でね。帝国がどうやって情報を集めたのかも、今回のことでよくわかった。でも、発端はどこだろう、気になるね」
何かを考えるような沈黙が落ち、彼女は煙草を空中に投げると、それを術式で小さな球になるまで圧縮し、持っていた灰皿の中に捨てた。
「私は忠告を受けただけだ。彼は信頼できる――画家でな」
「ああ」
「彼は情報を売ったわけではない、そこは認めてくれ。私としても、そちらの関係を崩したいとは思えないのでね」
「うん、昔にちょっと付き合いがあっただけだし、きみが忠告って言葉を使った時点で察してはいるよ」
「そうか。なに、簡単なことだ。パストラル・イングリッドという名の人物と関わるのなら、敵対だけはするなと忠告を受けた。何故、と言えばこうだ、敵になった時点で私の部下は全員死ぬ、と」
「あー、大げさだなあ。ぼくだって国と事を構えるなんて、そうそうしないよ」
それは。
彼女の部下だけでなく、そこから帝国への宣戦布告になりうることを想定しての言葉だ。それを言及しようとした彼女は、しかし、肯定が返ってくる可能性を排除しきれず、口を閉じる。
「そう気構えることはない。敵対しなければ良いだけのことだ。――だが、ホノクニはどうだろうな?」
「うん? 見た感じ、気の良い人だったけど」
「冒険者の中に、狐の名を使った不届き者がいると、耳にしたらしい。あの国はヴィクセンと繋がりが深く、本質的には技術の保存を目的としている」
「ふうん……それは、あまり良くないね」
「――良くない、とは?」
「ほら、冒険者っていうのは、国家と繋がりを基本的には持たないだろう? 有事の際にはもちろん、連携するし、うちだと騎士団と訓練なんてのもするんだけどね」
「そうだな。われわれ軍人としても、冒険者を嫌ってもいないが、好んでもいない。良い距離感でいる」
「面倒な絡み方をした相手を、公的に殺す方法が冒険者にはあるんだよ。冒険者と騎士団、それからギルドの立ち合いのもと、相手がそれを承諾した場合、戦闘をすることができる。冒険者は常に命がけだからね」
「――相手を、殺すだと? それが他国の人間でもか?」
「もちろん。殺されても納得するだけだし、殺した場合は大変だ。正式に相手の国が謝罪をしなければならない。基本的に中立の冒険者に、立ち合いまでさせたんだ、これは国際問題だよ。ともすれば自国のギルドが黙っていない」
「だが面倒な手順だ、行方不明になった方が早い」
「まったくだ」
「それで、速報としてはどのくらい知った?」
「いや、学生の中でも異質で、あまり顔を見せないことと、貴族の家名であることだけだ」
「初動だと、そのくらいがせいぜいさ。でも、リコプシスからも情報があっただろう? 内容は似たようなもので、ぼくと関わるなら注意しろって感じだったけど」
「……本当に傍受していたんだな」
言いながら、二本目の煙草に火を点けた。
「そういえば以前、そう、持ち回りだから……いや、セルト王国はパスしたから、三年前か。球遊び訓練装置のことを評価していたな」
「名称はどうかと思うが、実際に幼少期、あれを使って遊んでいた――遊び続けていた子と、そうでない子とでは、大きく差が出たのでな」
「ならば、騎士団の詰め所に顔を見せると良い。かなり驚くぞ、あれは面白い」
「ほう?」
「訓練所全体を範囲にして、球遊び訓練装置が設定されていてね、内容も大きく変化してるよ。サプライズだから詳細は省くけど、うん、驚くんじゃないかな。ただ技術を欲しがるのは――どうだろうフォード、盗めるかな」
「本体を物理的に盗んだところで、再現は……そうだな、数年はかかるだろう。どの程度の魔術師がいるかを詳細まで把握していないが、まあ、うちの大公老師たちが頭を悩ませている以上、そういうことになる」
「え、まだ解析できてないの?」
「できていないな」
これはパストラルにも初耳だった。
「うーん……改良はしてるけど、そうか、それはちょっと問題かもしれないね。それこそ、教育者の教育と同じことになりかねない」
「――待て。改良だと?」
「うん、だってぼくが作ったから。あ、球遊び訓練装置もね。今は派生が出てるから、商品は作ってないよ」
「……フォード、お前のところの学生はどうなっている」
「ははは、こやつは学生だが、わしの共同研究者だ。大公老師たちにも良い刺激になっている」
「共同って、最近は何もやってないだろう?」
「うむ、お主も忙しそうだからな。最近は何をしている」
「夜限定の術式の研究かな」
「ほう」
「夜だと?」
「うん。ぼくは実用性とか、そういうのはあまり考えないからね。もちろん必要なら考えるけど、今はただ知りたいからやってるだけ。ほら、月は特殊な
「何故もっと早く言わん」
「年寄りは夜も早いだろう?」
「検証はできる。ふむ、確かにそういう記述を何かの本で読んだこともある。わしも何か解析して術式を構築してみるか……」
「――と、こういう関係なのさ。安心していいよ、きみたちが滞在する一週間、ぼくから積極的に関わろうって気はないからね。ただ、同行してきた学生たちが、ぼくに関わろうっていうのなら、話は別だ」
「……そうか」
ただし。
「ぼくが興味を持つような学生がいるなら、その限りじゃないけどね。そうだ、一つ訊きたいことがある。ちょっと政治的な話かもしれないから、言えないならそう言ってくれ」
「なんだ?」
「きみたちは、海を渡ろうと考えたことはあるかい?」
その問いに、やや身構えていた彼女は煙草を消し、その質問の裏に何があるのかと訝しみながら、腕を組んで。
「いや……そういう話は聞いたことがない」
「理由はわかる?」
「われわれ軍人は、上からの命令には忠実だ。よって、私のような個人がそれを考えることがばかばかしい……のだが、今、必要な理由が思い当たらない」
「ありがとう、やっぱりそうだよね。港町の発展には、もう少し範囲を広げる必要もあるとは思うけど、難しいか」
海を
やはり、意識のどこかで、そこへ至る道を誰もが封じているような気がした。
魔術師は世界を識ることが魔術だと知っている 雨天紅雨 @utenkoh_601
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