第6話 vsセクハラ犯と門限

アリスのツンデレ発覚の翌日。


「うーん。悩ましいですね」

「長いです。辛気くさいですよ」

「お黙りなさい」

例に漏れず、フランとジュナは、フランの執務室で痴話喧嘩をしていた。

痴話喧嘩とはよく言ったもので、王宮にある程度務めている者なら、一度は目にしたことのある光景だ。

実際は夫婦なんてものではないのだが、二人の光景を目にしたどこかの誰かがそう呼び出したとか。


フランは、一つの魔紙を相手に頭を抱えていた。

隣では、ジュナが冷ややかな目で見下ろしているが、それに構っている余裕もない。

魔紙に記されていたのは、上からの命令だった。

最高の魔法使いである大賢者にとって、それ以上に“上”の存在となるのは、ごく僅かだ。

王族を例外とすれば、それはもう片手で事足りる数。

その内の一人からの命令が、この魔紙だ。


「魔術会の悲劇を何とかしろ」


以上、これが命令内容である。

最早、こんな内容に魔紙を使うことにすら理由がない。

だが、この差出人の言葉足らずはこの際置いておいて、問題は内容である。

「言葉足らずを指摘するべきでは?」

「・・・・・いつかしますよ」

いつかだ。いつか。

奴に自分が刃向かえるようになるのはいつのことやら。


ジ「しかし、どうしようもなくないですか?」

フ「ないですね」

ジ「ですよね」

フ「意見が合うのは久しぶりですね」

痴話喧嘩は初めて平穏に収まった。

そしてこの後、ジュナの提案の元、差出人にとつることとなるのだった。



――魔術会とは

今や魔法使いが人口の4割を占める魔法時代となってしまったリーデル王国において、魔法界一盛り上がる、一大イベントである。

リーデルの各地に存在する魔法学校の優秀生徒が集まり、その腕を競う。

まだ魔法使い見習いである魔法学校生徒がメインのイベントであるにも関わらず、

平民、報道陣、役員、貴族、王宮魔法使い、さらには王族までもが注目するイベントである。

しかし、それと同時に、

   ――多くの死者が出るイベントである。




(風呂はやっぱり良い)

二回目の自ら風呂に入っていたアリスは、湯船に浸かりながら天井を見上げていた。

この二月、フラン(の金)とジュナから、風呂、服、食事、生活用品その他諸々、貴族用の高級品を与えられた。(受け取ったとは誰も言っていない)

唯一ありがたく頂いているのが風呂だ。

水道代が三倍になったと先日も言われたばかりだが。

さすが、大賢者は給料が良いのか、出自が良いのか知らないが、風呂も非常に綺麗だ。

広々とした湯船はアリスが丸ごと水没出来るほどの大きさである。

服はジュナが懲りずに持ってくるものを突き返して、もう少し簡素なものにしてもらっている。

あれは一度素直に受け入れてしまえば、それからは永遠に貴族令嬢の着るような大ぶりのドレスを持ってくるに違いない。

自分に金を使わせていることがしゃくだし、ツンケンした令嬢共の仲間入りはしたくない。

食事は、毎日知らない食事が出てくるため、ほとんど手を付けられていない。

渋々、固くなったパンを持ってきてくれるため、まだ飢え死にはしていない。

もとより、慣れによって、最悪一週間は無水で耐えられる(はず)。

そんな身からすれば、頼まなくても食事を突き出してくるこの屋敷は異様だった。


三十分ほど湯船に浸かったところで、アリスは湯船を出た。

洗い場に移動すれば、備え付けの鏡によって自身の体が目に入る。

風呂場は、唯一アリスが気を抜ける場だった。(昨日までジュナに無理矢理風呂場に放り込まれていたばっかり)

鏡に映る自分を見て、無意識に大きなため息が出る。

アリスは右手を思い切り振りかぶった。




「アーリースーちゃんっ!」

「・・・・・・・・・・・」

「お風呂入ってたの?やっぱり細いね~。でも肌は陶器みたいに綺麗だねっ!」

脱衣所に出たところで、アリスを待ち伏せしていたのは、昨日の青年だった。

昨日とまるで変わらない笑顔を浮かべてアリスの裸体をガン見している。

「・・・・・・・・・消えろ」

アリスは言い放つ。最早ため息すらも出ない。

出会って二日目で何故裸を見られないといけないのだろうか。

女性は、男性に裸を見られることが恥ずかしいことは、どこかの本で見たから分かっているのだ。

が、レイルはまるで動じず、あることを発した。

「・・・左手、痙攣してるよ?」

「!」

咄嗟に体の後ろに左腕を回す。

が、レイルにその腕を引き戻され、代わりにバスタオルを投げられる。

「・・・風邪、引いちゃうからっ!ね?」

しかし、左腕をじっと見つめただけで、レイルは何も追求してこない。

「あ、うん」




「賢者様が着る服には見えないねっ」

「・・・そうなのか?」

「さすがにパーカーだけで足丸出しはなくないっ?」

「・・・・・へぇ」

風呂から上がったアリスは、レイルと共に廊下を進んでいた。

そろそろフランが仕事から帰ってくる時間だろう。

となれば夕飯だ。

その前に、アリスには、厨房に自分の食事を断るという重要任務がある。


「何でついてくる」

今になって尋ねる。

ついてくる以前に、どうやって屋敷に入ったのかから聞きたいところだが。

「ボクはアリスちゃんのパートナーだからねっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・へぇ」

長い沈黙の後にアリスは返す。

何故か、どうやってもレイルとの会話は、レイルに主導権を持っていかれる。


「結局、パートナーって何するんだ?」

厨房の料理人と10分格闘し、ようやく説得できたため、アリスはレイルと食堂でフランを待っていた。

いつもなら帰ってくる時間のはずだが、あの人もお忙しいらしい。

「えっとねー、基本はついて回るくらいかなっ」

「それのどこが必須事項なんだか・・・」

呆れるしかない。

所詮はお偉方の見栄の張り合いか。

「でも本当の仕事はそれじゃないよっ?」

意外にも付け加えてくる。

フランの生き抜くブックには、これをしないと社会的に死ぬ、みたいな細かい内容ばかりが記されていたため、本当の詳細については書かれていなかった。

実に使えない。

要は、アリスは色々を、分かったようで分かっていない。


レイルの言い足しにアリスは首を傾げた。

すると、レイルはそれを待っていたように、営業用らしいまるで映画俳優のような笑顔を浮かべた。

「ご主人様を守ることが本職ですから」

椅子に座りながらも、体の前で執事のようにお辞儀をしている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ」

「もうちょっと良い反応しない??」

「・・・・・・うん・・・・」

気合いを入れて言ったらしいレイルに、アリスは微妙な返事を返す。

どうやら、アリスの恥ずかしがる様を再び見たかったらしい。


「というか、お前、いつの間に私に親しく接してやがる」

「今更ですかぁ??」

実に今更すぎる問いだ。

しかし、「まぁいいや」と意外にもあっさりした反応を済ませ、アリスは机に頬杖をついて黙ってしまった。


レイルはその姿をじぃっと見つめた。

フラン邸は、広いが故に何人かの使用人らが雇われている。

アリスも、ここに来てから一月と少しだと聞いていたが、意外にも彼らと平然と接している。

野生児が二月でこんなに丸くなれることにはさすがに驚きだった。

(けどそんなことよりっ♪)

レイルはアリスの足下に視線を落とした。

フランから、二月前のアリスの写真は見せてもらっていた。

今よりも遙かに痩せ細り、肌も黒ずみと血色の悪い青白が入り交じるというお世辞にも綺麗と言える見た目ではなかった。

今でも、骨張った肉付きだが、それでも肌は傷一つない綺麗な青白だ。

加えてギリギリ隠れる長さのパーカーを着ているため、綺麗な太股は丸出しである。

(世話焼きオヤジはいないっ。今だぁ~)

しっかりと周囲は確認する。

当の本人は、眠たいらしく、船をこいでいる。

これ以上のチャンスはなし。

レイルは細長い人差し指でアリスの太股に触れt――

「グハァァッ!」

思い切り壁に激突した。

明瞭でない目でアリスの方を見れば、目を閉じたまま左腕をあげている。

どうやら壁まで吹き飛ばされたらしい。

「死にたくなかったらその哀れな人差し指を切断してこい」

ギロリと赤い瞳がセクハラ犯を捕らえていた。

「あ・・・はい・・。いや、え、切断は-・・・」

レイルは曖昧に返事を濁す。

しかし、こちらを捕らえる野生児の瞳は、いつの間にか驚きの表情に変わっていた。

「おい、後ろ」

「え?」

「あ・・・・・・あのぉ・・・・・」

どうりでやけに背中に痛みが少なかったわけだ。

レイルが恐る恐る後ろを振り返ると、破損した壁とレイルに挟まれた老人が呻いていた。

知っている老人だ。

何なら今日、屋敷に入れてくれた人間だ。

「あぁぁぁぁぁ!」

「きゃはははっ」

レイルが絶叫し、アリスは高い声で笑った。


「死ななくて良かったです・・・・・・・」

「いえいえ。レイル殿にお怪我がなくて良かったです」

「め、メウトさぁん~」

レイルが執事のメウトに泣きつく。

フラン付きの執事で、フラン邸を取り仕切っている。執事らのリーダーだ。

メウトが無傷なのは、アリスが衝突に感づいて、シールドを展開したからだった。

ではなぜレイルには痛みが伝わっているのか謎だが。

「そっちはどうしたんだ?」

アリスはようやく問う。

フランが帰ってきたのだろうか。

が、メウトの口からはその真逆の答えが返ってきた。

「あの、それが。フラン殿が未だお帰りにならなくて」

「・・・・へぇ」

もういつもなら夕食を終えている時間だ。

フランは外出する時には、律儀に帰宅予定の時間を伝えて行くため、これは異常事態ということだ。

「フラン殿は今日、王宮に行くとおっしゃっていました。私めでは王宮に立ち入ることはできません。なので、お二人に探してきていただけないかと・・・」

「わぁ」

「おお~」

二人の返事のテンションは天と地だ。

レイルはつい先日まで王宮に勤める人間だった。

恐らく今でも出入りは可能だろう。

というか、アリスが一応にも王宮魔法使いなのだから、お付きとなった(?)今や問題はないだろう。



かくして、足丸出しの適当な服装を着替えさせられ、初のドレスに袖を通すこととなってしまう、アリスなのであった。

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