第28話 男子学生、お互いの進捗を伝える
挨拶は大声で。
「先輩がた、今日もありがとうございました!」
デルフィはいつものよう頭を下げて挨拶をすると、相手をしてくれていた先輩たちは、短い返事だけを残して去っていく。
アイレン学院には、強制される授業がほとんどないため、だいたいの時間で訓練場には人がいて、ここのところは訓練の相手をしてもらっている。
勝率は八割から九割。
最初は嫌な顔をされることもあったが、デルフィが礼節を弁えていることもあり、また、きちんと認知されてからは、かなり好意的に受け入れられている。
やる前も、終わったあとも、デルフィは訓練を続けているから。誰よりもやっていることが知られれば、文句を言う人もいまい。
回数こそ減らしたが、今も冒険者ギルドに顔を見せて、技を盗むことは続けている。ただ、こうして実際に使ってみる回数の方が多くなり、経験してからわかることも多くなってきた。
今は、得物の違いにおける差異について考えている。
いろいろな得物を扱うのは、それだけ違う人の技を盗んでいるのだが、その多くは互換性がある。槍の動きを剣でやることは難しいし、それを困難にしているのは得物の長さだが、剣の技の動きをしている時に、――あれ、この動きは槍でもあったな、などと感じることがあるのだ。
得物ごとに分類していた技たちを、今度は違う種別で複合していく必要があると気付いたが、それをやるためには、もっと試して気付きを得ないといけなくなる。
――楽しい。
自分で成長を感じるし、何より今以上を求めることは、前へ進むことは喜ばしいものだ。
「デルフィ」
「お? なんだファレじゃないか、久しぶりだな。一週間くらい部屋にこもって出てこないって、誰かが言ってたぞ」
魔術科の人間が訓練場に来ることも珍しいが、ファレもまた、初めてきた。
「いろいろとやることがあってな。ちなみに現在進行形だ」
言われて、水を飲みながら顔色を見れば、少しやつれているようにも見えた。
「面倒ごとか?」
「いや、――楽しすぎて没頭している」
「いいことじゃないか」
「近況報告はともかく、少し試したい」
「――試す?」
「ああそうだ、試したい」
「いいけど……珍しいな。それほど長い付き合いじゃないけど、なんか、お前の口からそんな言葉、聞いた覚えがねえや」
「違和があるか?」
「おかしなことじゃないんだけどな、いや、まあいい。んで何だ?」
「まだ開発途中だが、軽く攻撃をして欲しい。できればゆっくり、ちょっと痛いくらいで」
「軽くだな。準備はいいか?」
「うむ」
ほとんど槍の重さに任せて落としただけだが、しかし。
「――ん?」
「ふむ……うん、うん、なるほどな。デルフィの感覚はどうだ?」
「どうって、手ごたえはあるけど、なんか、柔らかくも硬くもねえ」
「手ごたえ……そうか、なら範囲を広げてやれば――」
腕を組み、視線を足元に向けて呟いていたファレは、やがて顔を上げて。
「実用的かどうかは置いて、まずは試そう。デルフィ、もう一度だ」
「ん、おう」
今度こそ、その違和にデルフィはぞくりと背筋に悪寒が走るのを感じた。
何もない。
そう、手ごたえが一切なかった。素振りをしても、あるいは実戦の中で空振りをしても、こんな感覚にはならない――。
「――っ、おい、おい、何したお前。鳥肌立ったぞ」
「ああすまん、説明がまだだったな。簡単に言うと、
「蓄積って……いわゆる保存方法の一種だろ? 言っちまえば、術式の構成の基礎みたいなもんだ」
「私の特性でな、それの応用だ。パストラルの助言もあって、ここしばらく集中して作っていたものだ。もっとも、その時間の半分は、課題と向き合っていて、そちらもまだ終わっていない」
「課題?」
「パストラルからな」
「ああ、そっちの。言っちまえば、俺が今やってることだってパストラルからの課題みたいなもんだからなあ。でも衝撃か、なるほどな。術式としては一応、完成か?」
「成功した、と言うべきだな。実用的かどうかは怪しい。少なくともこれを、私は
「常時ってお前……また難易度の高い方いくなあ。授業じゃ教わらないし、パストラルからちらっと聞いたことはあるけど、結局のところ常に術式を展開するって感じなんだろ」
「私もその印象を抱いたが、おそらく効率化だな。最初と最後を繋げてループにして、コストを削減してやれば、意識の外側で動くようになる――はずだ」
「あー……腕時計と同じ感じか」
「ほう、……良いなそれは、認識としてかなり近しいものを感じた。そうか時計か、腕に巻くだけで勝手に動いて、意識した時に時間を教えてくれる……そうか、なるほどな」
「ん? ちょい待て。蓄積だよな? ってことは、常時じゃないにせよ、今も衝撃を蓄積――溜め込んだってことか?」
「そうだ。解放はまだ軽くしか試していない。物騒だからな、外に行った時にでもやろうかと思っている」
「厄介だな。それ、いろいろと変えるんだろ?」
「そのつもりだ。まあ、実際に攻撃になるかどうかは、怪しいところだがな。大雑把に整地するなら、役立つかもしれん」
「あー、確かに、威力が高くたってどうしようもねえな」
それを強いと考えるのは、小等部まででいい。現場で使えば、周囲の環境ごと変える迷惑なヤツに早変わり。それどころか、味方まで巻き込むような魔物の反感を買う間抜けになる。
「そうか、冒険者とフィールドワークしてるって言ってたっけ。戦闘は間近で見てるか」
「さすがに無自覚ではいられん。戦闘ができるとも思えんがな」
「俺だってまだ、その水準には至ってねえよ。こうしていろいろやってると、パストラルの異常さっつーか、錬度の高さを痛感する」
「――何故、ああなったと考えている?」
「たぶん、今俺らが考えて、いろいろやってることを、あいつはもっと昔からずっとやってきた」
それは。
「だいたい私と同じ認識だな……」
「なんでそうなったかは、まあ、知らないけど、今の俺らの経験と思考を持ったまま、それこそ時間を遡れば、ああいう感じになるんじゃねえかなと」
「そう、あいつは特殊かもしれんが、特別でも異質でも、何でもない。異常に見えることもあるが、普通の人間だ」
逆に言えば、パストラルの背中が見える場所までは地続きであるがゆえに、その道の長さ、背中の遠さがよくわかる。
それでも、彼らは自分にできるのが、一歩ずつ進むしかないことを知っている。
「パストラルが言うには、あれくらいが最低ラインらしいぞ」
「さぞ簡単に言ったんだろうな……」
「まあ、それが事実かどうかはさておき、いずれにせよ騎士団の訓練について行くのでさえ、今の私たちには難しいだろう」
「おう、そうだな」
言って、デルフィは首にタオルを巻いて汗を拭く。
「どっちかって言えば、やっぱ冒険者の方が厳しいって話をしてたな」
「ほう、何故だ?」
「騎士団に入っても、まずは訓練からだ。新米ってのはそういう位置。けど冒険者は、やるとなればすぐ現場だ。どっちが簡単なんだって言われればたぶん、騎士団の方が入るのは楽だし、生存率も高い。冒険者は死亡率を気にするから、試験がそれなりに難しいんだと」
「なるほどな……だが、パストラルの婚約者は、取るだけ取っておくような感覚で、冒険者の資格を持っていた」
「あー……それもアリか。べつに失効しても構わないくらいの気持ちだろうな。その感覚も、わからなくもないけど、できるかどうかは別だろ」
「うむ」
「――っと、そうだ、もう一回さっきの術式を展開してみてくれないか?」
「構わんが」
二秒ほどですぐ、
「悪い、もういい。ありがとな」
「どうかしたか」
「俺の
「……体術に対して奪い取るとは、あまり表現が合わんな」
「そうそう、それな。パストラルもこれは術式に対して行われるものであって、つまりは対術式に当たるんだろうって俺も結論を出した。実際に簡単な術式を奪うことも、最近になってようやく、できるようになった」
「それで私の術式か。……そうか、本来ならば私は、そういう対術式を前提として、防御用の構成を組み込んでおかなくてはならんのか」
「たぶん。でも、駄目だな。今の俺じゃ奪えない。奪ったら術式は一度消えるし――なんかこう、見えないんだよ」
「今のお前には把握できんのか」
「理解ができない、追いついてないって感じか。これ問題だよな? じゃあ理解しろよって話だけど、普通なら奪ったあとに解析して中身を理解しようって流れなのに、俺は奪うために理解が必要になる」
「ふむ……」
奪い取ることを保存だと考えれば、認識そのものは合う。ただ基本的に、誰かの魔術構成を知ったところで、それは自分の構成と合致しない、ということだ。
奪取。
それが成功したのなら、おそらく何かしらの変換機を持っていて、半自動的に相手の術式を自分の構成に変換する――その際に劣化してしまうため、性能が落ちる。
あるいは、相手の構成そのものを使うからこそ、その親和性の低さが障害になり、性能が落ちるのか。
「……面白いな。少し試してみるか」
「おいおい、勘弁してくれよ。俺が何かを掴む前に、一通りやっちまうのはやめてくれ」
「そうなるかどうかは、お前次第だ」
「言ってくれる……さてと、俺はもうちょいやってくけど、お前は?」
「邪魔にならないよう見学しておこう」
「気が向いたら相手になってくれ」
「そうだな」
タオルを置き、剣を片手にデルフィは動く。相手を想定しつつ、自分の盗んだ技の動きを確認する、これが目的だ。
最近気づいた共通点は――。
「力を、あまり使っていないんだな」
「――おう」
あくまでも確認であるため、会話くらいはできる。
「上手い人ほど、力を使わない。いや、使わないってのもおかしいんだが……気付けたのはな、腕に力を入れたら、腕だけで力を出してるってこと。むしろ力を抜いてた方が、躰全体を使って力が出る」
「私はあまり詳しくないが、見ていてバランスが良い。無駄がなく、繋がりがわからんくらいには綺麗だ」
「そりゃどうも。まあ、いくら真似てもだいたい三割くらいだけどな」
「ほう……つまり、お前には三割を奪えるだけの基礎が必要だとも言えるな」
その言葉に、ぴたりと動きを止めたデルフィは目を細めた。
「おい」
「どうした」
「俺が最近、ようやく気付いたことだぞ」
「そうか、それはすまない。私も最近ようやく、物事の逆を考えるようになったのでな」
「ああ、逆か。確かにそりゃそうだ」
ため息を一つ、また躰を動かし始める。
「それで? 今まで奪えなかった――いや、盗めなかった技はあるのか?」
「結構ある。代表的なのが、パストラルの攻撃だ」
「ほう。私は見たこともないが」
「行動をそれぞれ分解して教えてもらったが、今の俺じゃ再現できなかったな。単純に錬度の差だ」
「見た目ではなく、本質的な難易度の差か……? 積み重ねた錬度もそこに含まれるとなると、
「言っちまえば、ストックしてる感じ。最初に、お前も知ってるだろうけど、ドモンドさんに教わったんだが」
「
「おう、ちょっとその話も聞いたよ。で、ドモンドさんに教わった時には、剣だと考えろって言われてさ」
「剣?」
「そう、俺は誰かの使ってる剣のレプリカを集めてる」
「となると、選択はお前の意識か」
「状況に合わせて、何を使ってどうすんのか、それは実践しなきゃわかんないから」
「ふむ、いわばファイリングか。となると……」
「重要か?」
「奪うだけでは終わるまい。奪い、保存し、使う、これが一連の流れだ。いずれも重要な要素だろう」
「流れか……そうだな、表面だけなぞっても、本質は見えないか」
これも、逆だ。
だからこそ奪えない。本質を見なければ。
いい加減、デルフィもよく考え、知識を集めなくてはならない。勉強が嫌だ、なんて言っていられなくなってきた。
アイレン学院は、いくらでも機会が転がっている。あとはそれを、どう利用し、どう掴むか、本人次第。
「――あ、来月の長期休暇明けにさ」
「ああ、確か交流会……だったか。他国の学生を招いて、お互いに学ぶという機会だな。確か三ヶ国くらいから参加すると、掲示されていたが、一年の私たちにはあまり関係ないだろう」
「おう、俺もそう思う。そうあって欲しい」
「なんだ?」
「無関係じゃいられない知り合いが一人、いるような気がしてな」
言えば、顎に手を当てていたファレはぴたりと動きを止め、大きなため息と共に腕を組んだ。
「祈るか」
「何に」
「偶然と幸運に」
それはまた、期待値が低そうだと、デルフィは笑った。
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