第30話 魔術師、望んでいた光景を得る
買い物を終えてから、レリアとカーネと合流して家へ戻ったパストラルは、どこか思案気な顔をしていたが、気付いたのはレリアだけだろう。彼女もその場で深く追求することはなかった。
家に戻ると、レリアはまず着替えに行ったので、カーネを連れて居間へ。
「ただいま。やあ、おとなしくしてたかい?」
「ボクらはガキかよ――よう、やっぱカーネか」
「あれ? えっと……ポーウィさんっすか?」
「覚えてたか。でかくなったなあ、お前は」
「ポーウィさんは変わらないっすね。あ、ファレくん、こんなちっこい見た目でもちゃんと年上だからね?」
「知ってる」
「こいつの姉とは、飲み仲間でな。この前なんか、上官が結婚したとかで、かなり愚痴ってたぞ」
「あー、いつも姉がお世話になってるっす」
「もしかしてフェルミさんかな? まあいいや、カーネさんは座ってて。ぼくは飲み物を改めて淹れてくるよ」
ついでに、おやつ感覚でつまめるものと、夕食の材料を台所へ運んでおく。
レリアの着替えが終わるタイミングを見計らい、お盆を持って居間へ。座っている位置は、ファレとカーネが隣同士だったので、対面のポーウィの隣に二人は並んで腰を下ろした。
「あんたが、パストラルの婚約者か?」
「うん」
「フォードの孫のレリアか。ボクはポーウィだ、よろしくな」
「よろしく」
「さて、本題に入ろうか。二人とも終わっているんだろう?」
もちろんだと、二人は箱を取り出してテーブルへ。
「へえ、水のみたいなことをしてるんだな」
「ああうん、発端はそこだから」
「なるほどねえ」
「――あ、そっか、ポーウィさんはラルくんにお仕置きされたんだっけ。雷の大公老師なら、顔見知りでもおかしくないか」
「おう、さすがに知ってるか」
「ラルくんから聞いたし、ポーウィって名前はおじい様から聞いてたから」
驚いたのは、知らなかった二人だ。
「何故、それを言わん」
「あ? 公共の場に大公老師として出る時は、別人として出てるから、今のボクはただのポーウィだ。気にするなよ、んなこと」
「――うん、丁度良い。じゃあカーネのものはポーウィに頼むよ。ファレのものはレリアに頼もうか。解析をして、良い点と悪い点を出す感じでね」
「いいよ、やろう」
「いいぜ」
とりあえず二人に任せ、パストラルは状況を見守るような視線を持ちつつも、思考に集中する。
あの男のことだ。
嘘を吐いていたいた、とは思わない。ただ、話さなかった、あるいは話せなかったことも多くあっただろう。パストラルも新しい知識を矢継ぎ早に羅列され、パンクぎみだったのも事実だ。
話を終えたあとも、少しだけ雑談もしたが、化け物だと思った印象の理由として、存在が二重に見えたことにあった。最後の方に気づいたし、あえて質問はしなかったが、そう、何かが取りついているような感覚に近い。
会話の内容、態度、頭の回転など、いろいろと総合しても、到底勝てるような手合いではなかった。
いや、いや。
さっきからずっと頭の中で巡っているのは、そういうことではなく、雑談の時に言われたことだ。
「魔術ッてのは、お前ェさんにとって何だ?」
「世界を知るための技術だよ」
「だったら気を付けろ。お前ェさんが知ろうとしてるのは、
あのグロウ・イーダーをヒヨっ子扱いする人物の言葉だ、さすがに受け流せない。
――パストラルが学んでいるのは、世界法則だ。あくまでも魔術は、法則の内側に作られるものであって、つまるところ法則を勉強することで術式を扱えている。
ただ、ほかの二つはわからない。そう、わからないのだ。どんなもので、どうなっているのか、まったく見当もつかない。
悩む。
考えることが多すぎる。
「四つ目の大陸もあることだし、お前ェさんが海を
海を拓く。
彼に言わせれば、とっくに海は解放されているらしい。
確かに――かつて教会が隠匿しており、ほかの大陸の存在が明かされたのにも関わらず、パストラルも、じゃあほかの大陸に行ってみよう、などと考えることはなかった。いや、パストラルに限らず、誰かが言い出しても良いだろうに、そういう話は耳にしない。
危険? それはそうだが、未知なる海でなくとも、危険なんてのは山ほどある。危険を避けたいなら、冒険者なんてやっていけない。
――今ではない、か。
いずれにしても、そう遠くない未来であっても今ではない、そんな結論を出して、とりあえず、ぐるぐる回る思考をいったん止めておいた。
「おいカーネ、お前ごちゃごちゃしすぎだろ。あれこれ試すのが楽しいのはわかるが、詰め込みすぎだ」
「そうっすか?」
「解除するだけなら簡単なんだよ、こういうごちゃ混ぜなのは」
「ファレさんは逆に整理しすぎかな。これじゃ道筋がすぐ見える」
「うむ……」
「はーい」
「それに、たぶん二人に共通して忘れてることがあるね」
「おう、それな。つーか……これ基礎の部分が丁寧なの、パストラルが作ったからか?」
「うん、そうだよ。手早くやったから、多少の粗には目を瞑って欲しいね」
意識を切り替えたパストラルは小さく笑い、まずはレリアの手にあったファレの箱を手にする。
「こういう錠前や結界を解除する、もっとも簡単な方法への対処ができてないんだよ。まあ、そうだろうなとぼくも思ったから、こういう仕組みにしておいたんだけど」
「簡単だと?」
「そう、誰でも知ってる方法さ。つまり、――殴って壊せばいい」
「「――あ」」
声が揃い、二人は一度、顔を見合わせた。
「いや、完全に見落としていた」
「私も」
「あはは、最初から術式での解除を前提としていたからね。じゃあどうするって話なんだけど、ファレは思いついていることがありそうだ」
「うむ、衝撃の吸収だな」
「丁寧過ぎる点は改良すべきだね。――ああそうだ、ついでだから交換したらどうかな? ちょうど中間くらいが目安になるからね」
「はーい」
「それとローウィはこれでも、雷属性については詳しいからね、カーネさんは頼りにすると良いよ」
「これでもってのは何だ。知恵くらい貸すさ」
「レリアには、これを」
「なに、書類?」
「水の大公老師が解析した結果だよ」
「あの女らしいな、わざわざ報告書を作ったのかよ……おう、ボクも横から読ませろ」
「いいよ。……あー、これ、二度目は逆手取れそう」
「そこはもう忠告しておいたよ」
「そっか」
「おいおい……結界の類じゃ、水のはそれなりに強いんだぞ。どういう構成組んでんだ、もう学生レベルの範囲じゃねえ」
「知ってる。でもラルくん以外の術式を解除したの久しぶりだし、勉強になった」
「現役の学生だから、授業レベルくらいは知ってて当然だよ」
「そういうことを言ってんじゃねえよ……いや、お前のレベルから考えりゃ、嫁さんもそりゃ同じくらいにはなるか」
「付き合い長いから」
「にしても、だ。おいパストラル、ボクでも殺されるぞ、これは」
「レリアは身を護るのが第一だよ」
「うん、そう言われてる。だから殺すか逃げるしかない」
「それが一番怖いんだよ……油断も加減もねえ」
「あ、思い出した先輩」
「なにカーネ」
「フェルミさんのこと、姉弟子とか言ってたっすよね?」
「そうだね」
「ってことは、グロウ・イーダーさんに教えてもらってたんすか?」
「そう。あたしは片手間だったけど」
「ははは、だからってぼくが弟子だとは言わないよ。あのご老体は弟子を取らないし、ぼくもそう思ってないからね。ただ昔から教わっていたのは事実だ。必要だったからね」
「――あ? そりゃ冒険者になる前の話だろ。何に必要だったんだ」
「それを話すほど親しくはないかな」
「チッ……」
「本当にお前は、女性に対して誤魔化しはしないんだな。私にはよくやるだろう」
「よくってほどじゃないと思うけど、ぼくは女性と魔術には誠実だよ。――ああそうだレリア」
「なに?」
「そろそろ長期休暇だろう? 一度、ぼくの街に戻ろうかと思ってるんだけど」
「いいよ」
「ご老体も呼んで、鍛え直しもしたいから、レリアから誘ってくれないかい? 高齢だからってぼくが気遣うと、あの人は無理をしてでも来ようとするから」
「ラルくんも挑発するような言い方するからいけない」
「ぼくとご老体は、そういう関係だからね」
「――おう、あたしも行っていいか? 何をするってわけじゃねえよ、ただお前らに興味があるだけだ」
「いいよ」
「うん、その時になったら連絡するよ」
学生になって初めての長期休暇だが、パストラルとしても、いつも通りというのは味気ない。学院に行かないのなら、違うことをするべきだ。
「うん? 大公老師の仕事、だいじょうぶ?」
「ボクはそういう仕事、基本的にねえよ。まだ若いし、弟子も取ってねえ――あ」
何かを思い出したのか、ポーウィは嫌そうな顔をした。
「長期休暇明けに、交流会があるじゃねえか、クソ面倒な……」
「うむ、あるな。デルフィと話をしたが、私たち一年にはあまり関係のない話だ」
「ああ、告知が出ていたね。他国から学生を招いて、技術交換みたいなことをするんだろう? 国賓も来るから、国王も招待の準備とかあるらしいし、騎士団も気を引き締めるって言ってたよ。まあ、政治だよね」
「ボクらも教員っつーか、大公老師として、会議があるんだよ。そりゃボクはこのままじゃなく、術式で作るけど」
「どういう術式なんすか?」
「ん、ああ、これ」
ソファの後ろに、背の高い男の映像を作り出す。これを長時間継続することにも慣れているので、いちいち時間を使わずとも作れるようになっている。
「おお! ちょ、触ってもいいすか!?」
「どーぞ」
「……映像だねこれ」
「レリア、一発で見抜くんじゃねえよ、パストラルじゃあるまいし。クソッタレと言いたくなるぜ」
「諦めて。あと分析もかけるから」
「いいけどな……ん? お、そうだパストラル、とても良いことを思いついた」
「それがトイレで考えた結果ならやめた方がいいよ」
「ちげーよ。お前、その会議にボクの代理で出ろよ」
「ふうん……?」
「待て」
近くまで来て、もう一人のポーウィを観察していたファレは。
「いいかパストラル、何をするも構わんが私やデルフィを巻き込むな。それだけはやめろ」
「うん? そのつもりはまったくなかったけど、そう言われるとなんか、巻き込まなくちゃって義務感を抱いてしまうね」
「やめろ、頼むから」
「あはは、まあその状況になったら、何かを頼むこともあるかもしれないけど、ポーウィ、返事は後回しでいいかい? 休暇明けか、その前くらいには決めるよ」
「おう、ボクも思いつきだから、そのくらいでいいぞ」
カーネは感心しながら、映像を見ている。軽く触れても質量がちゃんとあるし、術式だというのに強い
「これ、操作するんすか?」
「そうだな、そう考えてくれりゃいい。三年くらいかけて、どうにかここまで完成させたが、自律行動は難しいな。ボクの感覚を乗せちゃいるが、全部じゃねえ」
そこで。
「――動くな」
その声が、ポーウィの耳元で囁かれた。
「てめっ、おいレリア!」
実際には、映像の男に対しての言葉、
「ラルくんにやられたんでしょ? 対策はまだ?」
「うるせえ、今解除してやる、クソッタレめ」
ふうんと言いながら、レリアはまたパストラルの隣に腰を下ろした。
「えっと先輩、何したんすか」
「強制認識言語って言われる、言葉で相手を縛る術式。分身を自分で動かす以上、本体と繋がってる部分があるはずでしょ? そこを特定してから、術式をこっちから流し込んだの。分析はまず、現実からって教えたでしょ」
「うっす」
「ふむ。だとすると、言葉による縛りも、可能な限り短く、命令系で強い言葉の方が良いわけか」
「そうだね。あとは相手の油断を誘うことも大事。二度目は身構えるから、揺らさないと。それにあたしのは、あんまり実用性ないよ。ラルくんが研究してた時に、ちょっと振れただけだから」
「おい、そりゃまだ解除できねえボクへの当てつけか!?」
「そうだけど」
「ちなみにパストラルは対策しているのか?」
「優先度は低いから、多少してるって感じかな」
「なぜ低いんだ? 私から見ても、この状況はかなり危ういと感じるが」
「極論すると、防御のための術式がどうのってより以前に、言葉を聞かなければ良いんだよ。厳密には、認識しなければいい。動くなと言われて、ぴたりと止まるのは素直だろう? 普通は、どうしたんだと、きょろきょろと周囲を見るのが一般的な反応だ」
「む……待て、その場合、動くなと言われて止まるのは、つまり足ということか」
「そうだね。
「つーか」
ぐるりと肩から腕を回したポーウィは、術式の解除を確認しながら口を挟む。
「ちょっと研究してみりゃわかるけど、強制認識言語ってのは、そもそも確実に通じるようなもんじゃねえんだよ。実用性そのものはかなり低い。パストラルだって、限定状況じゃなきゃ使わなねえだろ」
「きみに使った時だって、半信半疑さ。通用したらいいな、くらいなものだったよ。――通じたけどね」
「一言余計なんだよ」
「ふむ。……ところでパストラル、お前ならどうやって分身を作る?」
「あー、ぼくの場合は参考にならないよ。仕組みから言うと、
「わからん」
「ボクにもわかんねえよ、なんだよまず魂魄の定義から教えろよ。あと影に適応ってどういう構成だよ、その上で違うってなんだよ、わかんねえ」
レリアは小さく笑う。思えば、初めて出会った時に見たのが、そんな術式だった。
「あれから改良した?」
「うん、したよ。戦闘での利用も考えてね」
「そっか。……いいね、こういうの。勉強会って感じ」
「そうっすね、できれば定期的にやりたいっす。いろんな発見があるんで、はかどるんすよ」
「うむ、可能ならば次の課題が欲しいところだ」
「うーん、どうしたものかなあ」
だったら、まずは今の研究内容を聞こうかと、話題を出す。
学生になった理由の一つ、同級生たちと交流をする目的が、現在進行形で果たされていることに気付けば、パストラルも嬉しくなる。
望んでいた光景だ――が、どうにも、教員役のような気がしなくもない。
ただ。
悪い気分ではなかった。
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