第3話 恋愛カレンダー




 後ろからハグ。

 頭ぽんぽん。

 壁ドン。

 おでこコツン。

 耳つぶ。

 お姫様だっこ。

 顎クイ。

 床ドン。

 袖クル。

 肩ドン。

 ネクタイをゆるめる。

 髪型を変える。

 腕ぐい。

 眼鏡を外す。

 髪くしゃ。

 腕ゴール。

 頭突き。

 足ドン。




 女性が男性に対して、胸がキュンキュンするシチュエーションだそうだ。






「ありがとうございます!とってもキュンキュンしました!」

「こちらこそ、ありがとう」


 永禮ながれは、にっこり笑って、立ち去る男性を見送った。


「よし。これで。五日目」


 自室に宛がわれた部屋へと戻った永禮はソファに座って、テーブルに置いてある恋愛カレンダーを見た。

 この異世界に連れてきた元凶である、それを。




 男性になりたいわけではないが、男性的なカッコよさ、スマートさに憧れを抱き、男性の格好や所作を身に着けていた永禮は、女子高校内で皆の注目を集めていた。

 カッコいい、王子様みたい、と、囁かれるたびに、永禮がもっともっとカッコよくなりたいと、研鑽を積んでいた頃。

 先生に古地図を取ってくるように頼まれたので、資料室へと向かい、古地図を見つけ、教室へ戻ろうとした時だった。

 ふと、目に入ったのが、この恋愛カレンダーであった。

 壁にかけてあった古めかしい日めくりカレンダーを、どうして手に取ったのか。

 永禮はわからなかった。

 けれど、その恋愛カレンダーを手に取った瞬間。


 この異世界に飛ばされた。というわけである。


 その異世界で頼まれたこと。

 勇者になって魔王を倒してくれ、ではなく。

 日本でいう、ホスト、ホステスの職業に就いている従業員を、癒してほしい、だった。

 そして、その癒し方法が、先に挙げた女性が男性に対して胸がキュンキュンするシチュエーションを再現することであった。


 そうして、永禮は一日に一人の従業員に胸キュンシチュエーションを再現した。

 ノリノリだった。

 従業員がみんな、可愛かったのだ。

 ムキムキムッチョだろうが、仙人だろうが、ヤンキーだろうが、なんだか、とっても可愛かったのだ。

 とっても喜んでくれるし、とっても遣り甲斐を感じていた。

 

 キュンキュンさせる側だった自分が、キュンキュンすることで、また、キュンキュンしてもらいたいって思うようになった。

 従業員たちにそう言われた永禮は、がぜんやる気が出て、キュンキュンしてもらえるように頑張った。

 異世界の服装やメイク、所作、話し方などを従業員に教えてもらい、自分なりにアレンジをして、キュンキュンしてもらいたかった。


 これが本当の恋愛へと発展するわけでもなかったけれど。

 疑似恋愛のままだったけれど、それでいいと、永禮は思った。

 一時のキュンキュンで、人生に、たった一輪でも、それがとても小さな花だったとしても、添えられるなら、それだけでもう十分だった。



 二十九日。

 重複する胸キュンシチュエーションもあったけれど、従業員に喜んでもらい、また、別れを惜しまれた永禮は異世界を後にした。






「永禮。なんか、すんごい、肌が艶々してない?」

「ふふ。すんごく楽しかったからね」

「え?資料室ってそんなに楽しかったっけ?」

「うん。とっても」


 異世界では二十九日経っていたのだが、元の世界では時間が進んでいなかったようだ。

 資料室から古地図を持って出た永禮を教室で出迎えた友人は、ますますカッコよくなったよと笑って言った。

 まだまだカッコよくなるよ。

 永禮もまた、笑って言った。











(2024.2.15)


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セブンデイズチャレンジ 藤泉都理 @fujitori

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