第2話 バレンタイン翌週

「あー、私はバレンタインに恋破れた悲しい女。繰り返します、私はバレンタインに恋破れた悲しい女」

 一体私は何が悲しくてこんな馬鹿な真似をしているんだろう?

 手にしているのはドラッグストアで買ってきた有名メーカーの板チョコレート、確かに美味しいけれどこんな物をバレンタインに渡すくらいなら、一個数十円のチョコレートの駄菓子でも渡した方がマシであろう事は三十過ぎていまだに独身の私にだって分かる。

「……私はバレンタインに恋破れた悲しい女。繰り返します、私はバレンタインに恋破れた悲しい女」

 壊れた再生機のように胡乱な台詞を吐き出しながら誰もいない往来を往復する。

 すると、先程まで誰もいなかったはずの背後から声をかけられた。

「……えーっと?リリー先輩?さすがにそれはドン引きするやつですよ……」

「シャルロッテー、やっと会えたー。いつまでこんな真似続けなきゃいけないのかと思ってた所なのー」

 振り返って声の主の姿、白とピンクを基調としたメイド風のエプロンドレスを身に纏った淫魔を確認したリリーは素行を崩して彼女に近づいた。リリーの目には若干の涙が浮かんでいるのを確認できるあたり、彼女のプライドからすれば先ほどの行為は結構ギリギリのラインだったのだろう。

「ところで先輩、そんな恥ずかしい真似までして私を呼び出した理由ってなんですか?」

「……単純にあなたの連絡先を知らないのと、先週この辺りで何人かの女性が行方不明になっててね、何か事情を知らないかって聞きにきたのよ」

 リリーが黒歴史になりかねない恥ずかしい真似をしていた理由は事件の調査であった。

 先週のバレンタイン当日、突如として発生した女性のみを対象とした行方不明事件。誘拐のような痕跡もなく、その場から消え去るような手口にリリーは魔法的なものを感じて調査に赴いたのだ。

「……やっば、手続き忘れてた」

「もう一度よく聞こえるように喋ってもらっても?」

 なにか思い当たる節があるのか小声で呟くシャルロッテにリリーが圧をかける。

「せ、先輩!弁解させてください!決して悪いことはしてませんから!家まで来ていただければ分かりますから!」

「しょうがないなぁ……」

 立場上調査の必要があるリリーは渋々ながらシャルロッテの家へと向かうのだった。


 思えばずいぶん遠くまで来た物だ。

 シャルロッテの家があるエリアは都市からかなり離れた場所だった。

「土地が安くないと広い家なんて建てられないですから」

 そんなことを口にする彼女の言う通り、その家は現代日本の感覚からすればかなり広い物だった。

「どうぞ先輩、靴を脱いでお上がりください」

 ずいぶんと日本文化に慣れ親しんだシャルロッテが促す通りに家に上がると、リリーの鼻が違和感を捉える。

「……カカオの香り?」

「さすが先輩、よく気づきましたね。さあ、手を洗ってからこちらへどうぞ」

 誘われるままシャルロッテが案内する部屋へと向かう。

 扉を開けたリリーが目にしたのは、十数人の年頃の女性が一心不乱に菓子作りに励む光景だった。

「……なにこれ?」

 訳がわからないといった様子で説明を求めるリリー。

「バレンタインで自作したお菓子に後悔した子達を集めた料理教室です。希望者には夜伽のレッスンもありますよ」

「あー……うん、後で報告書と申請あげといてね?」

 事件性のある内容でなくて良かったとリリーは一息つく、誘拐騒ぎが起きてる時点で問題ではあるのだけれどこの程度なら事後申請でも何とかなるだろう。

 それにしても“男を堕とすなら胃袋から”を標榜するシャルロッテが料理を教え、さらにはサキュバス仕込みのテクニックまで……彼女らに狙いをつけられた男達が少しかわいそうな気もしてきた。

「ところで貴方のメリットは?慈善事業じゃないんでしょ?」

「人間のまま眷属にして精気を少しずつ頂いてます」

 ……彼女らに襲われる予定の男達の行く末が少し不安になった。


 一通りの視察も終わったのでシャルロッテの家を後にするリリー。

 敷地の外で別れを告げようと振り返ると、ふと看板が目に入った。

“Charlie's Chocolate Dojo”

「大丈夫?これ怒られない?」

「……何がですか?」

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アンハッピーバレンタイン 白銀スーニャ @sunya_ag2s

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