神戸市K高校物語

トーフヤサン

プロローグ

 桜が咲き誇っているこの日、私たちは高校へと入学した。周りの人たちはこれから始まる新たな生活に心が躍ったり、不安になったりしている。


「はい、えー…みんなの担任をすることになりました。宮西でっす!ボクはねぇ、自慢じゃありませんがねぇ、あの関学出身です!みんなとはよ仲良くなりたいので、下の名前で呼んでいこうと思うけど…ええよね?」


 私が不安に思っているのは担任の先生になる人物のこの自己紹介を聞いたからだけど。チャラい大学生が飲み会でやる自己紹介みたいなノリだなあとか思っていたけど、実際に彼は大学を卒業してこの学校の非常勤教員として採用され、その一年後の今は常勤教員となり自分のクラスを持たせてもらっているという状況だ。だから、社会人二年目とはいえどもチャラい大学生っぽいノリであることも浮ついた気分だったのも納得できる。

 なぜ私がここまで知っているのかというと、先ほど廊下を通ったときに本人が女子生徒にそう語っていたのを聞いたからだ。その女子生徒は何かキラキラした子たちだったから、宮西先生はワンチャン狙っていたのかもしれない。さっき「下の名前で呼んでいこうと思う」って言っていたのもそういうことかと邪推してしまいそうだ。何にせよこういう浮ついた人が担任の先生の時は決まってとんでもないクラスになるのだ。まあ、例外を祈るしかないか。

 宮西先生のことはさておき、こういう日は面白い人がたくさん見れるので今日は人間観察に勤しもうと思う。一つのクラスにもいろいろなタイプの人間がいるものだ。例えばさっき盗み聞きして知ったことだが、あそこにいる何人かの女の子は以前からSNSを通じて知り合っていたようだ。実際に会ったのは今日が初めてではあるものの事前にやり取りはしており、会話のパターンもわかっているからかもう話に花を咲かせている。いわば人間関係の予習をしてきたも同然だ。普通にすごいと思う。

こうなってしまうと女子グループの頂点に立つのは彼女たちになるかもしれない。それを阻止したいのか、別にSNSを通じて知り合ったわけではない人たち同士が一生懸命に交流を持っている。必死過ぎて怖いくらいだ。こちらの子たちは気がきつそうで嫌だな。

 さて、次は私と同じようにぼっちを決めてるやつの観察でもするかな…


「はあ?アンタ何言っとんねん!もっぺん言ってみろや!このっ…!」


 急に怒鳴り声とガタッという物音がした。どうやらさっきの気のきつそうな女の子たちの片割れの声と相手の胸倉をつかんだ拍子に体が机や椅子に当たった音のようだ。


「だからぁ、明石って明石焼きしかない田舎って言うたんやけどぉ?耳遠いん?耳鼻科紹介しよかぁ?」

「聞こえとるわ!姫路ごときが偉そうに言うなや!姫路城しかないくせに!」

「うるさいなぁ!姫路城は重要文化財やぞ!こっちは国宝背負っとんねん!城の跡だけ残って城そのものがない明石とは大違いや!」

「あ?まさか明石城跡のこと言うとるんか?あれは色んな出来事があって最終的に跡になってもうたんや!こっちだって国の史跡になっとるわ!」

「それってぇ、姿かたちがちゃーんと残っている姫路城が偉いってことですよねぇ?ありがとうございますぅ。姫路はゆかたまつりっていう有名なお祭りもあるんですぅ。これはそちらの完全敗北ですねぇ。」

「何やっけ?暴走族が集まる祭りやっけ?」

「ちゃうわ。長壁神社の夏の例祭や。そんなんも知らんとかアホなんか?自分。」

「ちゃうことないやろ。暴走族も有名やで。」

「そういう人らばかりちゃうわ。何分の一がそういう人なだけや。」

「じゃあその割合が他のところより多いってことやな。さすが姫路。あっぱれですわ。拍手喝采ですわ。」

「はあ?違うわ。訂正しろやダボ!」

「誰がするか!」


正義感のある何人かが止めに入ろうとしたが、あまりの気迫にそれを諦めて先生を呼びに行った。駄目だ。二人は完全にヒートアップしている。取っ組み合いのケンカになって髪まで掴みだした。巻き込まれたら怖いし、取っ組み合いのケンカとか初めて見たからずっと眺めていた。

数分が経過したのちに先ほど呼ばれた先生が到着し、二人は連れて行かれた。入学した初日から生徒指導なんて伝説になるだろう。

床に落ちている千切れた毛束を眺めながら、この高校で他人と関わるべきではないと気持ちを固めた。

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