アンハッピーバレンタイン

白銀スーニャ

第1話 バレンタイン当日・夜

「……なにがハッピーバレンタインよ」

 今にも零れ落ちそうな涙を愚痴に変えて夜道を一人歩く。

 肩から下げたかばんの奥底にあるのはしわくちゃになったラッピングに包まれたチョコレート。

 あと少し、私に勇気があったなら。

 あと少し、私に運気があったなら。

 あと少し……

「その願い、私が叶えて差し上げましょう」

 背後から聞こえた怪しげな声に振り向くと、そこには。

「……コスプレ痴女?」

「失礼な!恋のキューピッドですよ!」

 そう訂正する彼女の身体から生えてるのは羽と、尻尾と、角だった。

「どちらかというと淫魔でしょ」

「恋愛成就という意味では大差ありません!」

 どう見ても淫魔な彼女は自信満々にそんな事を言う。

 男を襲って食い散らかすのを恋愛成就とは言わなくない?

 などとどうでもいいことを考えていると眼の前にチョコレートを差し出された。

「ハッピーバレンタイン。このチョコレートはお近づきの印です」

「あ、ありがとうございます」

 自信満々に差し出されたそれをつい受け取ってしまう。

 今すぐ食べてと言わんばかりに包装紙に軽く包まれたそれを口に入れる。

 それが彼女の仕掛けた罠だと知らずに。

「……おいしい」

「もう一つ、いかがですか?」

 物足りないと思った所に絶妙なタイミングで差し出されるそれを迷うことなく口に放り込む。

 溶ける、溶けていく。

 口に放り込んだチョコレートは濃厚な甘い香りとともに全身へと巡っていく。

 溶ける、溶けていく。

 私の中を駆け巡る甘い香りが、心地よい快感となって返ってくる。

 溶ける、溶けていく。

 甘い香りと快感が、私の脳を、心を溶かしていく。

 溶ける、溶けていく。

 チョコレートが溶けているのか、それとも私が溶けているのか、もうわからない。

 溶けて、蕩けて、堕ちていく。

「時間はたっぷりあります。この続きは私の家で楽しみましょう?」

「……はぁい♡」

 抱き合うようにして二人の姿が消える。

 あとに残ったのは苦い苦いチョコレート。


 その夜、幾人かの女性が行方不明になったとのニュースが流れた。

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