第2話 vs夢

少女は夢を見ていた。

ゆっくりと眠れたのはいつぶりだろうか。

夢を見ることが出来るのは、安全である証拠だ。

苦労もなくて、温かい布団の中で眠ることが出来る暇人共の幸せ。

そんなものだと思っていた。


――少女は、炎の中にいた。

眼前には一人の人間。

腹が痛い。

全身が痛い。

音や匂いは感じない。

ただ、その場に怒りだけが感じられた。

目の前の人間が手を差し伸べてきた。

「大丈夫だよ」

そう言いながら。

クソが。何が大丈夫だ。

夢は美しいものじゃなかったのか。

何が大丈夫だ。馬鹿らしい。

怒りに任せて、咄嗟に腕を振るった。

殴ってやるつもりで。


「ッハ!!」

浅い呼吸と共に目が覚めた。

上に右腕が突き出されている。

そこでようやく、自分の瞳から水が漏れていることに気づいた。

唇の隙間から口の中にも流れ込んでくる。

辛い・・・?いや、酸っぱいと言うのか。よく分からない、不愉快な味のする水だ。

左腕には針が刺さっている。

その先のチューブを辿れば、液体の入ったパックが横に立ててある。

どうせ栄養がどうとかいう薬剤なのだろう。

そんなもの欲していない。

そう憤りを覚え、それらを殴ろうとするが、寸前で止めた。

恐らくこれがないと今の自分は立つこともままならないのだろう。

第一、そのせいで牢獄から出ているのだ。

ここは病室だろう。

住んでいた村にそんなものはなかった。

見渡すと、ベッドは少女の寝ているこの一台のみ。

そのベッドも、特別な装飾などはないが、少女がそれまで使っていたものより、よっぽど質がいい。


ドサッと体をベッドに預け直す。

病室にはいるが、体は変わらず汚れたまま、何も変わっていない。

そんな状態で王都を見下ろしている自分の現状にも腹が立つ。

王都には、綺麗に着飾った女共が薄い笑みを浮かべながら店に入り、男らは財力を示すように贅沢に振る舞っている。

馬鹿共が。

今すぐにでも王都の中心に爆弾を置いてやりたい。

しかしそれがマズいということぐらいは分かる。

憤りを、左の爪を掌に食い込ませることで押さえる。

拳を握りしめると、それだけで掌からはまた血が漏れる。

それだけが心地よかった。

グチャッという音が聞こえてくる。

続ければ、手は目も当てられないほどぐしゃぐしゃになる。

分かっている。

そして、それを止める輩がいることも。


隣に立った男に、それをほどかれる。

体に刺さった刃物は抜かない方がいいのと同じく、食い込ませた爪を掌から抜くと、より血が溢れる。

「何してるんですか」

男は呆れたように聞いてくる。

「・・・・拷問」

「・・・はぁ。まったく・・・」

呆れられたことに、少女はまたも顔を逸らす。

「今度は死ねと言わないんですね」

「お前を殺す前にこっちが死ぬ」

意外な返答だったらしく、面食らっている。

もう五日ほど飲食ができてていない。

放っておいても死ぬだろう。

「それは、栄養失調でですか?それとも、自ら死ぬのですか?」

少女は、ゆっくりと男を見上げた。

その瞳に、答えはなかった。

しかし、希望を一切感じさせない瞳だった。

しばらく男を見つめ、不意に目をそらした。

「やっぱり死ね」

「うわぁ」

男は少女を自陣に引き入れたいのだろうか。

力を欲しているのだろう。

貴族連中と同様に、魔法使いらにも派閥はある。

大方、こいつがどこかの一派の長で、自分のようにぶっ飛んだやつでも手駒に欲しいのだろう。


「クソが」

少女は、グサッと左腕に刺さっている針を引き抜いた。

痛覚の存在する位置に刺さっていたため、少女は軽く顔をしかめる。

しかし、そのまま針を地面に投げ捨て、男を見直った。

「手駒にしたいならやってみろ。私より弱い奴に従うなんて納得はいかない」

「・・・荒んでいますね」

「勝手にそう感じておけ」

しかし、男はどこか満足したような顔を寄越した。

不愉快だ。

「そうですね。ですが、それより先に貴方自身のことが先ですよ」

そう男が言うが早いか、精霊の女が台車を押しながら部屋に入ってきた。

「食事を取って下さい」

台車に乗った皿には、湯気の立つ液体が入っている。

「毒か?」

しかし、少女はそれに手をつけようとするどころか、警戒した視線を向けた。

「どうしてそうなるのですか。ただのスープですよ」

「・・・すーぷ?毒の名前か?」

「「!?」」

少女は素なのだ。

ただ単純に、スープという料理名を知らない。

「そういう名前の料理なんです。美味しいですよ?毒が心配なようでしたら、これが毒味して見せます」

精霊は、主人を指さしながらそう言った。

男が精霊に顔をしかめる中、少女は目の前の皿に釘付けになっていた。

今まで、湯気の立った食事は食べたことがない。

いい匂いがより食欲をそそり、少女は意を決してスプーンを手に取った。

毒だと感じたら吐き出してやればいい。

いや、そのままにしておくのも、最早悪くないのかもしれないが。

スプーンで、汁だけをすくい、口に運ぶ。

少し躊躇いながらも、口にスプーンを突っ込み、嚥下えんげした。

「どうですか?」

「・・・・・マズくはない」

「美味しいと素直に言いましょうよ」

男がツッコむが、少女はさっさとスープを飲みきると、ベッドに潜った。

「黙れ。用が終わったなら去れ」

「では、数日は療養に使いましょうね。何か欲しいものがあれば言って下さい」

少女は男を見ずに言い放ったが、それでも男は柔らかな声で続けた。

少女は、そんなめげない男を横目で見やると、ため息と共に伝えた。

「・・・・・風呂。今はそれだけ」

その返答に、男と精霊が顔を見合わせて満面の笑みを浮かべたのは、ここだけの話である。

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