彼岸の恋結び

華宮御影

序章

 「いたい…。いたい…。くるしい…。だれか助けて。」

10歳の結月は火の海の中でひとり蹲っていた。

心も身体も痛みに支配され肉が焦げるむせ返るような匂いがツンと鼻の中に残る。父は私を炎から庇い黒い肉の塊へ。母は天井から落ちてきた瓦礫によってこの世を去ってしまった。昨日までの当たり前の日常がいとも簡単に消えていく。

全ての元凶はこの右目にあった。

私は部屋の隅にあった鏡を見つめ右目に手を当てる。

時間がたった血のような、凄惨な様子を表現するような朱殷色(しゅあんいろ)の右目。その中に咲き誇る黒彼岸花のシルエット。

『この黒い彼岸花が曼珠の娘に咲いてはいけない。黒彼岸花は膨大な力を持つ代わりに必ず災いを呼ぶのだから。』

私は過去に読んだ書物の一説を思い出しながら吐きそうなほどむせび泣く。

「お父様、お母様ごめんなさい…ごめんなさい…!」

後悔しても、謝っても、もう元には戻れない。分かっているはずなのにまた元に戻れるのではないかと思う浅はかな考えの自分がいる。

私は鉛のように重くなった身体をゆっくり動かし父と母に近づく。

「ごめんな…さ…ごめんなさい。私が…私が!」

悲鳴のように叫び上げたとき、リンという鈴の音と共に誰かが私の腕を掴む。

「そっちに行ってはいけない…!」

聞いたことのない男の人の声。声の主を確認しようと目線を上げるとそこには淡藤色の和装にコートを纏った端正な顔立ちの青年が眉間に皺を寄せ心配そうな面持ちで結月の目を見つめていた。

(見られてしまった…この右目を。どうしようこの人にも災いが降りかかってしまう。)

私は、反射的に右目を手で隠し顔を逸らし彼の手を振り解く。しかし青年は、尚もまだ父と母に近づこうとする私を止めるために再び腕を掴みこう言った。

「君が死んでしまったら、君のご両親が悲しんでしまいます。ご両親はあなたに生きていてほしい…そう思っている。」

その言葉を聞き青年に抵抗する力が一気に抜け、私は青年に手を引かれて火の海から外に出る。ボンヤリとしている結月をみて青年は懐から小瓶を取り出す。

中には色鮮やかな金平糖が詰め込まれていた。青年は小瓶の中の金平糖の一粒を私の手のひらに置く。

「心が元気になる甘いお菓子です。食べてみて?」

私は青年に言われるがまま、金平糖を口の中に入れる。金平糖を口に入れた瞬間、ほんのりと甘いたおやかな味が口いっぱいに広がり同時にほっこりとした気分になったような気がした。

青年は優しげに微笑みハンカチを結月の右頰に当て汚れを拭う。

「やめっ…」

私は災いを呼び寄せた目を青年に触れられるのが怖くなってしまい青年の腕を平手打ちしてしまう。一瞬、青年は痛みに顔を歪めたが何事もなかったようにハンカチで結月の右頰の汚れを再び拭っていく。

「ごめ…んなさい…っ」

「大丈夫。大丈夫。僕の方こそ急に触れてしまい申し訳ありませんでした。」

青年は結月を責めたりせず、自分に非があったと謝罪する。

(なんでこんなに私に優しくしてくれるのだろう?見ず知らずの私を助けても何も得をすることはないのに…。)

私は青年にされるがまま数分を過ごしていた。

「熱かったでしょう…苦しかったでしょう。1人でよく頑張りました。もう大丈夫ですからね。」

ポッカリと空いた心の穴に青年の優しさが沁み渡る…。

気づけば私は赤ん坊のように大きな口を空けて泣いていた。

そんな私をみて青年の大きな手がそっと私の頭に触れる。

ここから先のことを私は覚えていない。ただ朧げに覚えているのは『胡蝶の夢』という言葉と『今はゆっくりお休み』という青年の優しげな声だけ。






 

 

 

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彼岸の恋結び 華宮御影 @scorpion1027

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