エリート魔術師は後輩男子に甘やかされる
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第1話 前編
5年間の魔法学校過程を修了し、晴れて魔術師団への入団が認められたリヒト・ジーメンスは、入団式の日。平民出ながら国中の憧れである、五大魔術師最年少、エリザの一分の隙もない完璧な挨拶をしている様子を、胸をときめかせながら仰ぎ見ていた。
魔術師と言えば、リヒトの家のように、何代も続く家系から排出されることがほとんである。その中でエリザは庶民出でありながら、突出した実力だと何年も前から有名だった。
本来ならリヒトの1学年上なだけのはずなのだが、2年ほど魔法学園を飛び級したため、3年も早く卒業してしまい、その輝くばかりの姿を見るのは久しぶりだ。胸が熱くなる。
親に言われて渋々魔法学園に入学したリヒトは、そこで天才と言われているエリザの模範演技を見た。
魔力がほとばしる際にたなびいて輝く金色の髪を見てから、少しだけやる気を出すようになった。
それまで本当なら、適当に卒業だけして、何代か前に国もらった爵位を継いで、悠々自適の領地暮らしをするつもりだった。
だけど、エリザを見たその日から、エリザが魔術師団に入ると聞いたその日から、毎年10人しか入れない魔術師団へは入れるだけの成績をとるくらいには、勉強するようになったのだ。
*****
「うおうえぇぇぇ~。」
『エリザー、大丈夫?』
「ううっ、無理。」
最年少で国の五大魔術師になった、エリート中のエリート魔術師。
平民の出ながら、他の魔術師達の嫉妬や妨害をその実力で全てをねじ伏せてきた。今では国民の憧れの魔術師であるエリザは、魔術師棟の人気のない階段の下で、人払いの結界を張って、そのストレスからくる吐き気と戦っていた。
使い魔である黒猫のペッヒシュヴァルツは、いつものことだと飽きれたような表情で、しかし一応その可愛らしい猫の手を背中に置いてさすってあげている。
『いい加減慣れたら?あの程度の挨拶、これまでも何度もあったじゃない。』
「ダメ。慣れるどころか、これまでのストレスが溜まりに溜まってもう限界ぃうおおおおえええぇぇぇぇー。」
『はいはい。』
今日は魔術師棟に新しく配属される魔術師達の前に立っての挨拶があったのだ。
頼むから、挨拶は別の者にしてくれと言ったのだが、五大魔術師の長老に、「国民憧れの最年少五大魔術師の挨拶を、新人皆が楽しみにしておるのだぞ」とかなんとか言われて、また無理やり挨拶させられてしまった。
国民憧れとか関係なく、面倒くさい役割を一番の若造に押し付けているだけのような気がする。
魔術師とは、マイペースな者が多いのだ。・・・・几帳面すぎるほどの几帳面なエリザと違って。
今回も、完璧な挨拶を考えるのに、3日間も徹夜してしまった。
キラキラした目で見つめてくる新人魔術師達の期待に満ちた目。なんとかいつも通り完璧を装ってやり過ごしたが、式典が終わると同時に限界をむかえて、吐き気が襲ってきてしまった。
「ああもう無理。弟たちの学費も貯まったし、もう田舎に帰る。」
『辞職願、受け取ってもらえないんでしょう?』
「くぅ。あのジジイめ。」
『こらこら、長老様のことをジジイとか言わない。国6位以下の人が、五大魔術師たるに実力が足りないんだってねぇ。』
「くぅ~なんでえぇぇうぇ~。ペッヒ、もっとなんとかならない?」
『うーん、吐き気止めの魔法?なんだろう。熱くしても寒くしても駄目そうだし。心因性のものだから回復掛けても治らないし。』
いよいよ涙目になってうずくまるエリザ。
ペッヒシュヴァルツは、そのモフモフの毛を自由に撫でさせてあげながら、『僕に吐かないでよ』とつぶやいた。
「あのぅ、良かったら俺、爽やかな風を起こしましょうか。」
『あ、それ良いかも。』
「エリザさんは楽な姿勢で横になってください。頭も少し冷やしてみましょうか。」
『うんうんいいね!君、気が利くなー・・・・・・って誰!?』
「リヒト・ジーメンス!?なんであなたがここに!目くらましの魔法は・・・・うえぇぇ~。」
「あ、ほら無理しないで。横になってください。」
目くらましの魔法などないかのようにすり抜けて突然現れて、当然のように話しかけてくる男。
大混乱のエリザとペッヒシュヴァルツを気にすることなく、リヒトは呑気に「エリザさんに名前覚えててもらったー」などと喜んでいたのだった。
*****
「大分落ち着いてきましたね。」
「・・・・・どうもありがとう。」
リヒトに言われて横になってから十数分。額を魔法で出した氷で冷やしながら、爽やかな風を起こしてくれて、大分気分が落ち着いてきた。
ちなみに風は森林の香り付き。至れり尽くせりだ。
「いやあ、嬉しいなあ。憧れのエリザさんが、俺の名前を知っていてくれたなんて。」
「・・・そりゃあ、知っているでしょうよ。誰だって。」
「あははー、そうですか?エリザさんにとっては何十人もいる後輩の一人じゃないんですかね。」
1歳年下で3年後輩の屈託のない笑顔を見ながら、エリザは複雑な心境を覚えていた。
何代も前に爵位を得ている、国有数の魔術師家系のお坊ちゃまであるリヒト。
エリザは奨学金を勝ち取って魔術師団に入るために、血のにじむような努力をしていたのに。有り余る才能を無駄に遊ばせていたこの男が、羨ましくて仕方がなかった。
1分1秒を惜しんで勉強して、技を磨いていたエリザの横で、その余裕とさわやかな笑顔と高貴な家柄から、異性にモテモテ青春学園生活を繰り広げていたリヒト。
同じ学園に通いながらも、交わる事なく全く別の世界を生きていた二人だった。
なんの気まぐれだか、今年魔術師団に入ってきたリヒトだったが、どうせしばらく社会経験でも積んだら、すぐに領地に帰るつもりだろう。
今一瞬だけ係わったが、どうせ今後も交わることなく別世界で生きていく男だ。
「改めてありがとうリヒト・ジーメンス。このお礼はいずれさせていただくわ。それじゃあ私、仕事があるから失礼するわね。」
「あ、じゃあ一緒に食事にでも行きませんか、エリザさん。」
「・・・いえ。最近ちょっと忙しいから食事の時間はとれそうにないわ。入団祝いに魔法小物でも差し上げようかしら。行きつけの『カバノキ屋』の店長が、また面白い小物を開発して・・・。」
「いやあ、それにしても、エリザさんって、一分の隙も無い完璧なイメージだったのに、実際はこんなに可愛いところ、あるんですね。」
「・・・・・。」
なぜだか分からないけれど、この男にかかわってはいけない気がしたエリザが、必死にお礼の食事を回避しようとしていたら、それに絶対気が付いているリヒトがしれっとぶっこんできた。
悪気など一切なさそうで、心から嬉しそうなキラキラとした笑顔が逆に怖い。
「こんなに親しみやすいなんて。エリザさんに憧れている友人達に話したら、喜ぶだろうなー。」
「・・・・・。」
「あ、今日って入団式以外に、特に決まった業務ってないんですよね。早く帰れるかもってじいちゃんが言ってました。食事今日で良いですか?おすすめの店があるんですけど。」
「・・・・・ええ。いいわよ。もちろん。」
そう答える以外に、エリザに選択肢はなかった。
*****
リヒトに連れて行かれたのは、貴族も多くいるような高級店だった。
有名人であるエリザが、これまたちょっとした有名人であるリヒトと一緒に店に入ると、一瞬だけ店中の注目が集まる。
しかしさすが高級店の上流客たち。誰一人騒ぐことなく、さり気なく視線が外され、すぐに食事や会話を再開させている。
よく見れば、エリザでも知っているような有名貴族や大商人なんかもいる。エリザがこの店に来たのは初めてだが、五大魔術師が来店するのも珍しくもないのだろう。
「リヒト様。お待ちしておりました。」
「急にごめんね。奥の部屋、空いてた?」
「はい。おとりしております。」
明らかに年配の、威厳のある店員がきて、リヒトに恭しく頭を下げている。
「奥の部屋って?」
「エリザさんが、落ち着いて話したいかなと思ってさ。じいちゃんの名前で個室を予約したんだ。」
「・・・・・。」
いくら高級店だろうと、払えるだけのお給金は貰っているエリザだったが、弟たちが独立するまでは、贅沢をできる身分ではない。
高級店で個室をとるなど、いくらかかるか考えたくもない。
―――手痛い出費だわ。
エリザの心配をよそに、リヒトは慣れた様子でエリザをエスコートし、支配人(推測)の案内についていくのだった。
*****
リヒトが支配人になにかを耳打ちすると、しばらくしたらテーブルを埋め尽くすほどの料理が一気に並べられた。
「ごゆっくりお過ごしください。」
店員さんたちはそう言うと、恭しく礼をして、しっかりと扉を閉めて出て行った。
―――こういうお店って、お客の会話の様子に合わせて1品ずつ食事を運ぶのではないのかしら。
何事も完璧に予習するエリザは、高級店で食事をする際のマナーも完璧におさえていた。
「エリザさんが、店員さんたちが出入りしていたら落ち着かないかと思ってさ。最初に一気に料理を持ってきちゃってって、頼んだんだ。」
エリザの心を読んだかのように、リヒトが疑問に答える。
「・・・そんな注文、できるのね。」
「そりゃあ、高級店だからね。お客の我儘はある程度聞いてくれるさ。」
高級店に来るからと、今日も業務の隙間に人気のないところで、必死にマナーを書いたノートを読み返していたエリザ。
それなのにこの男は、マナーなど気にせず、自分のやりたいように店のほうにやり方を変えさせる。
―――こういうところが、本当のエリートと張りぼてのエリートとの違いよね。
エリザはバカバカしくなってしまった。
いくら頑張って完璧を装っても、本当のエリートはそんなこと気にも留めていない。エリザが寝ずに努力して入った魔術師団にも、ほんのちょっとやる気を出せば、この男は余裕で入ってこられるのだ。
「エリザさん?料理が口に合わないかな。」
「美味しいわ。」
「そっか、良かった。何だか難しい顔しているからさ。苦手な物があったのかって、心配になってしまったよ。」
呑気にニコニコ笑うリヒトのその顔が、妬ましい。
「あなたよ。」
「え?」
「苦手な物。あなた。」
「ええー、そんなぁ。まだ会ったばかりなのに。」
「会ったばかりじゃない。知ってたわよ、何年も前から。国有数の魔術師家系のお坊ちゃんなのに、遊び惚けていて、なのに成績は優秀で。私が死ぬ気で手に入れてきたものも、当然のように持っていて、あなたにとっては大した物でもないのよね。」
エリザが文句を言っても、リヒトは顔色一つ変えなかった。
穏やかな微笑みを崩さない。せめてその微笑みをほんの少しだけでも崩したくなってしまう。
「・・・そっか。」
「そうよ。私がここまでくるのに、どれだけの人から嫌味を言われて、妨害されて。それをなんてことないフリして、裏で死ぬほど努力して、なんとか叩きのめしてきて。」
「うん。」
「あなたはそんな苦労、したこともないんでしょう!?」
「うん。ごめんね。」
「あなたが謝ることじゃないわよ!!!」
もうメチャクチャだ。完全なる八つ当たり。
八つ当たりで責めて、しかもリヒトは悪くもないのに謝ってくれたことにまた怒る。
エリザは自分が情けなくなって、半泣きになっていた。そして今までどんなに苦労してきたかを、この日リヒトにぶちまけ続けてしまったのだった。
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