第7話 vs探知魔法と大師匠
「か~ぁいいぃ~~~~」
「消えろ」
アリスは、白いヒールをカツンと鳴らせながら足を進めた。
それを、頬を染めていたレイルが慌てて追いかける。
――王宮一階ロビー
正面に受付の大きなカウンター、それを囲むように両翼を固める階段、王宮内各地へ繋がるワープポイントが座す王宮の窓口だ。
王宮に立ち入れる者の条件は
一、王族
二、王宮魔法使い、その従者
三、王宮に勤める役員
基本この三者のみである。
その中に、身長140cmの不健康がいると、誰が想像出来ようか。
レイルが慣れた手つきで、受付を進める。
さすがは王宮勤めをしていただけのことはある。
知り合いも多いらしく、さっきからよく話しかけられている。
王宮は常にある程度の人数がいる。
職員の数も多いが、それ以外も多い。
王宮魔法使いらの勤務先はここであり、どうやら国外からの客もいるらしい。
ここで人脈が築けることが、今後有利に繋がることは、一目見ただけでも分かることだろう。
正の鏡〔映るものと設定された条件が正しいかを見分ける鏡。役所等の要所各地に設置される〕にアリスも顔を映し、入宮をパスする、
はずが。
正面には慌てた様子の受付嬢。
恐らくは上への確認を取る受付長。
まさかの正の鏡の結果を疑う案件である。
「その体も大変だねっ」
陽気にレイルが声をかけてくるが、アリスは遠い目をしていた。
(帰りたい)
アリスが本当にあの、賢者のアリスかどうか疑いが晴れないらしい。
レイルが王宮で顔の利く者なら、説得してくれてもいいだろうに、ニコニコとアリスを見つめるだけである。
そろりと宮門へ体の向きを変えると、レイルに後ろから抱擁する形で動きを止められるため、渋々待機。
十五分後、ようやく受付らを怒鳴るお偉方が姿を現し、アリスは入宮を許可されたのだった。
フランがまだ王宮にいるという事実は、正の鏡に記録されているためいいが、どこにいるかは分からないので、9階立ての王宮を虱潰しに漁ることを自然と要求されたアリスとレイルの二人は3階の廊下を歩いていた。
「あぁ~可愛い・・・・・」
しかしながらずっとこの調子である。
アリスは横腹を蹴ろうとレイルに蹴りを繰り出すが、ひらりと避けられる。
「さっっすがボク!アリスちゃんにここまで似合う服を出せるなんてっ!」
レイルが目をキラキラと輝かせる横でアリスはレイルをにらみつける。
レイルが魔法で服を生み出せると、誰が想像出来ようか。
さすがは女垂らし。(どこかの本で見た言葉。こいつはきっとそれ)
王宮に入るには、それなりのドレスコードが必須である。
先ほどのアリスのような、ラフなパーカーなんてものでは、リーデル城内もろくに歩けたものではない。
という理由でレイルに服を渡されたのだが。
首や肩には布がなく、胸からのデザイン。
前はギリギリ隠れる長さに対し、後ろは足首まで伸びる長いスカート部分。
レースが何重にも重ねられた真っ白のドレスである。
胸部平たい族のアリスに、どうして胸を強調させるようなデザインを選んだのか、実に謎&不愉快極まりない。
思わず肩を落としそうになるが、王宮での姿勢としては不自然だろうと、堪える。
こんなことを考えないといけないこの現状にも怒りが増すばかりである。
3階全域に探知魔法を展開し、フランがいないことを確認すると、すぐに4階へとワープする。
王宮とて魔法の使用が禁止されないことについては実に便利な役員らである。
王宮は9階立てであるが、実際のところ、7階から上は王族の住まいなので、フランとて入れるのは6階まで。
あと3階だ。
地下という可能性もなくはないだろうが、地下には二月前のアリスのような野蛮星人しかいない。
あれはそのような場を嫌うタイプだろう。
「ここにもいない」
呆れから、アリスは壁に背中を預けた。
探知魔法に失敗はない。練度は各々だが、人物を見つけることなど、アリスは造作もない。
レイルが途中話していたが、王宮は階が上がるごとにいる人間の立場もあがっていくのが基本だそう。
王宮には王宮魔法使いらの執務室があると聞いている。
要はそれらは上階層にあるのだろう。
フランも大賢者のため、これより上にいる可能性の方が大いにある。
「全階層に展開はしないのっ?」
同じく隣に寄りかかりながらレイルが聞いてくる。
思わずアリスはレイルを見やる。
「そんなに怪訝な顔しないでも・・・」
眉間に皺を寄せて顔をしかめるアリスに、レイルがしょんぼりと訴える。
が、そんな場合ではない。
――探知魔法の利便について
良い点は失敗確率がないこと。魔力消費が少ないこと。
悪い点は逆探知に非常にかかりやすいこと。体力消費が存在すること。
体力消費については、アリスは無効化が可能なのでどうでもいい。
問題は逆探知だ。
探知魔法には目には見えないが、効果範囲である領域がある。
この問題は、その領域同士がぶつかった時にある。
仮に二人の術師の領域が衝突したとする。
衝突した瞬間を最後に、双方、一時的な魔法中断に陥る。
探知魔法において、中断された場合、その中断を解くには、相手の領域を破壊する必要がある。
領域破壊の方法は二つ。
一つが、術師を直接倒し、魔法の展開そのものを停止させる。
もう一つが、領域同士の衝突を続け、相手の領域を間接的に破壊する。
探知魔法の領域範囲は相手の術士を視認できない場合がほとんどのため、大抵は後者となる。
間接的な領域破壊の方法は単純。
相手の術師に魔力量で勝つ。
要は、その瞬間の対応云々ではなく、素の才能が観点となるのだ。
別に、アリスは自身の魔力量に自信がないはずがない。
今は魔力量を数値として計測することも可能らしいが、アリスは無論計測なんてしたことはないため自分の魔力量がどれほどに相当するのかは分からない。
が、ある程度、勘や雰囲気で自他の魔力量は分かる。
フランにはさすがに負けるが、レイルにまで負けることはないだろう。
「馬鹿なのか。逆探知を喰らったらどうする」
要は、知らない相手に無策で探知魔法の衝突を挑むことは得策ではないということだ。ましてや王宮で。
「魔力量負けちゃうこと怖い?」
どうやらアリスの言いたいことは分かっているようで、含んだ問い方をしてくる。
しかし、そんな微笑みをばっさりと切り捨てると、アリスは再び歩き出した。
「変な言い回しをするな。相手が可哀想なだけだ」
「辛辣ぅ~」
「いつからオレに意見できる立場になってたんだ?」
「既に社会的な立場上は私の方が上ですけれどね」
「けっ。よく言うぜ。お偉く国に身を潜めて生きてるガキが」
「師匠にそう言われるのは心外ですねぇ」
王宮のとある一室では、銀髪と黒髪の男性二人が嫌味による口論を繰り広げていた。
どちらの背後にも、一人ずつ女性がついている。
女性の片方は精霊、もう片方は人間だ。
「そういやぁお前。例のガキ、引き込んだらしいな」
人間を仕える黒髪の男性は、部屋の椅子に深く腰を下ろした。
それに呼応するように、精霊を仕える銀髪の男性も客用のソファに腰を下ろす。
「えぇ。何かご不満でも?」
銀髪は、相手を探るように挑発を入れる。
が、黒髪はまるで意志を示さず続ける。
「いやぁ。別に、あれにどんな過去があれオレはどうでもいい。重要なのは今だからな」
そこまで言うと、黒髪は座ったばかりの椅子からすぐに立ち上がった。
ゆっくりと、銀髪の座るソファに歩み寄る。
そこに適度な殺意が込められていることに即座に気づくと、銀髪も勢いよく立ち上がった。
大きな物音が廊下にまで響く。
室内では、カシャカシャというガラスのような音が鳴り響いた。
黒髪は、自身の拳に氷を纏わせて銀髪の鳩尾に拳を入れ、銀髪はその的に氷を纏って攻撃を塞いだ。
が、武闘派で知られる黒髪の拳を総裁することは出来ず、銀髪の展開した防護の氷は割れ、結晶を落とした。
「大事なのは今なんだよ馬鹿弟子。そのガキよこせ」
「・・・・頷けませんね。たとえ・・・貴方であっても。いえ・・・貴方だから、でしょうか・・・?」
銀髪は途切れ途切れの返事を返す。
腹に伝わる痛覚と、黒髪の圧倒的な威圧感に声がまっすぐ発せない。
「あのガキは人を殺すために生まれたんだ。お前のように飾りでなくな。才能を無駄にぁあ出来ねぇだろうよ」
黒髪は続けた。
「あれは戦場でこそ生きる力だ。それは、お前も理解してんだろ?でなきゃあ、わざわざ罪人を引き込んだりしないわな」
黒髪は、銀髪の胸ぐらを掴んで、立ち上がらせる。
もとより、適度な殺意。
本当にやり合うつもりはないようだ。
あくまで交渉。
少なくとも黒髪はそのつもり。
「殺すために生まれた・・・?笑わせないで下さいよ。あの子は私が拾ったんです」
しかし、銀髪に黒髪に同意する意志はない。
反論する。
「独占欲か?分かってんだろ?前戦の不足。戦場の魔法使いの劣化。オレだって自分の欲のためだけにあれこれ言ってねぇ」
しかし黒髪も笑い混じりに反論する。
――前戦の不足
近年、リーデル含む各国で繰り広げられる魔法戦争。
今はまだ過激化はしておらず、国民や魔法使いにも徴兵が出ている現状はない。
が、人員が足りている幸運にもない。
黒髪は国の内情ではなく、そちら側の人間だ。
「国と国民のため。お前の好きそうな綺麗事だ」
対してフランに、戦争の意志はない。
もとより参加したこともない。
故に、国の内情や政治面を引き受けている。
意図的に戦争を避けている。
そんなフランがどうして今回、あの子供を引き入れたのか。
黒髪にはまるでそれが理解できなかった。
しかし、銀髪は、大きく黒髪の手を払いのけ、言い放った。
「もう一度言いましょう。師匠。私が彼女を渡すことはない。彼女に、再び人間の愚かさを示したくない。彼女に必要なのは、自由です」
黒髪の顔が大きく歪む。
そして、それと同時に、ドアを突き破る一つの矢が、黒髪の眼前に迫った。
黒髪はドアの前に、明確な殺意を感じた。
先ほどの黒髪が銀髪に向けたような、緩いそれではない。
明らかに殺すつもりで撃たれた矢。
黒髪は、それを何重ものシールドと白刃取りの要領で掴みこんで、何とか制す。
開け放たれたドアの前に、赤い瞳の少女が立っていた。
赤黒い瞳は、まっすぐに黒髪を捕らえ、左手を金色に染める。
光魔法の使い手だと即座に気づき、黒髪は少女の前に突進した。
突進といえど、ほぼ瞬間移動のような速度。
少女が怯む間に、小さな頭を掴もうと腕を伸ばす。
いけた。そう思った。が、
そこに少女の姿はなかった。
途端に、首筋に猛烈な痛みを感じ、倒れ伏す。
人間が真下の地面を這うアリの存在を常に認知していないように、長身の者は小さな少女の姿を視認できない。
それが、アリスが訓練館 格闘部門で無双出来た理由。
アリスは、黒髪のすぐ左から、首筋を蹴り上げた。
黒髪は、それだけで地面に倒れ伏す。
確かに感じた手応えに、アリスは一息つくと、そばのフランを見上げる。
「帰るの遅い。執事心配して――
しかし、アリスの声もここで途切れる。
アリスの光速に対抗できるほどの速度は、この世に存在しない。
では、どうやって彼女の隙を突くべきだろう。
「戦場でよそ見とは、随分余裕じゃねぇか」
黒髪が、アリスの頭を壁に打ち付けていた。
アリスの小さな頭は、壁に押しつけられ、若干の骨の軋む音が聞こえる。
すぐにレイルが黒髪を攻撃しようと魔法を展開するが、今度は何故かフランによってそれを阻まれる。
レイルは半ギレでフランを見上げる。
が、フランの瞳に、心配の念は感じられない。
アリスの額を、赤い血が伝う。
「・・・・・・・・」
アリスの表情は黒髪の手に隠れて見えず、黒髪は感情の無い瞳で少女を見つめた。
が、ふっと黒髪を囲む殺意のオーラが消えた。
加えて、少女の頭から手を離す。
「良い腕だ。さすがはオレの孫弟子だな」
黒髪は、少女を掴んでいたその手を、アリスの頭に置いた。
「殺すぞ殺されたいのか殺す」
「悪かった」
どうやら誤解が晴れたらしく、一行は椅子に腰を下ろしていた。
アリスは、額を両手で押さえながら黒髪を睨む。
額から光が漏れているため、治癒魔法を発動しているらしい。
「つまり?フランさんの師匠ってことなんですか?」
レイルはまだ怒りが収まらないらしく、憤りを含んだ声色で尋ねる。
「ええ。彼にアリスを痛めつける気がないことは分かっていたので」
フランが偉くあっさりとした態度で返すため、レイルはガクッと顔を落とした。
フランの背後に立つジュナは、二人のすれ違ったやり取りに小さく笑みをこぼしている。
と、一連のやり取りを見ていた黒髪が、先ほどとはまるで違う笑みで豪快に笑った。
「魔法が卓越していることは知っていたが、まさか体術の心得もあるとは驚きだった!良い腕をしている。誰に習った?」
「・・・・誰にも習っていない」
「ほぅ?なら、相当の模倣能力があるのか、魔力の流れを読み取れるのか、何にせよ、良い腕だ」
何度も同じことを繰り返す。
がっしりと体を覆う筋肉と高い背は、長身のフランやレイルよりも遙かに大きく見える。
が、妙にさっきよりもおおらかに感じる。
豪快に笑う黒髪を、アリスとレイルは静かに見つめた。
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
「あー・・・そうだな。まずは自己紹介か」
ようやく二人の視線に気づいたらしい黒髪は、ようやくその話題を口にした。
「リーデル王国賢者が一人!“烈火”のザルビアだ!よろしくな!」
「烈火・・・?」
弟子同様、盛大にかまされた言い回しはスルーし、よく分からない二つ名に首を傾げる。
「なんだ?知らないのか?」
ザルビアは、アリスの反応を理解し、フランに視線を向ける。
フランも意図を察したようで、肩をすくめながら答えた。
「別に知らなくてもいいことです。私は気に入っていませんし」
「ははっ!そうだろうな!」
グチグチと言い合う二人をよそにレイルが教えてくれるには、王宮魔法使いを呼ぶ愛称のようなものらしい。
その名前は国民の間で勝手にそう呼ばれることもあれば、王宮側からそう称されることもあるらしい。
アリスはフランが言ってくれるのを待つように視線を向けるが、フランが気にいっていないと言ったのはどうやら本心らしく、自分から口を開こうとはしない。
「こいつの異名か?“
が、師匠にあっさりと口を割られる。
割った本人は、「がはははは!!」と笑っているが、当の弟子は師匠をにらみつけた。
「ぐちょく?」
アリスは、その熟語の意味が理解出来ず、首を傾げる角度を増させる。
「考えが固いってことだよっ!堅物ってこと~」
便乗したようにレイルも軽口を叩くと、フランの顔がより歪む。
「初めて聞いたとき面白かったな~」
「だろう?オレも笑ったさ!サルマの名付けセンスはさすがだな!」
「名付け親サルマさんなんですかっ??」
「おう!あのババア、歳はいってるくせに考えは妙に現代っ子だろう?嫌いじゃぁないな!」
気が合うのか、同類なのか、ザルビアとレイルは楽しそうに話を進める。
アリスは早々に話についていくことを諦めて
思い切り話しの腰が折れているが、誰もその軌道修正は出来そうになかった。
唯一、もとより敵意はまったくないらしいザルビアのお付きの女性だけが、
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