第8話 模擬戦の後

 エリンジュ―ムは反応が鈍い観客に腹を立てながら競技場を後にした。



「お疲れ様です、我が主」



 青髪の青年が主に対して労いの言葉を投げかけた。エリンは不機嫌なようで特に反応はしなかった。だが、ルガティは無反応なことに気を止める様子はなく何事もないかのように話を続ける。



「それにしても圧倒的でしたね。果たしてあの先生は教職を続けられるのでしょうか」


「はぁ? どう考えても私の方がボコボコじゃ。右腕がこんなにぷらんぷらんですよ。対して彼はたかが魔力切れです。それに、しっかり全力を出せたのですから悔いはないはず。第一私が最初からSentinelを──」


「そういうところですよ」



 スタスタと歩みを進めるエリンを他所に、ルガティは立ち止まり、やれやれと両手を広げる。



「主……」



 今度は低く唸るような声であった。もしかすると、周囲には響かない。自身の主にだけ向けられた内なる声なのかもしれない。エリンは歩みを止めて振り返る。彼女の視界には眩いほどに青く大きな狼の姿があった。



「なんです? 急に改まって」


「オレは主の進む道にケチを付けられるほど大層なもんじゃねぇ。だけど、その道に障害があるってんならぶち壊す手伝いはやらせてもらいたい」



 大狼の切なる願いにエリンはぷふっと噴き出して「も、もしかして、あなたに話をきちんと通さずに決めたことが寂しかったのですか!」と腹を抱えた。


狼は傲慢な主の態度に寂しいような歯がゆいような。何とも言えない表情を浮かべる。きょとんとした真ん丸の眼を向けて。



「当り前じゃないですか。常に猫の手も借りた……ネコは私でした」



 エリンは、えへへと。おどけて見せる。そしてゆっくりと狼に近づきしゃがみ込む。彼女は無邪気な顔から一変して慈愛に満ちた眼差しを彼に向ける。


狼の体は拘束されているかのように強張る。伸ばした白い左手は青色の毛深い前足にそっと触れる。しなやかな指先は掌球を確かめるように毛先を掻き分け、這うように移動する。



「こんなに近くにワンちゃんの手があるんです。もちろん、これからも頼りにしていますよ。私の眷属さん」



 白い手は狼の顎の下へ。



「ふふふ」



 先程の女神のようなお面はどこへやら。エリンは狼の顔を見て面白そうに笑った。



 ガブリ。



 狼はぷらんぷらんの右腕に嚙みついた。



「え?」



 狼の顔。それは幸せそうな顔だった。エリンが自身の右腕にかぶりつく愛犬の姿を確認した頃。ネコミミ魔法使い、今日一番の絶叫が響き渡る。



「いたあぁぁい!! 主の負傷に追い打ちをかける従者がいてたまりますかぁぁぁ!!!」




 ♦


「いぇーい! 私勝ちましたよ!」


「ほっほっほぉぉー!」



 エリンが勝ちを宣言した頃、特等席では学長が喜びの声を上げていた。その横の副学長は愕然としていた。



「上には上がいるもんじゃ。どんなに凡人が研鑽を積もうが届きえない領域が確かに存在する。彼女の防衛魔法はその領域にあると思うのだよ」


「し、しかし、あんな高度な魔法。私たちが本当に行使できるようになるのでしょうか」


「それは彼らの頑張り次第じゃな。じゃが、来たるべき時は必ず来る。やってもらわなくてはならないのが現実じゃ」


「それは──」



 エリンが学園に招かれたのは人類の防衛魔法に対する理解の底上げの為である。その目的の裏にはある事情があり……。それはまた別の話。




――――――――――――――――――――――――

ここまでお読み頂きありがとうございます。


これにて「ネコミミ魔法使いはエリンギを食べないし、絶対に負けない」は終わりになります。


私自身、久しぶりに彼女の話を書くことが出来てとても楽しかったです。


これからもエリンギ、青髪と桃髪は続けてまいりますので、エリンジュームのことを見守って頂けると嬉しい限りです。


シンシア

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネコミミ魔法使いはエリンギを食べないし、絶対に負けない シンシア @syndy_ataru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ