第7話 凸待ちと愉快な先輩たち1

 デビューから一週間が経ち、配信にも流石に慣れて……はこなかった。

 画面に向かって喋るのがこんなに難しいことだとは思わなかったのだ。

 対人だったら、相手の空気感とか反応を見て合わせることができるけれど、画面越しではそれができない。

 Vtuberの人がいつか言っていた、『配信は特殊技能』という言葉が身に染みて分かった。

 簡単にやっているように見えたけれど、いざ自分がやるとなるといっぱいいっぱいだ。

 特に、ゲーム配信が難しい。

 ゲームをしながらコメント欄を見て、コメントを拾って反応しつつ雑談するという行為がとにかく難しい。

 そんなに不器用な方ではないはずなのに、自分の力量不足を痛感してテンションが下がってしまう。


 でも、落ち込んでもいられない。

 本日はなんと、デビュー一週間を記念した初めての「凸待ち」があるのだ。

 私はVtuberデビューする前に基礎知識くらいはあった方がいいだろうということで、YouTubeで色んなVtuber関連の切り抜きを漁っていた。

 その中で特に人気が高かったのが、この凸待ちと呼ばれるコンテンツだった。

 凸待ちとは、雑談やらゲームやらをしながら、誰かが配信に上がってくるのを待つというまあまあ他人任せな企画だ。

 タイミングが上手く合わされば色んな人が凸しにきてくれるから、それだけで配信は盛り上がる。

 でも、逆に「凸待ち0人」をかましたVtuberもいるという、運ゲー要素の強い企画となっている。

 しかも、新人という立場上、裏で根回しなんかできるわけないので全くのノープランだ。

 まあ、私の場合はデビュー後初めての凸待ちだから、まさか0人ということはないと信じたいけれど。

 これで誰も来てくれなかったら病んじゃうよ。


 ちなみに、今回の凸待ちは私が提案したものではなく、マネージャーの計らいによって実現した企画だったりする。

 最初は先輩の力を借りず自力で頑張りなさいという事務所の意向によってデビューしてから一ヶ月はコラボ禁止期間なので、凸待ちという形で先輩と交流しましょうということらしい。

 私からしたら凸待ちも立派なコラボなんだけど、そこは大丈夫とのこと。

 まあ、その方がリスナーも喜ぶのだろう。


 つまるところ、ある意味これはマネージャー、ひいては事務所から私に与えられた最初の試練とも言えるのだ。

 ここで上手く立ち回れるかどうかによって、今後のグループ内での立ち位置が決まると言っても過言ではない。

 そのためには、先輩の助力が必須である。


 先輩たち、どうかこのわたくしめを救ってください……!







「はーい、こんメアなのー。今日はタイトルにもある通り、凸待ちをしますの! メアル、配信が始まる前からドキドキで、誰も来てくれなかったらどうしようって震えてたの……」


 私はいじらしく言った。

 実際にはそこまで怖がってはないけれど、こうやって言った方が庇護欲がそそられるだろう。


 コメント

:きっと来てくれるよ

:大丈夫だよー

:先輩来てくれるといいよね

:そう畏まらなくてもいいんじゃない?

:みんな優しいから大丈夫


 なんて言っていたら、通話用ディスコードサーバーにが入室した。

 私は慌てて体勢を取り直す。


「あ! なんと早速あの先輩が……! せんぱあい! 聞こえますか!」

『はじめましてー。メアルちゃんこんばんはぁ~』


 呼び掛けると、おっとりしたウィスパーボイスが聞こえてきた。


 コメント

:誰だろう?

:せつなちゃんだ!

:せつなちゃーん!

:せつーな!

:せつーなだ!


 一人目の凸者は、ゆきみせつな先輩だった。

 彼女は私と同じくせんせーしょんからデビューした人だ。

 つまり、直接の先輩ということになる。

 なんと、直接の先輩とお話しするのは初めてだったり。

 デビュー前にせんしょメンバーの配信を一通り観たとはいえ、彼女のことはほとんど知らないと言ってもいい。

 私の場合、元からグループのファンだったってわけじゃないからね。

 もしも、せんしょがグループのファンしかとらないところだったら、私は今ここで配信していないだろう。

 そんなほぼ無知に近い中で、ゆきみ先輩のことで知っていることと言ったら、これくらいだ。


 FPSが上手い。

 歌が上手い。


 ……これ、他の人にも言えるな。

 とにかく、圧倒的に情報が不足しているのだ。

 こんな状態で上手く会話できるのだろうかという心配はあるけれど、そんなこと考えている暇はないので頭を切り替える。


「先輩! こんばんはですなの~! こんなに早く来てくださるなんて……もしかして、先輩メアルのこと好きですか……?」

『うん、そのことなんだけどね』

「あ、あれ?」


 いきなり空気が変わった。

 ていうか、軽くじゃれつこうと思ったのに普通にスルーされて恥ずかしいんですが? もしかしてスパルタですか?


『初配信観たよ』

「あっ、ありがとうございますなの! あの、どうでしたかね……?」

『うんうん、すごいよかったよ。FPS好きなんだって?』

「そうなの~! でも下手っぴだから誰かに教えてもらえたらなあなんて思ってたりして……ちらちら」

『いいよいいよ、教えてあげるね。でもその前に、一個いいかな?』

「な、なんですかね……?」

『単刀直入に言うね。私とキャラが被ってます』

「え?」

『あざといキャラで売っていこうと思ってる? それ私の専売特許なんだけど』


 コメント

:空気悪くない?

:これはやばい...

:せつーなもあざとい系を自称してるもんねw

:あらw

:キャラ被りは死活問題よな

:忘れてたけどせつーなってせんしょのあざとい担当だったのね...

:ほーん

:私はあざとい子好きだから何人増えても嬉しいけどw

:それはそれで姉妹っぽくてよきよ


 ゆきみ先輩が割とまじっぽい雰囲気で捲し立ててきた。

 声色は変わらないけれど、有無を言わせない空気を言葉の端々に感じる。

 まさか初っ端から方向性について異議を唱えられるとは……!

 ゆきみ先輩、ふわっとしたタイプかと思いきや結構ぐいぐいくるんだな……。

 というか、この感じどこかで経験した覚えがあると思ったら、メンヘラの友達の愚痴を聞いてる時に似てるんだ!

 あの子もこんな風に、一定の声量で捲し立ててきてたんだ。

 先輩は自分のことをあざといキャラだと主張していたけれど、メンヘラの間違いじゃないの……?


 ともかく、これは先輩からの挑戦状だ。

 ここで狼狽えたら、私の技量が疑われる。

 だからこそ、遠慮なんかしてはいけない。


「でもメアル、あざといでいきたいとか一言も言ってないかな~なんて……」

『言ってなくても、私はそう感じたもん! 強い人に守ってもらいたいとか言ってたよね? あんなアピールしておいてよく言うよ。私絶対許さないから』

「思い込み……」

『え、なに? もっと大きい声で言って』

「スウー……ちょっとこの先輩思い込みが激しいなあ……」

『はあ!? 思い込みなんかじゃないもん! 絶対被ってるもん!』

「それじゃあ、せんせーしょんのあざとい枠は二人いるってことにすればいいと思うのー!」

『ううん、だめ。そんなのややこしいもん。どっちかだけだよ。せんしょのあざといキャラは一人で十分なの』


 コメント

:まだ入って一週間の後輩にも容赦ないせつーな

:なんか大変やな

:(ヒスの絵文字)

:(ヒスの絵文字)

:もうじゃんけんで決めたらいいんじゃない?

:今さらキャラ変もあれだし属性足せば解決しそう

:せつーなにはヒステリーとメンヘラがあるよ

:後輩ちゃんにこの圧は泣いちゃう


 く……やはり大手で活躍してる人は切り返しが早いし無駄がない。

 自分のキャラクターをしっかり理解した上で、視聴者に分かりやすいように言語化している。

 これがおしゃべりでお金を稼いできた人の実力か……。

 正直、勝てる気がしない。

 でも圧倒されているだけではいけない。

 もう、なるようになれ!


「それじゃあ、ゆきみ先輩にはおとなしく枠を譲っていただいて……」


 可愛いキャラでいこうと思いこそはすれどもあざといキャラでいこうなんて本当に思ってないけれど、流れを変えるには受け入れるしかないと思ったので私はそっちの方に舵を切った。


『え、なんでなんで? なんで私が譲らないといけないの? そんなのおかしいじゃん』

「だって先輩、今のところあざとい要素0ですよ……ね?」

『そんなことないもん。コメント欄でもみんな「かわいー」って言ってるよ?』

「あれ、おっかしいなぁ……私が見る限り『ヒステリー』ってコメントが多いんですけど……」

『おいお前ら! 可愛いって言えや!』


 コメント

:草

:草

:たしかにw

:(ヒスの絵文字)

:(ヒスの絵文字)

:可愛いを強要していくw


 形勢が逆転してきた。

 私はこの契機を逃さんと追い討ちをかける。


「あれれ、この『ヒス』っていう絵文字なんなの~?」

『これは……こいつらが勝手に使ってるだけで……』

「はわわ~、大切なリスナーさんに~、『こいつら』とかそんな言い方するのひどくないですかぁ? リスナーさんかわいそう……」


 私はわざとらしくあざとさアピールをしてみせた。

 我ながら殴りたいレベルだ。


『うっ……あんた、なかなかやるじゃん。まあ、私は寛容だし? 今日のところは見逃してあげるよ』

「あ、じゃああざとい枠はメアルのものってこと……?」

『え?』

「え?」

『細かいことは後でゆっくり話そうね!』

「あ、そうですね~! あはは、はは」

『じゃあ頑張ってね~』

「はーい、ありがとうございましたなの~」


 不穏な空気を残して、ゆきみ先輩が通話から退室した。


「話ってなんだろな……メアル、もしかしてやられる……? いやいや、そんなわけないよ、ね? まあ、考えても仕方ないから次行くの~。もしもしなの~!」


 私は感想もほどほどに、既に待機してくれていた先輩に呼び掛けるのだった。

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Vtuberになったから逆ハーレムを期待していたのに、なぜか女ウケしまくりで困惑しています 羽槻聲 @nonono_n

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