第5話 vsパートナー?

「ばっっっかみたい」

「そこは変わりませんよね」

フランは深いため息をついた。

アリスを拾って二ヶ月。

魔法を禁じ、発散のために格闘部門にのみ、出入りを許可したのだが、あっという間にランキング一位を獲ってきたというじゃないか。

はてさて魔法を禁じた意味とは。

しかし、あの荒んだ当時よりはずっと人間味は増したとフランも感じている。

現に、監視と報告を命令している監督官からはそのような報告がある。


「しかし、王宮魔法使いになったからには必須事項です」

「問題児を宴席に連れ込むとか、ばっかじゃないの?」

「貴方が私に馬鹿と言った回数、これで480回目ですね」

「数えんな。殺すぞ」

これは丸くなったと言えるのだろうか。

「とにかく。パーティー参列は必須事項です」


少女を、捕獲という形で手に入れたフランは、しばらくの間は少女を牢病院に預けていた。

とりあえず少女を正常にしないと、話は始まらない。

ジュナに世話をさせ、交友関係を築かせる。

少女はそうなることを快く思わないだろうが、彼女は聡い。


そうして、アリスがフラン邸に居候を始めて一ヶ月と少し。

王宮魔法使いになることも、渋々渋々受け入れた少女は、今はそれだけ高立場の人間になった。

そして、地位の高い者に与えられる義務。それは社交辞令だ。

彼女が望まなくても、圧倒的な必要事項。

同時に、この才能の誕生を示す場にもなる。


「分かりましたか?始めに、王宮魔法使いを生き抜くテクニックブック渡しましたよね?偉く熟読してくれていたので理解していますよね?行くんですよ?」

「嫌だっつってんだろうが」

彼女もフランに真意があることを分かっている。

あとは単純なプライド。

未だに貴族連中が嫌いで、貧乏扱いを受けることも、貴族扱いを受けることも彼女は嫌っている。

未だに、本質はフランもジュナも掴めていない。

「・・・・・・」

「嫌」

「・・・そう言われることを、私が想定していないとでも?」

アリスの眉がピクリと動いた。

幸い、次の宴席まで時間は多くある。

フランとジュナでは、彼女を把握することが不可。

なら、別の人間に頼めばいい。







「こんにちは!今日からキミのパートナーになりますっ!レイル・スカンビーノと申しますっ!」

「・・・・・・・・・・」

ぼうっと目の前を見つめたアリスは、ゆっくりと隣を見上げた。

彼女のこんなに不安げな表情が見れたのは初めてだ。

「彼の言っている通りですよ。パートナー、まぁ、もっと簡単に言えばお付きです」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

この少女にも、遠い目をする感情があったとは驚きだ。


フラン自著の、

王宮魔法使いを生き抜くテクブック第一巻 必須項目章 必須項目節 必須項

掲載。

「王宮魔法使いは優秀なお付きを連れるべし。そいつのモノによっては周囲に軽蔑される。装飾の一部とでも思え」

一体何を経験してきてのこの熱量なのかは知らないが、フランからの果てしない量のアドバイス(?)がひたすら掲載されたテクニックブック。

その始めの始めに記された内容だ。

この二月ふたつき、ひたすら暇だったので、全十巻読破はしているのだが、いかんせんこんな内容が多い。

ひたすらに、気苦労のかかる面倒くさいことだらけ。

アリスはこれらから余計な高階級連中の苦労を学んだと言っても過言ではない。

学びたかったとは誰も言っていない。

純粋に、面倒くさいものが多い。


そして、十巻の中でも特段面倒な第一巻のボスが早々にここに現れた。

お付き。彼の言うとおり、要は召使いのようなものだという。

フランでいうジュナのように、優秀な部下を付ける必要があるとのこと。

それぞれのアドバイスには、事細かな説明も添えられている。

妙に詳しい例え話を含みながら。

そこに、大賢者とて、優秀な部下も連れていないと痛い目を見る。

特に、本人の出自に威力が無い場合、それはより一層痛い目になる。

と記されていた。

部下がいても本人が雑魚なら何も変わらないように感じるが、そうはいかないのが貴族連中らしい。

本人の出自に威力が無い、のど真ん中を射ているアリスにとっては、最早必須条件の中の必須条件のようだ。

故に、フランが腕によりを掛けてそのお付きとやらを選んできたのだろう。


「お付きの対象は一般には王宮に勤める者から選ばれます。もとよりお付きを連れている者も多いですが、王宮側がそれに適応するリストを常に用意しているため、その中から私が選びに選び抜きました」

自信満々に発言するフランの手には、確かに大量の資料が握られている。

魔紙〔文字による表面上の情報と同時に、映像や平面資料による立体的な資料の二つを閉じられる魔導具。魔導具とは言うが、リーデルでは一般的な文房具。〕

でそれらが作られているのをみると、どうやら本当に真面目に選出してきたようだ。


(その結果がこれなら、このオヤジを吹き飛ばしてやりたいな)

アリスが遠い目をしていると、フランが意外な内容を続けた。

「とは言いましたが、実際に名乗り出てくれたのは彼のほうからです。貴方に是非仕えたい。と」

「えぇ・・・・・・・」

変人か。

「しかし、彼は出自が良くはありません。王都の出身ではありますが、どちらかというと貴方に近いような社会的地位の家系です。本来なら即刻落とすところですが、貴方が気に入るかどうかに重点を置きました」

こいつにしては中々な気配りだ。

貴族出身の堅物を連れてこられたところで、アリスに窓から吹き飛ばされるがオチだ。

とはいえ、アリスに家系の地位が近いとなれば相当な貧困層のはずだ。

が、王都出身という矛盾。

国民の戸籍は出身地域の役所に登録される。

王都出身なら王都役所に、北部出身なら北部地方役所に、といった具合だ。

王都も、城壁に近づけば無法地帯も増えるので、その辺りの出なのか。


アリスは、彼の出自がどうであろうが別に卑下なんてしない。

が、王都出身貧困層となれば、闇社会〔闇取引を生業とする犯罪者連中のことを指す。魔法を使った違法取引や殺人、人身売買までもを生業とする。〕

の子供の可能性が高い。

「強いのか」

アリスが仮説のもと立てた結論を素直に問うと、フランがこれに答えた。

「それについては、心配いらないと思いますよ」

フランが言うのだから、まず間違いないだろう。

闇社会を生きる連中の住処や街は常に無法地帯だ。

そこを子供が一人で生き抜くのだ。

犯罪云々はんざいうんぬんはさておき、確実に、そんな野蛮な連中を倒すだけの術は持ち合わせている。


「なんで立候補するのか・・・ばっかみたい」

彼が優秀なのはそれでいいが、そんなのがアリスに付きたいと自ら立候補するなんて、頭がおかしいのだろうか。

「本当ですよね」

フランまで頷いている。

改めて、目の前の男を見上げる。

長身の青年だ。

金色の髪に整った顔立ち。いわゆるイケメンだろうと世間知らずのアリスでも分かる。

歳は、背丈だけを見るなら二十歳を超えていても違和感は無い。

が、妙に童顔であることに加え、跳ねるような口調や仕草が、彼に少年味を増させている。

となれば、年齢はアリスの少し上、17がいいところだろうか。

リーデルにおいて、飲酒が許され、同時に成人と見なされるのが16歳からのため、アリスと同じく成人しているのかもしれない。

青年の顔をじっと見つめながらアリスが思考を巡らせていると、レイルと名乗った青年は、笑顔で口を開いた。

「正解っ。17ですよっ!」

「!」

アリスはこれらの考えを一言も口に出していない。

それなのに、その考えに対して正解だと言われた。

「思考侵入・・・」

アリスが顔をしかめながら呟く。


――――思考侵入魔法

相手の思考に侵入し、考えていること、要するに思考を感じ取れる魔法。

練度によって探れる量や精密さは異なり、スパイや重臣で、常に思考侵入に気をつけないといけないような者は、偽の思考を、対策として脳に配置する術師も稀に存在する。



魔法を使った場合、それはほぼ確実に探知魔法で気づく事が出来る。

探知魔法に失敗確率は存在しない。要は、ハズレがない。

こちらも、練度に差によって出せる結果は大いに異なるが、思考侵入なんて大きな魔法を使えわれては、いくら何でも気づけるはずだ。

そうではないとすれば、何か別の、魔法以外の術を持っているのか。

「アリスさんは16歳なんですよねっ?」

「そうだけど」

アリスは警戒しながら答える。

レイルの笑顔が、余計に警戒心を煽ってくる。

何を言われるのか。何か知っているのかもしれない、とアリスの脳内が憶測と心配で巡る。

「ちっちゃいですよねっ!」

「え」

思い切り不意打ちを食らい、アリスから気の抜けた驚きが漏れる。

「いやー16歳の平均身長って157cmとかですよねっ?それに体重も50ちょいありますよねっ?」

「え」

「アリスさん、甘く見ても身長140とかだし、体重も30後半ないですよねっ?」

「え・・・・」

「ちっちゃいな~って」

「殺すぞ」

明らかに身長が170cmを超えているレイルを、アリスはこれでもかと見上げながら睨む。

「私をからかうならその先は死しかないと――

「可愛いなぁって」

「・・・・・・・・・・・」

アリスの口が開いたまま塞がらなかった。

レイルは頬を染め上げながらアリスを見つめる。

どうやら狂っているらしい、とフラン、ジュナはここに来て、気づくのが遅かったことを自覚した。


「突然宇宙の話題に飛ばされたみたいな顔してますね」

フランが茶々を入れるが、最早それすらもアリスには届かない。

(可愛い・・・。どこかの本で見た言葉。意味どんなのだったか。)

必死で思考を巡らせる。

この暇だった二月で、多くの本を読んで世間の知識を入れてきた。

本で読んだ内容は、全て記憶させている。


※以下、アリスが記憶を頼りに再現した本の台詞をお送りします。

――「キミって本当に可愛い」

  男が女の頬を撫でながら言う。

  「どのくらい?」

  女がからかうように男に問う。

  「食べちゃいたいくらい」

  男が微笑み、女の唇に自分の唇を重ねる。


(可愛いとは、食欲でその数値を表す・・・。なるほど、まったく意味が分からない)

「今度は宗教の話を振られたような顔してますね」

フランの茶々は今度も届かず。

アリスには、到底この場面の内容が理解出来ず、可愛いという言葉の意味も理解出来ない。

(他ないか?)

もう一度記憶を洗い直す。


――ホーランドロップ

  ウサギの一種で小さな垂れ耳に愛嬌のある大きくて丸い顔が特徴。

  寂しがり屋な一面も持っており飼い主の後をついてまわる  

  姿も見せてくれる。


(飼い主をついて回る・・・?ついて回るなんて、迷惑で格好悪いだけじゃないか。それが可愛いとは、可愛いは悪口なのか。へぇ。この男、言ってくれるじゃないか)

「今度は学校の試験内容が一つも分からない顔」

「黙れ殺すぞ」

今度はアリスが睨みながら反応し、フランはさっさと後ずさる。

フランに舌打ちをすると、アリスはレイルに向き直り、顎をツンと突き上げながら言った。

「悪かったな。可愛くて」

「「「????」」」

(可愛いとは悪口。食欲でその大小を図るという意味はまったく分からないが、馬鹿らしい、格好が悪いといった意味を持つ。よし、こいつは私に悪口を吐いた。とっとと殺そう)


一周回って、どこか誇らしげにアリスは手に光を生み出す。

しかし、フラン、ジュナも今度はこっちが話題を宇宙に振られた顔を浮かべるしかない。

ただ一人。レイルだけは顔に悲哀を浮かべた。

(死ぬことが怖いのか。まぁ、私に仕えたいだなんて、馬鹿も甚だしいと早々に理解してくれたなら助かるか)

アリスの脳内ではいいように意味の解釈が済まされる。

そしてそのままアリスの左腕がレイルに突き出され――

レイルの大きな手が、アリスの小さな頭に乗せられた。

「!?」

アリスの左腕は勢いを殺して止まり、ゆっくりと正面を見上げる。

そこには、悲しみと笑顔を同時に含んだ顔があった。

頭に乗せられた手は、そのままアリスの頭をゆっくりとさする。

「大丈夫だよ」

その、いつしかの記憶に残る言葉に、アリスは男の手を叩くように払いのけた。

「黙れ。大丈夫という言葉が私は一番嫌いだ。同情も嫌いだ。そんなことだけするならとっとと――

「ちなみにっ。可愛いとは、その相手が愛おしくてたまらない、という意味を表す言葉なのですっ!」

「は・・・・・・・・・?」

アリスの青白い顔が、少しずつ、少しずつ赤く染まっていく。

レイルの説明した意味は分かる。

“愛おしい”という動詞で言葉辞典に載っていたのを記憶している。

  

  ――ちなみに

 愛おしい

  1 大事にして、かわいがりたくなるさま。たまらなくかわいい。


  2 かわいそうだ。気の毒だ。


  3 困ったことである。つらい。


  だそう。

  “可愛い”はここにも載っていたことにアリスは気づいていませんでした。


大事にしたい、そういう意味・・・か?

何故自分を大事にしたいのか、それはまったく分からない。

が、そんな強がった思考に反して、肌はどんどんと赤く染まっていく。

「・・・・・アリスさぁ~んっ??」

追い打ちをかけるようにレイルはアリスに目線を合わせようと屈む。

が、アリスが自身の顔を袖で隠しているため、肝心のご尊顔は拝めない。

しかし、服のデザイン上、手首よりも遙かに広い袖は、風に吹かれるだけで簡単に抵抗をなくす。

レイルが指先から放った風魔法は、アリスの顔を隠すことを早々にやめた。

「っーーーー!!」

アリスの喉から声にならない悲鳴が鳴る。

そして、袖が浮き上がったその一瞬で、アリスの見せた表情に、フラン、ジュナ、レイルはこの幼女の沼に突き落とされることとなるのだった。


「消えろっ!失せろっっっ!!!」

三人の驚くような、何を思っているのかよく分からない顔を見たアリスは、即座にレイルの鳩尾に蹴りをぶち込んだ。

グハァと濁ったような叫声きょうせいが聞こえるが、アリスはフル無視。

倒れたレイルをそのまま部屋の外へ放り出そうとすると、レイルが必死で訴えてきた。

「明日!また来てもいいですかっ!?」

「・・・・好きにしやがれっっ!」

一瞬口ごもるが、はっきりとそう口にして、レイルを放り出した。


「あ、アリス・・・?」

心配しているのか、ただ顔を見たいだけなのか、恐る恐るフランが顔を覗き込んでくる。

アリスは、顔から侵蝕し、耳までが赤くなり出している。

それについてフランは茶々を入れようとした、が――

突然目の前に水の塊が現れた。

「「!?」」

フランとジュナの目の前で、アリスが頭から水を被っていた。

先ほどまでの恥ずかしそうな顔をかき消し、真顔で正面を見つめている。

フランとジュナが呆然とする中、水浸しのアリスは表情を変えないままさっさとドアを開けた。

「風呂に入ってくる」

これが、アリスが自ら風呂に入ろうとした初めてのタイミングだった。

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