第4話
村木には、親友と呼べる人間はいない。だから城戸が特別と言ってはばからないそれを、表面上しか理解できない。
何かきっかけでもあったのか、あれから度々、城戸は親友とやらと電話するようになった。それも一度始まると何時間も繋いだままにしている。短くても一時間は超えるし、長いと半日以上繋がっていることもあった。
仲良きことは美しきかな、と世間は言う。だが村木には正直――許し難いことだ。だって村木は、彼女と付き合うにあたってそんなに長く通話したことがなければ、恋人関係になった後でもそんなことはしていない。しようと思ったことすら無かった。
いや、自分は普通だろうと村木は思う。普通、そんなに長く通話したりしなくないか? スマホを与えられたばかりの子供じゃないんだから……そんなに長く電話していたって話すことなんてないだろう。実際、結構な沈黙が流れていることが多々ある。
それとも、話さなくていいから、できるだけ繋がっていたいとか? ただ一緒に居たいなんて、例えばそんな心持ちなのだとしたら、もし二人が……。
「村木くん、来週プレゼンだよね。資料終わった? 手伝ってあげてもいいよ?」
研究室で、隣の席の城戸が尋ねてきた。公でも私でも、家でも学校でも、ほとんどの場合、村木と城戸は同じ空間に居る。それが、ほんの数週間後前までは心底嬉しかった。心が跳ねるとでも言えばいいのか、ただただその空気に浸つているだけで幸福以外の何物でもなかった。多分、ドーパミンとかそこら辺の快楽物質的なのが常に放出されていのだと思う。城戸が隣にいてくれるだけで、村木の心は脳みそから、幸せでヒタヒタになるものだった。
「あー、別にいいや。手伝ってもらうこと無い」
「おお。珍しいね」
城戸は揶揄うでもなくそう言うと、よっこいしょと立ち上がった。
「じゃあ神田くんの進捗でも見ようかなー」
「なんで?」
やや不機嫌に尋ねた村木に、城戸は不思議そうにしつつ答える。
「だって我らが四天王で最弱じゃん、彼」
「最弱って」
思わず苦笑する村木に、城戸も笑う。
「まあでも実際、結構繊細な人だと思うんだよね、神田くん。積極的に手を差し伸べるべき人だと思う」
「神田が?」
意外に思う村木に、城戸はうんと頷く。
「別にサボってるわけじゃないんだよ彼は。細部にこだわるあまり全体が終わらないタイプ。だから切りの良いところで終わるように言ってあげないと」
「そんな真面目な奴には見えないけど……」
「村木くん、死ぬほど人を見る目が無いからね」
しっかり揶揄のこもった物言いをして、城戸は扉へ歩いて行く。神田がどこにいるかなんてわからないはずだが――わかっているのかもしれない。人を見る目が無いと村木に言ったということは、逆に彼女は、それに自信があるのだろう。神田の居場所ぐらいは見当がつくのだろうか。
「お優しいな」
村木が言うと、彼女は扉の前で振り返った。
「あんまり期限破って先生が怒ったら、とばっちり食らうかもしれないじゃん。変なルールできたりとかさ」
本音か軽口かも判然としない風に彼女は言って、研究室から出て行った。心が軽くなったような……無くした重みが、少し寂しい。
なんだかんだ不満はありつつ、自分はまだ城戸のことが好きなのだ……その事実を再認識するとともに、「今日も二人は、夜通し長電話するんだろうな」と冷静に思い浮かんでしまう。城戸は何も、嫌な人間というわけではないのだ。だったら最初から好きになってはいない。洒脱で飄々としていて、ゼミの仲間を気遣う余裕さえあって、そのくせ映画を語り始めると人を置いてけぼりにしたり、意外とお茶目だったりする。
悪いところを悪いとさえ思えなければ、人間は終わりだ。城戸が今夜、村木を差し置いて誰かと話していようと、村木は彼女を拒絶できない。
ならば村木は、これからどうすれば良いのだろう?
なんとなく手のひらを見つめてみても、村木に想起されるのは、彼女の肌の滑らかさや唇の感触だけなのだ。その甘さが、今となっては苦しさと表裏一体になっている。何とかしなければ、これからずっとそのままだ。何しろ城戸は、浮気をしているわけじゃない。友情を大切にしているだけだ。
本当に、これからどうすれば良いのだろう?
天秤に掛けるまでもない、はず ささまる/齋藤あたる @sasamar
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