第9話
DJといえばレコードのイメージが強いが今はパソコンを使うプレイが主流だ。専用のソフトを立ち上げて全曲管理する。派手な見た目の手元の機材はコントローラーで、どちらかといえばパソコンが心臓だ。これが無ければ始まらない。なんならパソコン内にプレイリストを作ってしまえばスタートボタンぽち、で後は飛び跳ねてればそれっぽく見えてしまったりする。
ドライブ用の曲を好きにまとめてCDにダビングするだろ。それが出来る奴はみんなDJと呼んでいい。
「調子どう?」
「むずい。でも楽しい」
「それでいい。フロアに出たら客が上がる曲を見極めて、後は自然に繋げてくれればそれでいい。そのうちどんなプレイが喜ばれるのか分かってくるからさ。とにかく変なこだわり持たないでくれよ」
潤は基本放任だ。
操作に慣れてきた頃、調子に乗って煙草を吸いながら回した事がある。韓国料理屋ぶりにサイコバージョンの潤が出てきてヘッドホンのコードでオレの首を絞めながら「その口二度と開けねえようにしてやろうか」と凄まれた。機材に謝罪するという奇行を強いられて以降ブースに煙草は持ち込んでいない。禁煙さえ守れば好きにやらせてくれるし、求めればアドバイスをくれる。
「客のテンションが全てだから。テクニックも知識も関係ない。君がベストだと思うなら森のクマさん流したっていい」
潤の例え話はいつも極端だ。もう慣れた。
♪ ♪ ♪
潤が朝早く出て行った。客演として関西のクラブに呼ばれたからだ。
家主不在のタイミングでオレも灰島さんの家に遊びに行く事にした。缶詰で練習してるからたまには外の空気が吸いたい。強制されているわけじゃないけど、楽しくてつい時間を忘れてしまう。
朝練を早めに済ませて出勤前の灰島さんを捕まえようと潤の目覚ましで一緒に起きた。
灰島さんはオレを見て驚くはずだ。こうなるに至った話を聞かせてやったらもっと驚くだろうな。あの人もクラブが好きだから、もう少し自信が付いたらプレイを聴かせてやりたい。スペシャルブレンドリミックスだ。
ランニングの人だろうか。後ろから正確なリズムを刻む足音が聞こえる。テンポ百六十と見た。ならオレは心臓の音に合わせて百で歩こう。
天気が良い。世界が綺麗だ。空は水色で薄い雲に覆われた太陽も見える。涼しい晴れだ。
「……はぁっはあっ!! 死ね!!!」
最初に衝撃を感じた。その後は熱さだ。突き立てられた刃物が回され、ようやく痛みになった。
朦朧とする中、幻聴が聞こえてきた。
"ウェイクミーアップ!"
アヴィーチーか。伝説のDJだ。悪くない。
クリアな声に包まれていると、壊れたレコードみたいにブツリと意識がなくなった。
「――ゅぅ……優河……? おい! 誰か!」
病院か? 天国か? 灰島さんの声がして、顔が見たいと思ったのにぼやける視界から影が消えてしまった。
まあどっちだっていいか。あの人は戻ってくる。なんてったって、オレの店長だから。
♪ ♪ ♪
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