外来≪コン≫思想≪プラ≫

渡貫とゐち

追放者は別の世界でも王となる


 ……王は追放された。


 コンプライアンスという外来思想によって、国全体の意識が変わってしまったのだ。

 これまで当たり前だったものは悪とされ、瓦解していく……過去に許されたことが今ではもう許されなくなってしまったのだ。

 これまで散々、前時代の無茶苦茶を傍受しておきながら、大勢が変われば大半が勝馬に乗る。コンプライアンスによって最も不利益を被ったのは、誰でもない、この国の王だった――。


 可愛がりという横暴が許されなくなった。


 その横暴とされることは、二十年以上も前から続いていたことだったし、それを咎めてくる国民はいなかった。

 嫌だったけど嫌だと言えなかったのかもしれないが……、しかし、指摘された意見を無下にする王ではなかった。


 寄り添って聞いてくれたはずだ。

 王の側近が国民の不満を上から押さえつけていたのかもしれないが、それで王が批判を浴びるのは、同情されてもいいだろう……、下の者の不手際は上が責任を取るとは言えだ。


 国を作り、発展させたのも王だった――。


 その功績を持ってしても、今回の事件は王の存続で解決はしなかった。



 王は国の外へ。

 首を刎ねられないだけまだマシかもしれないが……。


 後から聞いた話だが、後任を務めたのは、女性だった――女王の誕生だった。



「……どうするかね……」


 追放された元国王は、最低限の持ち物だけを背負って近隣の森に足を踏み入れていた。追放されたとは言え罪人ではない。コンプライアンス違反である王を、受け入れることができない国民が、王に選ばせたのだ……――王を引退し、一般人に戻るか。

 それとも国を捨て、出ていくか――。


 王が国を捨てたと言うよりは、選択肢を与えながらも彼のプライドの高さに期待し、国が王を切り捨てたようなものだ。


 結果、王は国を捨てた。


 今更、一般人に戻り、大衆の中で生活することはできなかった……なにより、コンプライアンスという外来思想に染まった国は、もう自分がよく知る祖国でない。

 良し悪しは置いておくが、変わってしまった祖国で窮屈な思いをしながら生きるくらいなら、国を捨て、新しい生活を模索した方がマシだ。

 これまでのような満足な生活はできないかもしれないが、外来思想に飲まれるよりは気が楽である。


 顔見知りがいる他国へ向かうつもりだった。

 森を抜け、山を越えれば――――しかし自分の国がああなったのだ……であれば、他国も当然ながらコンプライアンスに支配されているのではないか……?


 一部の人間しか得をしていないような表現の制限。規制に規制を重ねて……もちろん、総じて悪いわけではない。

 規制した方がいい悪習もあったのだから……。だが、一部の悪習を制限するつもりが、悪習に付随する全てがまとめて規制されてしまったようなものだった。


 発展の一因に蓋をしてしまった国は、これ以上の進展はないだろう。

 制限された中で生まれるものもあるかもしれないが、気をつけなければ新しく生まれたものも規制の対象になってしまう。

 そうなればせっかく生まれた文化も弾ける前に衰退していく……、全員が互いに気を遣うことで、仲間であるのに距離ができ、競合が生まれない――少数派を守ることは大切だ……だが。


 少数派の声を聞き過ぎて、多数にがまんを強いらせるのは、争いを生むだけなのではないか……。


 争いがコンプライアンス違反と言うのであれば、マイルドに、しかし悪質になった「争いとは言わないように表面だけを取り繕った」『音のない戦争』が水面下で繰り広げられているのではないか。

 誰が見ても分かりやすい喧嘩をしてくれていれば止めやすいが、止める人間にばれないようにおこなう喧嘩は、もちろん、誰にも止められない。


 進行していくだけだ。


 見えない国の『癌』が、増え続け、成長していくように――――。



「王様!」


「ん?」


 王のあとをつけていた青年がいた。

 着いてきていたのは彼だけではない。もっと多く――森の木々に隠れ、あちこちに人影があった。国の大衆が、追放された王を追いかけてきたのだ。


「……引き留めてくれるのか? でも無理だぞ……あの国はもうダメだ。外来思想に飲み込まれて、完全に乗っ取られたんだ……。俺の意見は効力を持たないし、仮に媚びて戻っても、生きづらいだけだ」


「はい、分かっています……我々も同じ意見ですから」


「? なら、どうして……――いや、まさかお前たちも、国を捨ててきたのか……?」


「はい。国王がいるあの国が好きだったんです。

 ……国王がいないなら、こだわる場所ではありません」


 祖国のはずだ。

 生まれ故郷と言っていい……それを、あっさりと捨てることができるなんて……。


 それだけ、外来思想に飲まれた祖国は、がらりと雰囲気を変え、生きづらくなったのだ。


「気持ちは、嬉しいが……だが、これからどうする。知り合いの国へ転がり込むつもりではあったが、さすがにこの人数は――――ついてきた者はどれだけいる?」


「過半数です」


「……転がり込むには人数が多過ぎるな」


 知り合いとは言え、さすがに迷惑になる人数だ。

 一気に人口が増えても困るだろう……、知り合いの知り合いにも協力してもらい、大人数を分散させるか? だが、繰り返しになるが、コンプライアンスに支配された国であれば同じことだ。支配の度合は、見てみないことには分からないが……似たようなものだろう。


 表現に規制が入った国は、手足が伸びない狭い部屋のようなものだ。慣れてしまえばどうってことないかもしれないが、自分の人生だ。

 それが嫌だから、祖国を捨てたのだから……。


 妥協はしたくない。


「王様――提案があるのですが」

「なんだ」


「この森のどこかに、妖精の国があったはずです……。その国は当然ですが、コンプライアンスには染まってはいません……。入口もおおやけにはなっていませんからね」

 入るには偶然に頼るしかない国だった。

「外来思想に染まってはいませんが、それゆえに発展途上『以前』の国とも言えます。なにもありません……、生まれたばかりの国と言っても差支えありませんが、妖精たちが怠惰だったことで数百年の歴史が空っぽなのです。……交渉してみませんか?」


「だが、妖精は変化を拒むのではないか?」


「言ってみないと分かりませんし、妖精も新世代が生まれてきているはずです。前時代の意見が今もまだ浸透しているとは言い切れません――」


「……ふむ、確かにな。コンプライアンスに支配されず、独自の文化も栄えていない……まだなにも発展していない真っ白な国であれば、コンプライアンス前の俺たちの国を再現することもできるかもしれない、か――」


 ただ、コンプライアンスにも学ぶところはあった。


 それを取り入れ、アップデートする…………。


「王を作る必要も、ないのかもしれないな……」

「いや、それは……」


「ひとりである必要はないだろう……数人、十数人でもいい、リーダー格を作ればいい。たったひとりが武力と権力を持つのはなしだ――――交渉が成立すれば、妖精たちとの兼ね合いもあるだろうし……追々、決めればいい」


「そう、ですね……」


「して、妖精の国はどこにある?」



 その後、妖精の国を偶然発見できた王たちは、妖精に交渉する――「合併? お好きにどうぞー」という怠惰な妖精たちの「本当にいいの?」と心配になるような許可を得てから、妖精の国を発展させていった。

 祖国を真似するように……だが悪かったところは修正を加えながら。

 妖精たちと協力をしながら、ぐんぐんと成長していった妖精の国はやがて、コンプライアンスに染まった国を追い抜いていった。

 今ではコンプライアンスにうんざりした他国の国民が、妖精の国へ移住を決めるほどだ。


 コンプライアンスに染まった国々は…………気が付けばその数を減らしていた。外来思想が消えてなくなったのではなく、国自体が、なくなっていったのだ……。


 思想の蔓延の末、人がいなくなり、国が消えるというのは…………歴史上、初である。


 ――コンプライアンスを求める者は少数である。

 必然、国に残留する者も少なくなるのが当然で――その者たちも、周囲の流れに乗って国を捨てれば、人はいなくなる。


 コンプライアンスを支持する者は、しっかりとした芯を持っているわけではなかったのだ。


 ……周りに流されて。

 だから、コンプライアンスに流されて…………。



 顔も名前も知らない、誰の意見かも分からない……、

 それでもある思想を信じる者が少数でもいれば、思想は力を持ってしまうものなのだった。



 …了

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