ボタの色より濃い回想禄

生永祥

ボタの色より濃い回想録

「山はどうやって大きくなるの? 竹の子みたいに大きくなるの?」

「ははは。普通の山は伸びて大きくはならないけれど、あの山は特別だからね」

「特別?」

「そうだよ。あの山はボタが積み重なって出来た、ボタ山だからね」


 祖父が川の向こうにそびえ立つ山を見てそう呟く。木々が生い茂る緑色の小高い山を見つめる祖父の目が細くなった事に気がついた私は、何だか触れてはいけないものに触れた気がして、子供心ながらに緊張した。


 祖父から目を逸らすと私は、足元にある石に手を掛けた。そして石と石を合わせてカチカチと音を鳴らす。すると私の手遊びに気が付いた祖父が私に質問をした。


「あーちゃん、ボタは分かるかい?」

「ううん。わからない。ボタって何?」

「ボタは石炭の燃えカスの、くずのことなんだ。石炭は分かるかな?」


 首を横に二回振る私に、祖父は丁寧に答えた。


「石炭は黒いダイヤと言われていてね。昔はSLを走らせるエネルギー源だったんだよ」

「エネルギー?」

「あーちゃんはご飯を食べると元気になるよね。それがエネルギーだよ」

「うん。ご飯食べると元気が出る! でもお菓子の方がもっと元気が出る!」


 そう私が言うと祖父がふっと笑った。そして私が握りしめていた石に祖父は手を掛ける。私の手に重なった祖父の手は皺皺しわしわで、大きくて温かかった。


「石炭はね。この石より大きな形をしていて、固くて真っ黒なんだ。触るとすぐ手が黒くなる。昔の人は大変苦労して、沢山土の中を掘って石炭を手に入れたんだよ」


 語りの情報量の多さに頭がパンク寸前で、唸っている私に祖父が苦笑する。『あーちゃんには難しかったか』と呟く祖父に私は『分かるよ!』と嘘を付き、見栄を張る。


 そんな私の様子が面白かったのか、祖父は益々笑顔になって話を続けた。


「この川も昔は黒かったんだよ。石炭や石炭で汚れた身体を皆が洗ってね」

「この川が、黒かったの?」

「そうだよ。真っ黒でね。川に少し手を付けただけで、汚れが付くほど真っ黒だった」

「今はこんなに透明なのに?」

「そうなんだよ。当時はこの黒い川がずっと続くと思っていた。それが今ではこんなに透明に澄んでいる。……時の流れはすごいものだ」


 そう言って祖父は再度目を細めた。遠くを見つめる祖父が何だか私の知らない世界に行ってしまったような気がして、私は不安になった。

 

 両手に持っていた石を急いで足元に置くと、私は祖父の足元にぎゅっと抱きつき、祖父の顔を見上げてこう言った。


「おじいちゃん、おうちに帰ろう」


 突然の私の行動に驚いた祖父が目を開く。泣きそうになっている私に気が付いた祖父が、この上なく優しい声で私をなだめた。


「そうだね。おうちに帰ろう」

『あーちゃんの身体は石炭のようにほかほかだな』と祖父がそっと呟く。

「うん、あー、ね。ほかほか!」


 そして笑いながら、私は祖父と手を繋いで家へと歩いて帰った。



【完】

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