第10話

「アヴィーチーが見えたんだよ。いやマジで」


 大笑いの灰島さんに若干引きながらカルビをひっくり返した。焼き肉屋は混んでいて声を張ると背中が痛む。


 驚くことなかれ、意識を取り戻し感染症の検査を済ませたオレはその日のうちに退院した。大量出血で死の間際、なんて事はなく、いわば緊急事態に頭がショートしてぶっ倒れただけだった。突き立てられた刃先は五ミリも食い込んでいなかったという。


 アヴィーチーは伝説のDJだ。確か二十八で自殺した。死の間際にこの人が出てくるなんてオレもすっかり音楽馬鹿だ。反射で倒れただけだったけど。



 犯人はユキナという物流倉庫の事務員だった。灰島さんのストーカーだ。


 いつだか「不審者がどうのこうの」と灰島さんの部屋に警察がやってきた事がある。あのときの婦警はニセモノでユキナの差し金だった。対応する灰島さんの後ろでだらりと横になるオレを見て女だと思ったらしい。

 それを知ったユキナの頭の中を要約するとこうだ。


「あのオレがいるせいで灰島君はあたしと付き合えない! ぶっ殺す!」


 オレはその日から虎視眈々と狙われていたらしい。潤の部屋に引っ越したのは幸運だったがユキナの執念はその上を行った。怖すぎだろ。信じらんねえよ。


 ユキナの父親はシャチョーさんだ。退院後なぜか灰島さんの部屋に現れ幾らか包んでオレに押し付けた。保険がどうとか、弁護士がどうとか言ってたけどちんぷんかんぷんだった。見かねた灰島さんが出てきて追い返してくれた。多分ユキナは過去同じように父親に迷惑をかけている。いつかぶち込まれるまで永遠に繰り返すだろう。



 退院祝いとしてシャチョーの金でここに来た。せっかくなら金粉かかった肉を出す店に行こうかともなったけど、オレも灰島さんも肉の違いが分からない。店員が一枚一枚焼いてくれるのを大人しく待てる自信もなく、結局量が取り柄のいつもの店に来た。


 そしていつも通り何にでもタレをぶっかけて色んな肉をいっぺんに頬張る。やってみな。マジ生きてる!って感じで悪くねえから。



 ♪ ♪ ♪



「おかえり。オレ刺されたんだ」


 玄関で言葉を失う潤にユキナの事を聞かせてやった。走馬灯がアヴィーチーだった話はすべらないと思ったのだ。


 片側だけ肩に掛けたバックパックをどさりと落とし、青い顔で「合格です」と言った。


 同情されたのだろうか。理由は分からないけど、晴れてオレはバーテンダー兼任のDJとしてクラブの仕事を手に入れた。真っさらな店のオープニングスタッフだ。



 オレはバーカウンターが一番好きだ。きっと死ぬまで変わらない。でもいつか、DJブースも望む場所になればいいと思う。そうしたらクラブがもっと好きになる。想像したら興奮してきた。


 ああ、練習したくてたまらない。

 オレが回す夜が待ち遠しい。




 ♪ 優河編完 ♪


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GLAY 水野いつき @projectamy

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