第8話 vs参加

「で?何でこんな時間まで帰ってこなかったの」

ようやくアリスが本題を口にしたところで、全員が正気に帰った。

アリスとレイルがフラン邸を出てフランを探しに王宮を訪ねたのが午後七時。

当時から既に暗転と化していた空は、既に夜のとばりが降りている。(※現在深夜十二時)

「それはですね・・・」

が、フランは妙に視線を逸らす。

どうやら、アリスには言えない事情らしい。

別にそれを追求するほど、アリスも彼に興味はない。


「あっそ」

こちらもばっさりと話を切り捨てると、早々に席を立とうとする。

しかし、その背中を呼び止める声が響いた。

「おいおい待て」

振り返らないでも誰か分かる大きな声に、アリスは振り返らずに足を止める。

最早、何、という言葉すら出ない。

「オレがこいつに頼み事してたんだ。なんだが、こいつはそれを拒否してきやがる」

本人が言うことを嫌がったというのに、まったく空気の読めない奴らしい。

ペラペラと口を割る。

「お前、魔術会って知ってるか?」

「?」

突然、聞き慣れない単語が耳に届き、アリスはようやく振り返った。

「知らん」

「折角言わない雰囲気を醸し出したというのに、本当に貴方は・・・」

フランが予想通り肩を落とすが、アリスは若干ながらそれに興味が湧いていた。

「魔術会っつーのはな・・・あーあれだ。ドカーってやりあってけが人が湧き出てくる、あれだ」

壊滅的な説明下手だということは、すぐに全員が悟った。

そして、アリスも早々に理解することと興味をもつことを諦める。

が、次にその言葉を繋いだのは、意外な人物だった。

「今や魔法使いが人口の4割を占める魔法時代となってしまったリーデル王国において、魔法界一盛り上がる一大イベントの一つです。

リーデルの各地に存在する魔法学校の優秀生徒が集まり、その腕を競う。

まだ魔法使い見習いである魔法学校生徒がメインのイベントであるにも関わらず、

平民、報道陣、役員、貴族、王宮魔法使い、さらには王族までもが注目するイベントです。

しかし、それと同時に、多くの死者が出るイベントです」

「おお、それだそれだ!」と陽気に頷くザルビアはさておき、アリス、レイルは微笑む女性に目を移す。

「自己紹介が遅れました。賢者ザルビア殿のお付き兼、妻をやっているハルと申します」

「つまっ!?」

予想だにしない発言が飛び出し、アリスは思わず詰まりながらも叫んだ。

ザルビアの背後に立つ女性、先ほどからいた彼女は、年齢を予想するにすでにいいお年のはずだ。

アリスからすれば、最早祖母に近い年齢だろうと思っていたが、ザルビアの方は高く見積もっても四十代だ。

「夫は今年で62になりますのよ」

アリスの意図を汲んだように追撃されるため、アリスは驚きを増すしかない。

分厚い筋肉に覆われた彼の体が、一朝一夕のものでないことは分かる。

が、それが六十となれば、話は真逆だ。

魔法使いとて人間。

寿命は一般人のそれと同じだ。

更に言うなら、体を酷使するため、近年は平均寿命の低下が示唆されているほどである。(学者の研究発表論文で読んだ)

六十代はアリスの認識では、とうに老化の始まっている歳だ。

それがこれだけの肉体と体力、何より、活気を保っているとは。

(いや、よく考えたらフランが34か。それの師匠ならその歳でもおかしくなくはない・・・・か?)

もう思考が面倒になってきたので、そういうことにしてアリスは話を戻す。


「で、その魔術会が何」

アリスがしっかり食いついてきたことを確認すると、ザルビアはニヤリと笑いながら続けた。

「おう。その魔術会だが、女房の言うように、死人が毎年出る。理由は、まぁいくつかあるんだが、何より重傷のけが人も合わせりゃあ、直後に活動不能になる連中は参加者の半分に近い。さすがに改善しにゃぁならねぇ、ってことだ」

「へぇ」

死人が出るイベントが国一番の盛り上がるイベントだとは、流行り事の時流じりゅうとはよく分からないものである。

競い合うと言うのだから、魔法を使った模擬戦でもやるのだろうか。

模擬戦であれば、訓練館のような仮想空間にすればいいものを。

リアリティには抗えないスリルが求められているようだ。

フランに、戦争に参加している様子はない。

どちらかというと、部屋で資料と格闘している様子をよく目にするので、おそらくまつりごとを担っているのだろう。

となれば、その魔術会とやらの運営を任されているのかもしれない。


「で」

「お前、参加してこい」

「うがぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・」

アリスが半眼で天を仰ぐ。

同時にフランも呆れた表情で顔を背け、レイルは「ひゅーぅっ」と興奮する。

「嫌。無理。ばっっっかじゃないの。ばっか・・・ほんとに、ほんとにばっっっかみたい!!わ、私になに命令しようとしてる!この、・・・こ、・・・・」

段々とアリスの語彙が崩壊していくのを、一同ゆったりと見つめると、全員が中央に向き直った。

尚、アリスのあの反応を、全員、許可と見なした。

「馬鹿弟子。時間だけはあるんだ。何とかしとけよ」

「まぁ、もとよりできる限りのことはやるつもりですよ。これ以上死人を出せないことは事実ですし」

師弟の意見も一致したところで、ジュナがチラリと時計に目をやる。

そして、不敬にも主人の肩に手を置いて発言した。

「皆さん、もう深夜一時です。お話が続くようなら、これだけ置いていくので」

しっかりと嫌いらしい主人のことを捨て駒にして言い放つ。

「あら、そうですわね。貴方、まだお話は続きますか?」

「もう続かねぇよ。ガキにとっちゃあお休みの時間だろ?」

ハルの悪ノリに軽く返すとザルビアはアリスとレイルを見て笑った。

別にアリスに明確な睡眠時間もなければ、長い睡眠時間を必要ともしていない。

ガキとはアリスとレイルのことを言っているのだろうが、それはレイルも同じことだろう。

「では、今日は一時解散ですね」

フランがその場を纏め、波乱の幕は閉じた。





「学生年齢に相当する王宮魔法使いには、王宮魔法使い二名からの推薦で、魔術会出場の権利が与えられています。アリス嬢は16歳ですから、問題なく出場条件は満たせています」

翌日、アリスは珍しく暇らしいフランから、魔術会についての説明を受けていた。

広い食堂でフランが書類を見つめながら話しているが、アリスは依然として聞く耳を持っていない。

例に漏れず、足丸出しパーカー着用の元、机に頬杖をついている。

何なら、隣のレイルの方が真面目に聞いていそうである。

「推薦人の片方は私が務めます。もう片方も、アテはあるのでご心配なく」

ほいほいと話は進んでいる。

アリスは別に魔術会参加を肯定していないというのに。

「・・・聞いてます?聞いてませんよね?」

実に答えの簡単かつ分かりきった質問を投げかけてくる。

無論、答えはyesである。

そう返事する元気はないが。

「もう一度確認しますと、魔術会は、魔法学校に通う生徒らの祭典です。形式としては、体育祭のようなものだと思っていただいて構いません」

死人が出るもののどこが体育祭なのか分からない。

「しかし、異例なのは、注目度の高さと観客の多さです。魔術会には例年、平民を始め、貴族、報道陣や魔法界関係者が多く集います。観客側の目的も千差万別ですが、重要なのは魔法界関係者ですね。魔法協会、役所などへの勧誘、決して黙認しているわけではありませんが、闇社会関係者も中にはいます。生徒らは将来少しでもいい就職先を嗅ぎつけようと、ここへの参加を目指すわけですね」

魔法の使えない平民にとっては見物としての娯楽対象だろうが、報道陣にとっては終始特ダネ祭り、魔法界連中にとっては良い若手発掘の場ということだ。

「魔法学校も生徒全員を参加させられるわけではありません。学校対抗戦ですので勝敗がある以上、選抜した生徒を連れて挑みます。学校側としても勝敗や活躍度は次年度以降の生徒募集に大きく影響しますから」

どうやら、開催は両者winwinの関係らしい。

参加する生徒、学校側は将来のために、観客は娯楽と発掘のため。

「アリス嬢は参加してもまったくといっていいほどメリットはないでしょうが、まぁ仕事と思って」

唯一、winの対象になれないアリスである。

「私が参加したところで、どう死人が減る。最早増すぞ」

「増す可能性は否定したいですが・・・。アリス嬢には、死人を減らしてもらうんです」

「「?」」

隣で聞いていたレイルと二人して首を傾げる。

「学校側には、どれだけ釘を刺しても、死人が減ることは例年ないです。なので、今年は事後処理に手を回します」

「うわ」

「死者蘇生ですね」

アリスが悟った結論がはじき出された。

「最悪な結論だろ。それのどこが何が解決だ」

結局、死人が出ることは肯定し、それを蘇生することで、表面上は問題を解決する。

実に、アリスにだけ損しかない提案だ。


「ですが、アリス嬢にもメリットはあると思いますよ」

意外なことを口にする。

意地でもアリスを参加させたいらいし。

大方、新人王宮魔法使いの参加でより、魔術会の注目度を上げ、フランの手腕も便乗して示したい、といったところだろうか。

別に、代価を得ようと考えてはいないが、魔術会というだけあるのだから、魔法使用は恐らく許可されるだろう。

(少しはストレス発散になるか)

小さな小さな参加する理由を見つけて、アリスは大きなため息をつく。

「なんだ、そのメリットとやらは」

もう諦めた口調でアリスは投げやりに問う。

「それはお楽しみですよ」

「・・・ばっかみたい」

焦らされることは苦手だ。

「ということで、潜入捜査、お願いしますね」

「潜入捜査?」

もう訳の分からない単語が、どんどん溢れてくる。

「まぁ、そのへんも追々」

「けっ」

アリスはブツブツ言いながらも、渋々受け入れることなるのだった。

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私の罪状はただの害虫駆除 有衣見千華 @sen__16

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