第一章 始まり

第4話 vs二ヶ月

「勝負あり!終了!」

監督官のアナウンスが響き、両者は動きを止めた。

片方は地面に倒れ伏し、片方は服の汚れを払った。


リーデル城内、訓練館・格闘部門の一室。


リーデル城内は賑やかな街並みや貴族らの屋敷と、魔法使いの施設が混同している。

リーデル城とは呼ぶが、実際は城だけを指すのではなく、王宮と重要機関、貴族の集合地が城壁で囲まれており、これを城と称しているのだ。

城の門を入ると王都と呼ばれる繁華街、

その中には魔法協会も数多く存在し、

王宮の両脇に魔法使いの施設や王宮魔法使い宿舎、

最奥に王宮、といった配置だ。

そして、門から向かって右翼側に訓練館はある。

監督官、と呼ばれる運営や警備、サポートを担う者たちを中心に、多くの魔法使いらが集う場。

魔法実践のための仮想訓練場、格闘部門の場、など、模擬戦のための施設だ。

が、メンテナンスや魔法使い対象の年二回の健康診断の場もここに属する。


そして、ここは格闘部門の道場の一室。

魔法の使用を禁じ、体一つでの格闘訓練が可能であり、大抵は他の魔法使いを誘って実践形式の模擬戦を行う場だ。


しかしながら、世は魔法時代。

格闘などという古い文化を鍛えようという連中はそう多くない。

建設されたのは昔のため、かなり広い空間なのだが、基本は寂しい場となってしまっている。

来るとすれば、よほどその方面に腕に覚えのある大男ばかりだ。



なのだが、近日はどうも騒がしい。

暇で、監督官らのサボり場と化していた格闘部門が、やけに賑やかさを帯びている。

原因は、先々月からここに通い詰めている少女のせい。

あまりに細い四肢の弱々しい少女なのだが、挑む大男らはことごとく彼女に返り討ちに遭っている。

現に今も、どこかの大男が、少女にボッコボコにされている。

「あー忙しくて嫌ーー」

監督室で女性が嘆いていた。

隣に座っている女性がコーヒーを差し出す。

「魔法部門よりずっとマシでしょう?」

魔法部門は、こちらとは違い、常に魔法使いらで溢れかえっていると聞く。

配属される監督官も、優秀な者ばかりだと言うので、正直言うとこちらは楽なのだ。

が、今は違う。

「強いわよねぇ。あの子」

「セナさん。あの方、賢者様ですよ」

下の模擬戦スペースを見下ろしながら呟く女性に、今度はコーヒーを口にした女性が忠告する。

王宮魔法使いには尊敬語を使わないといけない。

これは正解であるが、必須ではない。

が、使うに越したことはない。

彼女がどうかは知らないが、不敬に怒るような者も少なくないためだ。

「あら。そうだったの?キサちゃん知ってたんだ」

セナと呼ばれた女性は基本は魔法部門に勤めている監督官なのだが、格闘部門の人手不足で最近こちらに派遣されている。

少女の快進撃を見守ってきた女性とは違い、知らないのも無理はない。

「アリス賢者です。フラン大賢者のお気に入りですよ」

女性は背もたれに体を大きく預けて嘆いた。

「あら。あの子が例の!?これは悲劇ね・・・」

もう一人の女性も机に項垂れる。

あの、数多のリーデル女性からの人気を司る大賢者に、そんな子がいたとなれば、リーデル城が一時 震撼しんかんしたことも必然の大事件だ。

しかし、本人の性格、見た目どうこうは知らないが、彼女の能力に大賢者殿が見惚れたというのなら、それには納得だ。

あの細い体のどこにそれだけの筋力や体力があるのか、あまりに謎だ。

一度、健康部門に筋力測定をお願いしたいぐらいである。


女性二人が机に突っ伏していると、話題の少女が、展望になっている監督室まで浮遊してきた。

「キサさん。私、今日、ここまでで」

「あ、はーい。じゃあポイント付けておきますね」

二月の付き合いになる女性が知っている少女の性質その一。

律儀。

一概に、常に律儀とは言えないが、やることはやるタイプ。


訓練館では、魔法部門、格闘部門それぞれに、ランキング制度が存在する。

模擬戦の設定で、ポイントを変動可に設定していると、勝敗やその勝ち方、負け方で変動する数値が変わり、そのポイントでランキングが付いているのだ。

監査というまた別の役職の者たちが、全員のポイントを管理し、変動する数値も決めている。

強い者を倒せばそれだけ獲得ポイントは増えるし、それに負ければ多くのポイントを失う。

単純なことだ。


監督官の仕事は、模擬戦の監督。簡単に言ってしまえばこれだけだ。

が、監査官らの仕事は膨大である。

一日に2000試合が開催されているとも言われる魔法部門配属の監査官らは、多忙中の多忙だ。

この2000試合全てに目を通し、選手らの所持ポイントを調べ、ポイントの変動を決める。

確かに、変動を決める監査官により、ポイント変動は若干異なるが、それは最早仕方のないことだと思う。


そして、リーデル王国多忙代表の、魔法部門監査官と同時に、この波で仕事が増えているのが、格闘部門監査官だ。

少女が一日に行う試合数は、平均100試合。

仕方ない。

それだけの人数が彼女に試合を申し込むのだから。

模擬戦の開催は基本的に、申告制だ。

対戦したい相手を選び、試合を申し込む。

拒否は可能とされているが、血の気の多い奴らのプライドなのか意地なのか、実際のところ、拒否権はあってないようなものだ。

つまり、少女は申告された100試合全てを受けている。

それによって多忙化する監査官。

このサイクルの原因が誰なのかは最早分からない。



「キサさん?」

深いため息を連発する女性に、少女が声をかける。

模擬戦では、気遣いも品性も、欠片も無いような戦い方をする子なのだが、オンオフが激しいらしい。

「あぁごめんごめん。今日はこれから任務?」

少女とは、彼女がここに通い始めてからの短い関係だが、世間話をする程度の仲にはなっていた。(格闘部門の監督官はいても十人)

「いや、帰る」

少女は首を振る。

時計を見やると、昼の三時。

彼女はいつも夕食もここの食堂で取るほどには長居しているので、随分早い帰宅だ。

何かあるのかと聞こうとすると、それを分かっているように少女は言葉を続けた。

「フランさん早帰りだから」

「そっか」


少女について、ちまたに流れている噂はこうだ。

大賢者フランがどこかで拾ってきた天才で、図々しくもフラン邸に居座っている子供。フランにいい目をしてお気に入りになっている。

なんともこじつけの激しい噂だ。

実際、どこかで拾ってきた天才には間違いない。

出自は不明、個人情報も一切明かしていない。

が、格闘部門でのランキングは一位。

紛れもない天才だ。

しかし、別に図々しくもないし、特別彼女の方から色目を使ったようなことではない。


二ヶ月前、フラン大賢者が訓練館格闘部門監督室を訪ね、少女をしばらくここに通わせたいという話をしてきた。

何故か、魔法部門には立ち入らせないように、という条件の下。

当時監督室にいたのは、キサ含め数人だったのだが、特に断る理由もなく快諾した。

それが、多忙地獄の始まりとも知らずに。

そして二月の間、ひたすらランキングを塗り替え、格闘で少女に敵う者はいなくなってしまった。

フラン大賢者が訪ねた際、少女も同席していたのだが、その際はまるで闇社会のガキのような子だった。

リーデル城内も端に近づくほどに、荒れた地区になる。

闇市や裏社会、闇魔法協会が軒を連ねるような場所もあるくらいで、そこで生まれ育つ子供も多い。

今よりも痩せ細り、目つきは常に鋭かった。

第一印象、怖かったというのが本音だ。

が、何だかんだ、今は当時よりは全体的に色々マシになった気がする。

(通い始めた頃は一度、殺すぞとか言われたもんなぁ)

実に恐ろしい話だ。

そういう意味で、女性は少女が大賢者に媚びを売ったなんてことは考えられなかった。


「じゃあ」

「うん。ゆっくり休んでね」

短い挨拶を交わすと、少女は去って行った。

これだけで、ここは一気に静かになる。

「ねぇ。キサちゃん」

「何ですか?」

同じく椅子に深く座り直したセナが声をかけてくる。

呑みの誘いか?

「あの・・・えー、賢者様。いくつか知ってる?」

違う、少女のことか。

いくつ、とは年齢のことだろう。

「16歳だと本人が言っていましたよ。見えないですけどね」

16といえば、リーデルでは結婚や飲酒が許され始める年齢だ。

要は成人を意味する。

「16・・・か。見えないね」

「ですよねー」

人格はともかく、見た目では初見で16だとは到底分からない。

「どうしたんです?呑みに誘うんですか?」

「私をなんだと思ってるの?」

からかうと、笑顔でツッコみが帰ってくる。

彼女は先輩にあたる存在だ。

が、何故か気が合う。

「じゃあ今日はキサちゃんが付き合ってくれるのかな?」

ニヤリとセナが微笑む。

容姿端麗、クールビューティーと言われるのも頷ける美人の笑みは深い。

そんな笑みに、キサも笑顔を返す。

「奢りですよね?」

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