バレンタインは突然に(物理)

石動 朔

もらえるなら変わった奴からだろう思っていたが

 まさか、こんな事があろうとは。


 中高男子校から今の今までバレンタインの日にチョコをもらってこなかった俺は、例如く居酒屋を二軒梯子し、ゴミ袋が溜まり始めた自宅に帰る途中だった。

 酔いが回った状態で川沿いの土手の道を風に煽られながら歩くと、体の温もりと涼しさが相まって心地が良い。


 すると突然、もーんとくぐもった耳鳴りを感じ、その場で立ち止まる。

 まいったな、今日は飲み過ぎたか...そう思っているとだんだんとその音が大きくなっていき、その耳鳴りが自分の脳から発信されているものではなく、上から聞こえてくる事に気づく。

 その時、ぱっと光が差し込み俺は目を晦ます。とてつもない風が上から吹き付け、俺は押しつぶされそうになりながらなんとか耐える。

 やがて風は収まり、目も光に慣れてきた。

 そこで目をゆっくり開けおそるおそる見上げてみると、そこにはUFOがあった。


 そう。UFOなんだ。あの円形の。


 呆気に取られていると、その中心から何かがゆっくりと落ちてくる。重力を無視したその動きは、CGを見ている様にぬるっとしたもので気味が悪い。

 俺はなんとなく、ラピュタが3Dアニメにリメイクされたらこんな感じで落ちてくるのかと場違いな事を考えて現実から逃避しようとしたが、目の前にある事実が変わる事はなかった。


 やがて俺の手に収まったそれは、チロルチョコの様な形をした茶色の塊だった。


 俺がそのブツを受け取ったのを確認したのか。そのUFOはまた地面に風邪を吹き付け、次の瞬間その場から消え去った。

 未だ情報処理が追いつかない俺は、とりあえず連れ去られなくて良かったと謎の安心感に浸った。しばらくそこに突っ立っていると、ひらひらと紙が落ちて来る。

 頭の上に見事着地した紙を見てみると、このような内容が書いてあった。


『ずっとあなたをみている。

 ちきゅうのものをつかってつくってみた。

 なるはやでめしあがって。

 (四文字の謎の記号)より』


 なるはやをどこで覚えたかは知らんが、幼稚園児が書いたような稚拙な文章には消し跡のようなものが無数にあり、頑張って書いたんだなと俺は思った。


 もしかして、もしかすると俺なんかのためにこの宇宙人は努力して手紙とチョコを作ってくれたというのかと、そう思うと何故か目頭が熱くなり、俺は空を仰いだ。


 ありがとう、宇宙人さん。


 包装もなく生で手に置かれたチョコを、俺は口に放る。


「...苦い」

 その味はまるでカカオ100%かというぐらい苦いものだったが、甘党ではない俺の口にはちょうど良い具合だった。



 俺の好みに合わせてくれたのかは、ホワイトデーの時に聞いてみよう。

 

 


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