「ヴェーラ・シュヴァイン」
@Ichiroe
第1話
生まれた時からずっと狼の子だと周りに怪しまれてきた皇女の名前——ヴェーラ・シュヴァイン。何故なのか、彼女は生まれつきに、まるで本当の狼のような尖鋭で真っ白い歯がついている。出産時に、彼女は自分を母の子宮から引っ張り出してくれた侍女の腕を衝動的に噛みちぎった。なのに、侍女が痛みのあまりに地面に這いつくばって悲鳴をあげているのを、まだ赤ん坊だった彼女は目に当たりながら唇を歪めてまるで嘲笑をしているような声を上げ続けた。その光景を、駆け付けた皇帝に見られ、彼は動揺するあまりに無意識でわが子のことをこう呼んだ。
「オオカミだ……こいつは、狼の子だ!」と。
事はすぐ噂となって広がり、それ以来、狼の子という異名は彼女の存在の象徴としてこのエグモント帝国の民に知り渡されたのであった。
✲✲✲
粛々とした謁見の間には数十の騎士達が集められ、今は等しく玉座の前でかしずいて長々と沈黙していた皇帝の明らかに不機嫌そうな顔をあがめながら指示を待ち続けている。
「はぁー」
と、ようやく口を開けた皇帝・レオンはひとまず、長い溜息を吐き出してから、話を続ける。
「諸君らを集めた理由は他でもなく、我が娘——ヴェーラに関してだ」
言葉は短かったが、ただそれを聞いただけで玉座の置かれた台の下にいる衆はまるで巣に水が入った蟻共のようにざわつき始めた。
ある老年に近い、髪が灰色に染まりかけている銀鎧の騎士はヘルメットを小脇に抱えながら、小声で隣にいる騎士に話しかける。
「まただ、ヴェーラ皇女の逃走……」
「ああ、その度に俺達を集めるんだもんなー、本当に勘弁して欲しいぜ……」
「粛静え!御前であるぞ!」
突如と響いたその凛とした声は一気に落ち着かない騎士達を鎮めた。
声の主である、全身に真っ黒な鎧をまとった近衛騎士ロゼッタ・イーステリアはこの国の皇族の至宝とされた槍を両手で体の真ん中にある一線に呈するところにつついて、堂々と玉座に居座る皇帝の隣に従え立ちされている。
一方、帝都フロリンの中央。
咲き誇る夏季特有の白い花の茂みに囲まれた、庭園の中で聳え立つ尖塔——シュヴァインの塔は皇室の誇りそのものを体現するために無数の最高級の材質と建築家達で築き上げた建物という。普段なら、ここに立ち入った者は皇帝でないのなら、それだけでたとえ皇族でも死刑とされるが、今、その頂上——つまり帝都で一番目立つ誰しも顔をあげればすぐ見える場所にひとりの少女が大胆不敵に背筋を伸ばしながら立ち続けている。
「お願いします、ヴェーラ様!都市守衛団にバレる前に早く帰りましょう、ね?」
「ヴェーラ・シュヴァイン」 @Ichiroe
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