第2話
「エリザさん、可愛かったなー。」
『リヒト趣味悪いんじゃない。』
エリザを寮まで送って、無事部屋の電気が付くまで見届けたリヒトは、夢見心地でフワフワと、幸せをかみしめながら歩いて自宅まで帰っていた。
その肩には、使い魔の白フクロウ、ヴァイスがとまっている。
王都に実家があるリヒトは、寮に入らず祖父母と両親と妹たち、大家族で住んでいる。
「どこがだよ!あんなに完璧で、誰よりも努力していて、美しい魔法を放つ人が、実はプレッシャーに弱くて、半泣きで、俺にだけ愚痴って・・・・・あああああもう可愛い~!可愛すぎる。」
『重症だな。』
エリザにとっては最悪な1日だったが、リヒトにとっては憧れの人の素顔が見れた最高の一日だった。
この日をまだ終わらせたくなくて、夜風にあたりながら、ゆっくりゆっくり歩いて帰る。
『でもさ、あんな風に脅して食事の約束取り付けるなんて、嫌われちゃうんじゃない?』
「いやそう!本当にその通りなんだけどさ。そうでもしないと、なんの接点もない他人に逆戻りじゃないか。」
酒を飲んでいる訳でもないのに、半泣きで長時間リヒトに愚痴り続けたエリザは、最後に我に返って蒼白になっていた。
そのタイミングでリヒトは次の食事の約束を取り付けた。「じゃあ次の食事はいつにしましょうか?」・・・と。完全に脅しである。自覚はある。
「エリザさん、なんてことない顔してずっと最高の成績をキープして。最年少であっさりと五大魔術師になんてなっていたけど、裏であんなに努力してたんだな。驚いたよ。」
『お前も少しはエリザさんを見習え。』
「・・・・・。」
魔法学園に入学したばかりのリヒトの心を惹きつけた、あの美しい魔法。軽々となんてことないように放たれていたあれは、エリザの生まれつきの才能だと思っていた。
それが吐きそうになりながら、寝る間も惜しんで努力した結果だったなんて。
―――そんなの、愛おしすぎるだろう。
『おーい、リヒト。聞いてる?』
ヴァイスには答えることなく、リヒトは無言で、あることを胸に決意した。
*****
「やっちまったわ。」
『やっちゃったねぇ。』
一方エリザは、魔術師団の寮の自室で、ベッドの上でゴロゴロと転がりながら今日のことを後悔していた。
苦手な後輩、リヒトに式典の挨拶のプレッシャーで吐きそうになっている所を見られ、介抱されてしまった。
更にそのお礼だかなんだかで一緒に行った食事で、これまで我慢に我慢を重ねてきたうっぷんを長時間にわたってぶつけてしまった。
「よく考えたら、吐きそうなところ見られただけなら、大したことなかったんじゃ・・・・・。」
『そうだよね。』
冷静になって考えてみれば、式典の挨拶の後に体調を崩して吐き気がしていたくらい、なんとでも誤魔化せた。「少し緊張してしまったみたい。」とか言って、ニコッと余裕そうに笑えば、それでよかった・・・ような気がする。
それをノコノコと食事に一緒に行ってしまい、長時間にわたってお坊ちゃんに愚痴を聞かせ続けるという醜態をさらしてしまった。
これはもう誤魔化しようがない。
結局会計も既にリヒトが払っており・・・というか、貴族はその場で財布を出して支払うなどしないらしい。流れるように店を後にするリヒトを引き留めて、エリザが財布を出して支払うような真似など、始めからできるはずもなかった。
結局お礼をして口止めするどころか、恥の上塗りをして、次回の約束まで断れない始末。
「ああ~もう駄目。終わりよ。明日から私は、無理して完璧なエリートの振りしていたけど実は大したことないヤツとして、皆にバカにされるんだわ。」
『そう?最年少で五大魔術師になった実力は本物なんだから、堂々としてればいいんじゃないか?』
「ペッヒ!私の味方はあなただけよ~。」
『はいはい。』
そう言って、いつものようにペッヒシュヴァルツの毛皮に顔を埋めて、スリスリしながら眠りに入ったエリザは、なぜだかは知らないけれど、一体何年振りかというくらい、ぐっすりと朝まで深い眠りについたのだった。
*****
「それでは、今日からよろしくお願いします!!」
「・・・・・ちょっと待って。」
「ハイ!待ちます。」
「いや・・・・・え?」
入団式の次の日。
新人たちが各職場に配属される。
五大魔術師として、個室をあてがわれて、無口な秘書一人がついているだけのエリザには、新人がどこに配属されるかなんて興味もなかった。
興味もなかったけれど、これだけは言える。
エリザの部屋に配属される新人など、いなかったはずだ!!
「どういうこと?こんな人事、聞いてなかったけど。」
「やだなぁ、エリザさん。人事は発表されるまで確定ではないんですよ?」
朝から元気にエリザの部屋に挨拶に来たその男は、昨日散々醜態を晒した相手、リヒトだった。
「実を言うと、エリザさんのもとで学びたいって、じいちゃんに頼みこみました!」
「あのじじぃ・・・。」
『こらエリザ。だから長老様のことを、じじいとか言わないの。』
「これからは心を入れ替えて、努力して五大魔術師を目指すって言って説得したら、朝イチで人事を動かしてくれました!」
「いやなにやってんの。」
甘い。五大魔術師の長老が孫に甘すぎる。
そういえば今朝すれ違う時、「最近孫がやる気を出してるんだよねー、わしの跡を継いでくれるのかな☆」とルンルンだったが、このことだったのか。
「そんなわけで、俺の業務は、エリザさんを助ける事。それとエリザさんから魔法を教わって、一日も早く五大魔術師になることです。」
「・・・私を助けるじゃなくて、私の仕事を助ける、ね。」
リヒトの微妙な言い間違いを訂正するエリザ。
「俺、本気ですからね。」
「分かったわよ、もう。」
どうせ発表されてしまった人事をすぐに元に戻すことはできない。
苦手だけれど、優秀ではあるリヒトを、こき使ってやろうと開き直ったエリザだった。
*****
それからのリヒトは、本当に心が入れ替わったのかというくらい、真面目に働いた。分からないことは自分で調べ、それでも分からないことはすぐにエリザに報告して相談してくれる。
エリザの業務は以前に比べて格段に楽になった。
おかげでできた余裕で、リヒトの魔法の訓練をすることもある。リヒトはみるみるうちに実力を伸ばしてった。
「あ、エリザさん。今日は食事の約束の日ですからね。」
「はいはい。」
そしてあの後何度も二人で食事に行っている。いつも今日こそは素を出さないように気を付けようと思うのだが、リヒトが絶妙に水を向けてくるので、気が付けば悩みや愚痴を話してしまう。それで結局、次の約束を断れない悪循環だ。
悪循環なのだけれど・・・なぜだろう。以前のように、吐き気がするほどのプレッシャーを感じることがなくなってきた。
会う人、会う人に表情が柔らかくなっただの、親しみやすくなっただのと言われてしまう。
―――ダメだ。気が緩んでいる。
愚痴を言う相手ができてしまったせいか、気がゆるんでしまっているようだ。
他の誰にも素の自分を悟られないように、もっと引き締めなければ。
*****
この国の五大魔術師は、権限も大きいけれど、その資格を維持するのもとても難しい。
一度なれえば引退するまで五大魔術師というわけではなくて、毎年毎年、実力でその地位を勝ち取らなければならないのだ。
そのため老いて力が衰えた者や、新しく入った者に実力を抜かされた者は、無情に弾かれて入れ替わっていく。
長年その地位に居座っているリヒトの祖父は、化け物のような存在なのだ。
その実力試験の日が、また今年もこようとしていた。
魔術師全員が挑戦するわけではないけれど、ある程度以上の実力があれば強制的に試験を受けさせられるし、希望すれば魔術師誰もが受けられる。
リヒトは入団した時から五大魔術師を目指すと宣言しており、いち早く実力試験を受ける希望を出していた。
―――でも、多分希望を出さなくても、強制的に受けさせられていたわね。
エリザは思った。
試験の方法は、実力判定と自由演技の2つある。
実力判定は、魔力判定用の魔道球に手をかざすだけ。その光の強さで判定がされる。
いくら努力してもどうしようもない、取り繕いようがない部分だ。
この試験で、エリザよりも魔道球を光り輝かせる者は、掃いて捨てるほどいる。
だけれども、エリザはいつもそいつらを蹴散らしてきた。
いくら魔力の才能がその身の内側にあっても、外に出せなければ意味がない。
魔力をいかに効率的に、美しく、効果的に外に出せるか。
その努力で、エリザよりも先を行く者はいなかった。これまでは。
「うわ!リヒト・ジーメンス!話には聞いていたけどすごいな。この輝き、国で一番なんじゃないか。」
実力判定の間がざわついている。リヒト・ジーメンスの才能に、皆が驚いている。
魔術学園にいたころもそうだった。リヒトの魔力は、誰よりも大きく、明るく輝いていた。
リヒトの実力は桁違いだ。
―――私の張った人払いの結界なんて、そりゃ素通りするわよね。
本気で張った結界ならともかく、ちょっと人が避けたくなる程度の弱い人払いの結界なんて、リヒトにとってはないも同然だっただろう。
―――結局私なんて、本物の才能の前では、蹴散らされる運命なのよ。・・・だけど、私が何年、死ぬほど努力してきたと思っているの?
不思議と凪いだ心で、エリザは集中して、自由演技の部屋に対峙した。
―――遠くない将来、私はリヒトに抜かされる。
それはもう、動かしようがない事実だ。
あれだけの才能があっても、本気で磨いてこなかったリヒトに腹が立っていたけれど、やる気を出されてしまってはもうどうしようもない。妬みようもない。
―――だけど、抜かされるのはまだ今日じゃない。たった1年努力しただけで、私の長年の、血のにじむほどの努力を、追い抜けると思わないで!!
「おい!!自由演技の部屋、すげーぞ!」
「エリザだろ?毎年凄いよなー。完璧って感じで。」
「イヤでも今年は凄いんだって。別格!なんか気合が違うって言うか・・・・。」
「ちょっとどいて。」
「あ、リヒト・ジーメンス。お疲れ!さっきはすごかっ・・・・。」
「静かに。」
究極まで効率化して、磨き抜かれた魔力が放たれる。
反動でたなびくエリザの髪が、キラキラと輝いている。
その様子は、誰よりも美しく、そして完璧だった。
これで本人は、完璧な「ふり」をしているのだと言うのだから、笑ってしまうほど可愛い。
そのうち、話をする者は、誰もいなくなる。
皆が集中して、エリザの演技を見ていた。
完璧なフリをして、周りを蹴散らしてきた?
―――違うでしょ。
リヒトは思った。完璧なフリなんかじゃない。エリザはその努力で、その実力で、周りを黙らせ、認めさせ、蹴散らして、そして惹きつけてきたのだと。
*****
結果の発表は、試験を受けた魔術師たち全員の前で行われる。
どうせ明日には国中に発表されるのだ。忖度もなにもない。
明確に順位が発表されるわけではない。ただ5人、今年の五大魔術師の名前が呼ばれるだけだ。
だけど誰もが知っている、暗黙の了解がある。
呼ばれる名前は実力順。最初に呼ばれた者が5位で、最後に名前を呼ばれた者が1位だ。
「今年の五大賢者を発表します。まずはヘルマン・ジーメンス。」
「長老が5位!!」
広間に集まった魔術師達に、動揺が広がる。
去年は3位だった長老が5位。
「ほう。ギリギリだったな。」
広間のざわめきとは対照的に、本人はいたって冷静な様子だ。まるで既に結果が分かっていたように。
「次にエミーリ・シュライヒ。」
エミーリ様が4位?
え、じゃあちょっと待って。
皆が気が付く。
ここ3年ほど同じメンバーだった国の五大魔術師が、入れ替わろうとしていることに。
「次は――――」
*****
「2位おめでとう、エリザ。」
「あなたこそ。3位おめでとう、リヒト。」
たった1年の努力で、リヒトは五大魔術師になってしまった。
去年は4位だったエリザは順位を上げたけれど、リヒトとはたった1位の差だ。
広間は新しい五大魔術師の誕生に沸き立っていたが、人を避けるかのように距離を取って、広間の端で真剣に話しているエリザとリヒトに話しかけに来る者は、まだいなかった。
「それで、どうしますか?エリザさん。6位以下の実力が、五大魔術師に満たないと言う理由で今まで辞職できなかったんですよね。俺が頑張って入ったんで、今なら辞職願、受け付けてもらえるかもしれませんよ。」
「・・・そうかもね。」
あれほど辞めたかった五大魔術師。でも最近はプレッシャーも減ってきたし、技を磨くのも一人でじゃなくなって、楽しいともいえなくもない。
無理に五大魔術師なんて続ける必要ももうない。弟たちだって、自分たちで働いたり、奨学金をもらったり、立派にやっているらしい。
それでも足りない必要な部分の援助は、するだけの蓄えが既にある。
―――今なら、辞められるかもしれない。だけど―――――
「そのことなんだけどねー、エミーリがこれから産休に入るから、エリザに抜けられるのは困るんだよね。」
「長老!?」
エリザが返事を言う前に、皆が遠慮して近づかない二人にずかずかと近づいてきて、話しかけてきた人物がいた。
リヒトの祖父、五大魔術師の長老、ヘルマン・ジーメンスだ。
「ごめんなさいね、エリザちゃん。あなたが五大魔術師の職をあまりよく思っていないことは知っているのだけれど。ゆっくりと子供との時間をとりたいので、数年休ませてもらう予定なの。」
「エミーリさん!いえそんな!ゆっくり休まれてください!」
「そうそう。エミーリは気にせず休みなさい。次の年はバッチリ人材がそろったし、もし実力に足るものが5人そろわない年があっても、それは他の魔術師の実力不足。エミーリが気にすることではない。わしもそろそろ引退したいんじゃがなー。早くもっと若手が育って欲しいものじゃ。」
「じいちゃんはまだまだ元気でしょ。」
「いやいや、孫が立派に育って嬉しい限り。もういつ引退しても悔いはない。」
ヘルマンが本当に嬉しそうに、目を細めてリヒトの頭をポンポンと叩く。その心から喜んでいる様子に、だから5位でも動揺しなかったのかと、誰もが納得した。
「僕、今年補欠だったんですけどー。補欠なのに五大魔術師って、なんだか情けないですね。」
「パウルさん!」
昨年5位、今年は6位補欠だったパウルが、気まずそうに近づいて来る。
「いやいや、パウル。君がいないとエミーリが休めない。7位以下との差は歴然だし、誰もに厚く信頼されている。君は立派な五大魔術師だよ。」
長老がパウルをそう言って慰める。
その通り。パウルに辞められては、エリザもいつまでたっても辞められないし、長老だっていつまでも引退できない。
これから先何年も、彼には頑張り続けてもらわなければならない。
―――つまり結局・・・。
「結局、次の年は取りあえず、エリザさんは五大魔術師辞められないんですね。」
「そのようね。」
「大丈夫ですか?俺、いくらでもエリザさんを助けるし、いくらでも愚痴とか聞きますけど・・・。」
「大丈夫よ。」
これは本心からだった。無理しているわけでも、「ふり」でもない。
「次の試験くらいまでは、あなたに抜かれないように、頑張ってみるわ。」
迷いのない強い瞳でそう答えたエリザを、愛しそうに見つめるリヒト。
「まあ、お熱いわね。」
「愛じゃなー、愛。」
「へ?愛?なっえっこいつと?違いますよ。リヒトはただの部下で弟子というか。」
「もう、エリザちゃん。隠さなくても皆分かっているから。」
「分かっているって何が!」
本気で分からないと言う様子のエリザを、長老やエミーリをはじめとした周囲の者たちが、訳知り顔で頷いている。
「そりゃ二人がラブラブなことじゃろ。リヒトが入団してきたと思ったら、エリザちゃんの補佐に立候補するわ、人が変わったように真面目に修行して五大魔術師になるわ。しょっちゅう二人きりでデートに行っておるし。」
「だからそれ違いますってば!!」
*****
五大魔術師の試験の終わった後、あれだけ否定していたにも関わらず、懲りずにエリザはまたリヒトと二人で食事にきてしまっていた。
場所は初めて二人で食事をしたあの店だ。個室があって、周囲を気にせず素をだせて落ち着くので、たまに利用している。
周囲に冷やかされながらも、食事に来たのは、もちろん、リヒトにエリザの本性をばらされては困るからだ。
いつものように、店員さんたちが全ての料理を最初に並べて出て行くと、リヒトは内ポケットから、小さなプレゼントの箱を取り出した。
「改めて、二位おめでとうございます。エリザさん。」
「・・・ありがとう。開けてもいいかしら。」
「もちろん。」
小さなプレゼントの箱を開けると、そこにあったのは可愛らしい魔石のペンダントだった。
「可愛い。」
「エリザさん、好きです。学園にいた頃から、あなたのことを想っています。俺とお付き合いしてもらえませんか?」
周りから冷やかされても、懲りずに二人で食事に来てしまったのはなぜだろう。
リヒトがエリザにペンダントをかけてくれるのを、大人しく受け入れているのは?
真っ赤になったエリザのその問いの答えは、当然――――誰もがとっくに知っているものだった。
エリート魔術師は後輩男子に甘やかされる kae @kae20231130
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