第29話 魔術師、化け物と遭遇する

 その日、ファレから声がかかり、パストラルは隣町にまで行くことになった。

 急ぐのでもなし、今度は以前と違って術式で移動せず、馬車で移動することに。

「邪魔にならなければ良いが」

「二人の時間を作りたいなら、ちゃんと作るから心配しなくてもいいよ。それに、カーネさんの進捗も気になるからね」

「ああ、カーネもそろそろだろう。少し前に逢った時、解除には成功して、これから改良するんだと意気込んでいた」

「へえ、逢ったんだ」

「うむ、何かの用事でこちらに来ていたらしく、私も相談したいことがあったのでな」

「じゃあ丁度良い――ん」

 ぴたりと足を止め、背後を振り返ったパストラルは、軽く目を細めて。

「……」

「どうした?」

「ちょっと待ってくれ、どうやらぼくを探してるようだ。いや、尾行じゃないよ。たぶんぼくの姿をちらっと見て、手早く食事を済ませて出てきたのかな。もうすぐ――ああ、来た」

 ファレは誰かわからなかったが、ふらりと路地から出てきた彼女は左右を見て、軽く手を挙げたパストラルを見つけて近寄ってきた。

「よう、パストラル」

「やあポーウィ、元気そうで何よりだ。今日はそっちの姿なんだね」

「やめちまったよ、あっちはな。断りも入れたし、あっちも気付いていて黙ってた。時間ねえか? ちょいと訊きたいことがあってな」

 見た限り、姿そのものは少女だ。言葉遣いは少し荒く感じるが――。

「ファレ、彼女はこれでも二十代後半で、れっきとした大人の女性だよ」

「これでもってのは余計だろ。ポーウィだ」

「う、む、ファレだ」

 そんなことよりも、肌で感じる実力差。威圧感とでも呼べばいいのか、それほど強い圧迫はないものの、間違いなく自分よりも魔術師らしいと確信してしまうような何かがある。

「残念だけど、これから隣町にまで行って勉強会さ」

「へえ、フォードんところだよな? ボクも呼べよ」

「なんだ、きみがその気なら構わないよ。なんというか、ちゃんと反省しただろうし、それでもぼくに声をかける度胸はさすがだと感心したけど」

「反省して二度はねえって決めりゃ、それで済む話だろ?」

「内容的には、そうだね」

「いいじゃねえか、それで。お前だって本気でボクを殺そうとしたわけでもなし」

「まあね」

「……物騒な話をするな」

「ああごめん、そうだったね。馬車の移動で構わないだろう?」

「おう、いいぜ」

 同行者が一人増えた。

 それほど長い時間、馬車で揺られたわけではないが、そこからはほとんど世間話だ。パストラルとしても、ファレに気遣って、ポーウィとの距離感が掴めるくらいの時間を作った、という感じか。

 到着した時、陽光に対してまぶしそうに目を細めるポーウィの印象が気になった。

「へえ……いいとこだ」

「――初めてなのか」

「フォードの領域だからって、遠慮してたわけじゃねえけど、ボクはあんま外に出なかったからな」

「知り合いなのか?」

「貧民街で生きてたボクを拾ったのがフォードなんだよ。他国だったのに、よくやるぜ、あのジジイ」

「へえ、ああでもフォードらしいとも思うね。何事も悪い意味じゃなく面白がってるから」

「そうなんだよなあ。だからあんま、関わりたくはねえ」

「行動を後ろから、にやにや笑って見守られるのが嫌なんだろう?」

「好きなヤツなんかいねえよ馬鹿」

「そうかもね。とりあえず、ぼくの家へ行こう。レリアには連絡しておくよ」

「うむ」

「――お前の婚約者か」

「すぐ逢えるさ」

 それから、寄り道をせずにパストラルの家へ行き、飲み物とつまみを用意して。

 一息だ。

「さすがに馬車の移動は疲れるね。乗り合いだと余計なこともできないし」

「あ? なんだ、余計なことって」

「水系の術式でクッションを作ったり、馬の様子を見て口出しをしたり、とか」

「こっそりやれよ、尻が痛くなる前に」

「事前に言ってくれればやったよ? きみ以外の女の子が同行している時は、こっそりやるけどね」

「ふん」

「じゃあまずは、きみの用件を聞こうか」

「おう、面倒ごとじゃねえよ。あれから生活式を中心に考えてるんだが、どうもぱっとしねえ」

「うん」

「……生活式というと、どういう括りだ?」

「悪い、学生のお前にはわかんねえか。俗称だよ、生活が便利になる系統の術式全般だ。ボクが真っ先に覚えなくちゃいけねえのは、気温室温の管理だな。ちょっと前に、めちゃくちゃ寒いところに放置されたんで」

「あははは、大変だったねえ」

「まったくだぜ」

「ふむ、常温に保つというのならば火系統、それから風と水系統で冷やす、それを肌の表面に常時展開リアルタイムセルか。範囲を広げるなら結界、あるいは境界が必要にもなる――が、難しいな。気温差を魔物に察知されないか?」

「そうだね、そのあたりの誤魔化しも場合によっては必要だ。簡単に、あったかくしているけれど、雪の上を歩いて足跡が残るならまだしも、溶けてしまったら違和感になる」

「適応、という言葉の範囲を指定したくなるな。むしろ高温、低温の拒絶から考えてみるのも面白そうだ。常時展開はともかく、そちらのアプローチから入ってみよう」

「へえ……なあパストラル、今の学生ってのは、これが標準か?」

「ほかのケースは知らないけど、ファレはこのくらいの思考はするよ。それはきみだって同じだろう?」

「いくつかの理論は出たさ。おうファレ、基本ラインは三つくらいにしとけ。四つ目からは難しくなって、五つくらい出たら成長したと思っていい」

「なるほど、参考にしよう」

「可愛げのねえ返事だなあ」

「すまんな、身近にパストラルがいるから、そういう基準はよくわからん」

「それもそうか。で、ともかく話ってのは構成の方だよ。どうも上手くいかねえ」

「む……?」

「これも弊害の一つではあるけど、ファレ、彼女の特性は雷だ」

「――そうか、他属性への適応不可か」

「うん。特に雷属性は顕著でね、まったく使えないことが多いんだ。そういう思い込みから雷属性に傾倒するのも一因だけど、他属性が扱える雷属性の方が珍しい。でもまあ、手順を一つ増やせばその限りじゃないんだけど」

「やっぱ知ってやがる。ボク以上に雷属性に詳しいんじゃねえか?」

「アプローチの仕方が違うだけだよ」

 最初から、雷属性を持って、それを自覚して生きてきたポーウィと、雷属性も扱えるパストラルでは、視点が違う。

「たとえば、さっき乗ってた馬車なんかがそう」

「おう? いきなり話が飛んだな」

「飛んでないよ、すぐ繋がる。馬車っていうのは乗り物だ。人や荷物を運んだりする。でも動いてるのは車輪だ。もっと言えば、車輪のある物体を引いているのは馬だよ。きみが目指すべきはそこさ」

「……あ?」

「雷の特性そのものは、馬なんだよ。本質的に、それがなきゃどうしようもないものだ。そこに、引くべきもの、車輪のついた乗り物を作ってやればいい。それは雷を原動力にして動くものだ。――つまり、他属性の知識が圧倒的に足りてないってことだよ」

「あー、火を生み出す術式を、雷を原動力にしろ?」

「捉え方はそれでいい。むしろ構成というべきかな。たぶん、きみのアプローチだと、雷だって熱を発生させるから、それを制御してやろう、なんて考えから、じゃあ冷やすにはどうすべきかって悩んで、どうにも理論と構成が合致しないとか、そういう悩みを抱いてるんじゃないかい?」

「その通りだから文句はねえが、言い当てられると癪だな」

「だから、ぼくの考え方だともっと楽だよ」

「生活式、温度や湿度を管理する構成を、――そういうことか、ふむ。私にもないアプローチだ、面白い。……待てよ、それが可能ならば他人の術式を扱うことも、似たような理屈で可能か?」

「おや、もしかして奪取ロバートの特性を考えてるのかい?」

「うむ、デルフィと逢って興味がわいてな。まだ片手間だが」

「良いことだね。――さて、悪いけれどぼくは少し、用事があってね。特に注意事項はないけど、ポーウィは部屋を荒らさないこと」

「お前、ボクを何だと思ってんだ。他人の家に来て、飲み物を探すくらいならともかく、荒らしはしねえよ」

「冗談だよ、わかってるさ。ファレ」

「うむ、問題ない。カーネと合流してからでいい」

「余裕があれば、夕食の材料も買ってくるよ。じゃあごゆっくり」

 二人を残すことに何ら心配はなかったので、パストラルは外に出て気にすることをやめた。

 本命はもちろんレリアと逢うことだが、少し前にグロウ・イーダーから一つ頼まれごとをしていたのだ。

 とはいえ。

「おう、図書館にいるだろう司書に逢え」

 用件はそれだけ。詳細はなく、パストラルもそうかと短く返しただけなので、決して承諾したわけではなかったのだが、ついでくらいなら丁度良い。

 それに、ここの図書館には以前、よく通っていた。まだ冒険者活動を始めて間もない頃、レリアに逢いに来る時に寄っていたのだ。実家のある街とはラインナップが違っていて、楽しい時間を過ごさせてもらった。カーネに本を紹介したのも、以前に読んだことがあったからだ。

 よくあることだ。こうしたおつかいをすることで、人脈を広げることができる。いわば遠回しに、人を紹介してくれていて、これによってパストラルも随分と助かっていた。


 ――迂闊うかつだった。


 警戒は普段通り。それもそうだ、以前にも行ったことのある場所だし、グロウの指示ならば危険が待っているなどとは思えない。事実、それは警戒すべき危険などではなかった。

 もっと。

 それ以上に、そう、出逢ってはいけない部類のモノである。

 誰もいない図書館に、ぽつんと立っていたのは初老の男、袴装束。

 出逢った瞬間、一気に汗が噴き出た。

 もっとも危険だと思えたのは、たたずまいの隙のなさや、穏やかな空気感ではなく、彼がいることに、こうして目で確認するまで一切、わからなかったことだ。

 彼はこちらを見て、おやと目を丸くして、それから笑う。

 ――苦笑だ。

「ったく、司書の野郎は俺に何をさせてェンだかなァ……」

 言って、頭を掻いた。

「ここは図書館だ、本を読むところで暴れ回るほど、お互いに常識知らずじゃねェだろ」

 彼の視線が下へ向いたことに気付き、ようやく、パストラルはいつの間にか刀を握っていた左手の感触に、大きく深呼吸をすることで己を意識的に落ち着かせ、ゆっくり、左手を離した。

 自由落下、刀はそのまま影の中に落ちて収納される。

 敵対行動を見せたのに、相手が何もしないのは幸運だ。けれどでも、たぶん、戦闘が発生するような場であったのならば、パストラルに許されたのは攻撃手段だけ。逃走は不可能、そういう手合いだ。

 実力差がありすぎる。

 そう。

「失礼だと思うけれど、――化け物だね、きみは」

「まァ、現状じゃそう言われてもしょうがねェな。実際に見た目通りの年齢じゃねェし、これでもちゃんと人間なんだけどな。しかし、司書がいねェとなると、話し相手は俺だ。何か知りたいことはあるのか?」

「じゃあ、世界の理を」

 当たり前のことを問えば、彼は笑う。

「ははは、教えてもいいが、そりゃお前ェさんの求める答えじゃねェだろ」

「……そうだね。誰かに教えて欲しいことじゃない」

 だったら、どうだろうか。

「少し待ってくれ。言われてみて気付いたけど、知りたいことはあるはずなのに、いざ言われてみるとなかなか見つからないものだね」

「難しく考えりゃ、余計にな。言っての通り、俺は長生きだ、それなりに多くを知ってるし、俺のことはあとで教えてやってもいい。そうだな、もう知りようのないことはねェか? 諦めとは違う、納得はしたが――手が届かないこと」

「言うだけなら損じゃないって? ぼくの情報を教えることになるから、あまり好ましくはないんだけど、じゃあ」

 もしも。

 何もかもを知っている人物がいたのならば、問うてみたいことは――そう考えれば、いくつかの質問が頭をよぎる。

 その中なら。

「人探しをしてるんだ」

「へえ?」

「シディと名乗っている」

「あ? あいつまだ解放されてねェのか? いくら自動人形オートマタの魂だからって、世界システムに取り込まれることはねェだろうに」

「――」

 本物だ。

 彼は、本当に化け物の類だ。

「ああ、驚くのもわかるが、ただ知ってる範囲のことだっただけ……しかも、俺が話せることは限られる。つーか、知らないことの方が多いし、今のあいつがどうなってンのかは知らねェよ」

「いや」

 パストラルは首を横に振る。

「すまない、探してはいないんだ。ぼくが幼かった頃、彼女、シディとは付き合いがあって、そしていなくなったのを目の前で見てる。どうしているかじゃない――シディがどういう存在だったのか、ぼくはそれを知りたかった」

「なるほどな。――ところで、ここへ来たのは偶然じゃねェよな?」

「うん、グロウ・イーダーってご老体に、司書に逢えと言われてね」

「へえ……あのヒヨっ子、まだ生きてンのか。ついでに挨拶しとくか……おう、あいつはヴィクセンの連中が遊んでたンだが、なんつーか、知り合いでな」

「ヴィクセンとの付き合いはあったんだね」

「いろいろと、複雑にな。敵対はしてねェし、むしろ一緒に暮らしてたようなもんだ。――昔、刃物を作る魔術師がいた、そいつの話をしよう」

 カウンターの傍を離れた彼は、読書用のテーブルに軽く尻を乗せた。

「どのくらいの魔術師かッつーと、耐久年数ッてのが嫌いで、試作品はともかく刻印入りの五本は、あーたぶん今も現存してるだろ」

「刻印?」

「エグゼエミリオン――その魔術師の名だよ。一番目は、刃物よりもむしろ鉄の塊みたいな形状だ。この大陸の三分の一くらいを囲う結界の支柱にされても壊れないくらい頑丈だな。おっと、現存してるとはいえ、使われてるとは限らないぞ。地中深くに埋もれてる可能性もある」

 それだけの歳月を経たのだと、彼だけは知っている。

「二番目の刃物は、薄型の投擲専用スローイングナイフだ。本体を所持している限り、魔力で複製が可能になってる。で、三番目は組み立てアセンブリ魔術特性センスそのものになった、大型ナイフ。今も使われてる可能性が高いのは三番目だな」

 パストラルは黙って聞く。

「五本と言ったが、五番目は完全な特注品だから、もうないだろう。所持者も、自分専用だからって、死ぬ時には壊してるはずだ。ゆえに、完成品は四本目――こいつは、

 さて反応はと、パストラルの様子を見るが、驚いているというよりはむしろ――。

「うん、なるほど。まずは術式、そして魔術特性そのものを作り出し、本命の法則切断、そういう段階を踏んだんだね」

 ――納得を得ていた。

「ま、その通りだ。とある事情で、でけェ屋敷にそいつと、その息子の二人で暮らしてたンだよ。息子の方も、まあ、魔術師の頂点なんて言われたくらいには、知識も技術も有してた。――ところで、お前ェさんが考える、もっとも幅の広い魔術特性はなんだ?」

 何でもできる、あらゆるものを制限なしに可能とする、欠点もなく欠陥もない、得意も苦手も存在しない特性は、たった一つだ。

魔術ルール

「正解だ。当時はまだ、その息子もガキだったンだが――刃物ばっかに傾倒してる親父が、半年以上暮らしてようやく、屋敷が広いことに気付いたわけだ。笑い話だが、当人は真面目にそう思ったらしい。そこで、人形でも作るかと、言い出した」

 ここからが本題だ。

「当時、最高峰の人形師に素体を作らせ、息子が主体になって作った。親からしたら、何でもやってみろッて感じだったンだろうぜ。もちろん最初から、当たり前の人形を作るつもりはねェ――世界法則ルールオブワールドに抵触しないよう、ヒトガタを作った」

 それは理解できる、というかパストラルは見ている。

 シディがまさに、それだったから。

「最初に目が覚めたアクアマリン、次女にガーネット、そして三女のオブシディアン」

「……そう」

「あァ、つーことはお前ェさんも作ったのか」

「どうして?」

「一般的な魔術師なら、こう問うだろ。――無理だ、アクアマリンやガーネット、オブシディアンなんて、当たり前の宝石では術式が入らないし、耐えられねェ」

「……うん、そうだね、九割以上はそう言葉にするよ。確かにその通りだ、ぼくは作り方を知ってる。うちにも二人いるからね」

「シディに影響されたのか?」

「彼女が弱っていくのは、見えていた。それでいて、日常を楽しんでいるシディに、ぼくは証明したかったんだよ。きみの存在は、間違いない。どうだぼくでもできるんだから、確かなものだ――って」

「できたのか」

「そう思いたい。間に合ったと、ぼくは思っている」

「だったら間に合ったんだろう」

「きみも、ぼくとシディが出逢ったのは、縁が合ったと、そう言うかい?」

「そりゃそうだろ、それ以外に何がある。たまたま、と言い換えてもいいが、昔の知り合いは必然だと言うだろうぜ。――でだ、ここで面白いことを教えてやろう」

「うん?」

「シディが生まれたのは、どれくらい昔かッてな。俺が知る限りだと、はっきり言えることは、少なくとも百年の単位じゃねェ。千年か、万年か――」

「待ってくれ。……何故、そう言い切れる?」

「そりゃ俺が、いわゆる神の落とし物ッてやつだからな」

「――それは?」

「あァ、今は言われなくなったか。ヴィクセンの連中もそうだったが、いわゆる生前の記憶を持ったまま生まれた連中を、当時の教会がそう呼んでたンだよ。ほら、今でも銃器がそれなりにあるだろう?」

「うん、あるね」

「あれだって、そういう連中から知識を得て作ったものだ」

 そこでパストラルは組んでいた腕をほどき、また一度、大きな深呼吸をして、手近な椅子をテーブルから離れた位置まで大きく引っ張り、腰を下ろした。

「生前の知識がある、それはぼくに確証はないから、前提としておこう。きみはどうして、同じ世界であると思ったんだ? それこそ万年も離れたら、別世界だと思うのは不思議じゃないはずだけど」

「最初はな。俺の世界にヴィクセンなんて傭兵はなかっただろうし、知らなかった。もちろん生活環境もまるで違う。ただ、困りはしなかった」

「どうして?」

「俺が俺であることに変わりはなかったからだ。俺にとっちゃ、単なる地続きだよ、こいつはな。まァ実際、俺が確証を得たものもあるが、さて、どう説明したもんかな。……たとえば、世界に大陸は三つある」

「うん、かつて教会が隠匿していた情報だね」

「教会だけじゃなく、当時は魔女の宴なんて魔術の組織があってな、そいつらも隠してはいたんだが――……いや、俺やヴィクセンの連中に言わせりゃ、大陸なんて呼び方をしていて、世界と呼ばないのなら、ほかにもあるッて結論に至るだろ」

「今なら、うん、そうだね」

「狐の大陸、氷の大陸、ンでここは蛇の大陸だ。俺は生前から、狐と蛇とは顔見知りでな」

「――、やっぱり、それはなのか?」

「今のお前ェさんが逢えるような手合いじゃねェよ。ただ、連中は俺のことを覚えちゃいなかった。何かが引っかかる、そのくれェなもんさ。それもわかっていたことだ」

「それこそ、万年という時間が経過したから?」

「それもある。あるが、あいつらは世界システムに取り込まれてる」

「……」

「わかんねェだろうけど、そういうもんだと思っとけ。俺だって詳しくはねェよ。ただ、詳しいヤツが昔に友人だった、それだけのことだ」

「ぼくよりも、よっぽど詳しいよ」

「はは、お前ェさんがどうかは知らねェが、俺はただの駒だぜ。誰かに使われる駒だ、友人はそれを使う側だった。で、そういうものが必要な状況だった――昔の話だ」

「……きみみたいな存在は、ほかにもいるのかい?」

「生前の記憶があるッてだけなら、それなりにいるだろうぜ。あー、どうして俺みたいなのが生まれたのかッてのは」

「それも知ってるのかい? ああいや、複雑だろうから、ぼくも腰を据えて考えたいと思っていたところだけど」

「正解は知ってる。――誰かが世界に穴を空けたからだ。それ以上は今のお前ェさんに理解はできねェよ」

「あはは、その言葉も理解はできないけどね。じゃあシディについてもう一つ」

「おう、どうした」

「きみは知り合いだったんだろう? ご老体……グロウがね、シディを見てすごく嫌そうな顔をして、近づかなかったんだ。とてもじゃないけどやり合えない、そう思ったんだろうね」

「ん……そうか、いや、まァそうかもなァ」

「ぼくもシディの知識には驚かされたし、すごい女性なのは認めてるけど、きみから見てどうなのか知りたいね」

「生前の基準で言えば……上の下ッてところじゃねェか?」

「きみは?」

「俺ァ、駒の中じゃ上の上だ。逆に使いにくいッて文句を言われるくらいにはな。これでも、ヴィクセンの連中が揃っても、遊んでやるくらいには鍛えてンだけどなァ」

 パストラルはヴィクセンを知らないから、比較しようがない。ただ、グロウ・イーダーとは比べ物にならないのは、わかる。

 彼は本当に、化け物に見えたから。

「しかし、人形を作れるだけの実力があるなら、楽しいだろ」

「どうかな、楽しもうとはしてる。でもかつてのよう、目標のようなものはまだ持てていないよ。何かをしたい、そんな欲求を持て余すこともある」

「……なら、こんなのはどうだ?」

 彼は言う。

 それは強制などではなく、ただの提案であり、パストラルが何か得をするものでもない。

 考えておいてくれと、それで今回の会話は終わりだ。

 ――わからない、というのが、全体を通しての印象であった。


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