【KAC2024⑦】貝瀬学院大学学生食堂の7人のおばちゃん

宇部 松清

第1話

 読者の皆さんこんにちは、やっとあたしの出番ってわけね。あたしの名前は安原やすはら理恵りえ、貝瀬学院大学学生食堂勤務のおばちゃんよ。


 さて、なんかここ最近、マチコちゃん以外の学食メンバーの様子がおかしいの。聞けば、なんか休日にマチコちゃんと白南風しらはえ君のデートを偶然目撃してるみたいなの。だけどほら、プライベートなことだし、内容をずけずけとは聞けないじゃない? それに、一体何を目撃したのかわからないけど、「二人の名誉のためにも言えない」って。それも、全員よ?! ちょっとちょっとあの二人、プライベートで何やってるのかしら?!


 なんて思いながら日々を過ごしていたんだけど、いよいよあたしにも『その時』が来たみたいなの。


 そう、あたしも遭遇しちゃったのよ、あの二人に!

 マチコちゃんって案外アクティブなのね?! それとも白南風君の影響なのかしら。


 まぁ、家にこもりきりっていうのは身体にも良くないし、お外でデートっていうのは良いことだと思うの。


 でも――。


「マチコさん、もう少し足開ける?」

「む、無理です……! これ以上開いたら痛いです! 裂けちゃいます……!」

「頑張って! もう少しだけ、あと数ミリ! そうしたら俺のが入るから!」

「痛いけど、が、頑張りますぅぅぅ」


 さぁ、ここで問題よ。

 あたしはいま、一体何を見せられているでしょうか?


 ちなみにここはカクヨム、ド健全な小説投稿サイト。レーティングに『性描写有り』なんていうのはあるけれど、ここにチェックを入れたとて、許されるのはせいぜいがR15。中高生がドキドキする程度のやつよ。ましてやこの作者にそこまでの筆力はないわ。それらを踏まえて、もう一度聞くわね。


 あたしはいま、一体何を見せられているでしょうか?


 もう、わかったわね?


「こ、これでどうでしょうか、しら――恭太きょうたさん!」

「よし、これで俺の左手が青に届いた! さぁマチコさん、次は赤! 次は右手を赤だよ!」

「わ、わかりましたぁぁ!」

「よし、耐えた! 次は俺だな。左足、を緑ぃ! うおおおおお、緑ぃぃぃぃ!」


 カラータッチゲームよ。


 今日はあたし、孫と一緒に市内にある大きな公園に遊びに来たの。今日は祝日だから、中央の広場には、ちょっとした出店や催し物があって賑わっている。あたし達の目的は、そこで開催されるヒーローショーと、出店だ。あとはまぁ、広場の端の方で陶器市もやってるから、そこも覗きたいかな、なんて思ったりして。


 で、そのヒーローショーが始まるまでの時間つぶしにプラプラと歩いていたら、カラータッチゲーム大会が開催されていた、ってわけ。どうやら子どもの部、大人の部、シニアの部と分かれていたみたいで、大人の部の中の『カップル部門』に、白南風君とマチコちゃんが出場してたみたいなの。


 えっ、何やってんの。

 何で出場してんの?

 

 カラータッチゲームというのは、まぁ、名前の通りと言ってしまえばそれまでなんだけど、ルーレットの指示に従って、両手足を赤・青・黄色・緑の四色の丸の上に配置していく、というゲームだ。指示に従えなかったり、バランスを崩すなどして、手足以外をシートにつけてしまうとアウト。これを二人一組で行い、隣のシートのカップルと対決するという方式らしい。一応、二組の間には衝立があって、お互いの姿は見えないようになっている。それがどういう配慮なのかはわからないけど。


「ちょっと! どうしてそんなに身体がデカいのよアンタは!」


 隣のカップルはどうやら彼女の方が強いらしく、身体の大きな彼氏に対して大声で文句を言っている。


「いまそんなことを言われても……!」


 そりゃそうよ。

 アンタが好きでその彼と付き合ったんでしょうに。


 いやいや、そんなことよりもマチコちゃん達よ。


「白南風さん、私そろそろ限界です」

「頑張ってマチコさん!」


 一応これはカップル対抗戦なので、例えばどちらかが身体を張って相手を支えるのは(ただし、手足は指示通りの場所にあること前提)OKらしい。だからまぁ、あっち側のカップルはある意味有利だ。彼氏の方は柔道か何かでもやってたんじゃなかろうか、っていう体つきをしているし。それに対して白南風君はまぁ……実際のところはわからないけど、細身である。


「何なら俺の上に乗っかっても良いし!」


 おっ、頑張るわね、イケメン。でもどうだろう。果たして白南風君にマチコちゃんを支えることが出来るかしら?!


「む、無理です! 私、重いですからぁ!」

「そんなことないよ! マチコさんは乗っかっても全然重くな――」

「ま、待ってください! それって何の話ですか?」

「え? だからほら、俺の上にマチコさんが」

「こんなところで何を言う気ですかぁっ!」

「うわっ! マチコさん、ここで暴れたら……!」

「え? あ、わぁぁぁぁ!」


 ただでさえギリギリの状態だったところへ、大声を出してバランスを崩したのだろう。マチコちゃんが体勢を大きく崩した。白南風君の方でも「俺に乗っかっても良い」なんて言っていたものの、不意打ちには対応出来なかったのか、共倒れである。


 ピー、と進行役の人が笛を吹き、隣のカップルの勝利が確定した。白南風君とマチコちゃんはというと、「身体中が痛い」なんて言いながら、参加賞のティッシュペーパーをもらっている。五箱のパックのやつよ。太っ腹ねぇ。たぶんマチコちゃん、これ目当てで参加したわね。


「マチコさん、この後どうする?」

「どうしましょうか。あ、私、陶器市見たいです」

「オッケ、行こ行こ。あれでしょ、俺と使う夫婦茶碗を探したい、ってことでしょ?」

「――えっ、と……、そ、そうです。そうでした」

「いまの間は違うやつだな?」

「あの、いや、ええと」

「正直に言ってみ?」

「あの……実はこないだ愛用してる湯呑を割ってしまって……それを……」

「ほぉん。じゃ、それも俺とペアでほしいってことだな? そういうことだな?」

「そ、そう、なります、かね」

「そのついでに夫婦茶碗も買おう。決定」

「え、あ、は、はい」


 さすがは俺様男、めちゃくちゃぐいぐい押すじゃない。成る程、学食のメンバーはこういうところを見たのね。えぇ、でも、至っていつも通りの二人にしか見えないけど? まぁ……多少ね? 多少マチコちゃんが暴走しかけた感じはあったけど、でもそこまでかしら?


 と、その時だ。


「エービエビエビエビ! この広場はオレ達、『甲殻躍動隊』が占拠したエビ!」


 リアルなエビの着ぐるみを着た謎の怪人が現れたのである。確か今日のヒーローショーは、ウチの姉妹都市か何かなのか、山口県は宇部市から遠路はるばる来てくれた『ウベンジャーズ』なるご当地ヒーローのものらしいのである。いま名乗った『甲殻躍動隊』というのは、どうやらその『ウベンジャーズ』の悪役らしい。へー、ウベンジャーズの悪役って、エビなのね。えっ、どういう世界観なのかしら。


 元々ちょっとまばらだった観客達も、想定よりもずっとリアルで気持ち悪いエビ怪人の登場にドン引きの様子である。ターゲット層であろうチビッコ達ですら、既に「何か違う」、「気持ち悪い」と泣き始めた。ウチの孫、光太郎(五歳)ですら「エビ怖い。おばあちゃん、もう帰ろう?」とあたしの後ろに隠れている。ちょっともう、ヒーロー早く来なさいよ。


 エビ怪人は少々焦ったのだろう。なんか予定と違うぞ、と。そりゃそうだ。地元でも悪役なのは変わりないだろうが、ここはアウェー中のアウェーである。予備知識0で現れたのがこのレベルの怪人なら、そりゃあ子ども達だって別の意味で怖いわよ。我が家でしばらくエビを出せないじゃない。どうしてくれんのよ!


 たぶん予定では、チビッコを一人捕まえて、それをヒーローが助けるとか、そういう流れだったはずだ。けれど、親達は必死に子どもを抱きかかえ、何ならその場を離れようとさえしている。これではストーリー進行に支障が出る。


 そう思ったエビ怪人が掴んだのは、あろうことかマチコちゃんだった。


「女! こっちに来るエビ! お前をエビフライにしてやるエビ!」

「えっ!?」


 マチコちゃ――――――んっ!?


 それちょっとどうなの? 大丈夫なの? ストーリー的に?! チビッコじゃなくて良いの?! ていうか。


「お前ぇぇぇ! 俺のマチコさんに気安く触ってんじゃねぇ!」

「グハァ!? えっ、えぇ!?」


 白南風君の本気の水平チョップがさく裂である。実はこのエビ怪人、食品サンプルか? ってくらいにとてもリアルな着ぐるみなんだけど、どういうわけか顔は露出しているのだ。エビの顎あたりに人間の顔があるのだ。その、恐らく首辺りを狙って、スパァンと入ったのである。


 エビ怪人はマチコちゃんを解放し、後方によろけた。


 どこからどう見ても変身前のヒーローにしか見えないイケメンの登場に広場は大盛り上がりである。たぶんガチで演者だと思っていそうなママさん達がわぁっと駆け寄り、「素敵でした、サインください」、「放映局はどこですか?」、「ケーブルテレビで見られますか?」などと質問しまくっている。


 その後ろで、「俺達の出番は……?」「えっ、ここからどうするの……?」と変身済みのヒーロー五人組ウベンジャーズがスタッフ達と緊急会議を始めていた。白南風君、気持ちはわかるけど、主役の出番奪っちゃ駄目よ……。


「マチコさん、大丈夫?! 怪我はない!?」

「だ、大丈夫です、けど。ひゃああああ!?」


 わらわらと群がるママさん達を華麗にスルーして、まだ演技の途中ですから、とでも言わんばかりの白南風君は、サッとマチコちゃんをお姫様抱っこし、「俺が来たからにはもう大丈夫だよ。さぁ、行こう!」と、芝居がかった台詞を吐き、陶器市を目指してスタスタと歩き去ってしまった。


 その場に残されたのは、一般人に倒されたキモいエビ怪人と出番のなかった微妙な色のヒーロー、そして「せめてお名前だけでも!」と叫ぶママさん達である。


 成る程、みんな、こういうのを見たのね。

 そりゃあ話題には出来ないわね。

 

 これはあたしの胸の中にしまっておこう、そう決意し、いま陶器市に行ったら鉢合わせしちゃうから、とりあえずクレープでも食べようか、と光太郎に提案したあたしである。

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【KAC2024⑦】貝瀬学院大学学生食堂の7人のおばちゃん 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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