第49話 これからも
「本当疲れた。ねえ」
そう言いながら、ヘリオスがマルセルの肩に腕を回す。疲れたと言いながらも、その表情は明るい。
そしてなにより、酒臭い。
「飲み過ぎだぞ、ヘリオス」
「マルセルだって同じくらい飲んでたでしょ」
「馬鹿を言うな。お前の半分も飲んでない」
そう? と首を傾げながらヘリオスは口を開けて笑った。どうやら、今日のパーティーをかなり楽しんだらしい。
馬車の窓から外を眺める。もうかなり遅い時間だが、満月のおかげで外は明るい。
「そうだ。勝ったんだから、ちゃんとリベルタにご褒美をあげなよ」
「言われなくてもそのつもりだ。何が欲しい?」
リベルタに視線を向けると、戸惑ったような表情を浮かべた。
「えーっと、もうお腹はいっぱいですし、そうですね……」
「相変わらず無欲だね、君は」
ヘリオスが笑いながら言うと、そうですかね、とリベルタは困ったようにシャルルを見てきた。
あまりリベルタをからかうな、とヘリオスを目で制するものの、酔っ払いに効果はない。
マルセルと目を合わせ、同じタイミングで苦笑する。なんやかんや、昔からヘリオスには振り回されてばかりなのだ。
◆
「おかえりなさい」
馬車を下りると、ヒューがすぐ迎えにきてくれた。もう夜も遅いのに、珍しいことだ。仕事がない限り、ヒューは基本的に早寝早起きの規則正しい生活をしているから。
「なにかあったのか?」
「隊長たちを待ってたんですよ」
ヒューはそう言ってにっこりと笑うと、さあこちらへ、と言って歩き出した。よく分からないまま、とりあえずヒューの後ろをついていく。
たどり着いたのは食堂だった。一般の隊員たちはよく利用する場所だが、隊長級の隊員は滅多に足を踏み入れない場だ。
しかし、見慣れないとはいえ、食堂がいつもと違うことくらいは分かる。
「……これは?」
食堂のあちこちに花が飾られ、長テーブルの上には料理と酒が並んでいる。既にお楽しみの隊員も多く、食堂には賑やかな空気が満ちていた。
「パーティーです。私たちは陛下から招待されませんでしたからね。私たちなりに、パーティーをやってたんですよ」
「聞いてないぞ」
「ええ、言ってませんから」
ヒューは得意げに笑った。まるで、いつも迷惑をかけられている仕返しだと言わんばかりの態度である。
「珍しいな、お前がこういうことをするのは」
ヒューは貴族だ。もちろんパーティーには慣れている。しかし、仲間内の派手な宴はあまり好きではないはずだ。
「たまにはいいでしょう。それに、堅苦しい宮殿のパーティーで疲れるだろうと思ったんですよ。息抜きがてら、参加されますか?」
改めて観察すると、食堂には身分問わずほとんどの隊員たちがいる。身分差のせいでちょっとした壁があるとはいえ、酒の力は壁を低くしてくれるものだ。
「もちろんだ。お前たちもだろう?」
振り返ると、三人は笑顔で頷いた。ヘリオスは目ざとくアレクを見つけ、早速絡みにいっている。
「隊長、何を飲みます?」
「なにがあるんだ?」
「ビールしかありません」
「だったら最初から聞くな」
すいません、と笑いながらヒューが差し出してきたグラスには、ビールがなみなみと注がれていた。
シャルルがそれを受け取ると、少しだけ気まずそうな表情を浮かべながら、ヒューがリベルタを見つめる。
「君も飲むでしょう?」
相変わらず、ヒューはリベルタを危険視していて、苦手意識を抱いている。そんなヒューが、わざわざリベルタに声をかけたのだ。
「はい、ぜひ!」
リベルタの声は大きくて、食堂中に響いた。それを見て、他の隊員たちが大笑いする。既に酔っ払った者が多いせいだろう。
◆
食堂での宴が終わったのは明け方だった。酔っ払ったシャルルを寝室に運んでくれたのは、もちろんリベルタである。
「……悪いな。怪我をしているというのに」
「いえ。これくらい、たいしたことないですから」
シャルルをベッドにそっとおいて、リベルタはにっこりと笑った。
「俺も、ちょっと酔っちゃったかもしれません。ソファーでいいので、ここで寝てもいいですか?」
そう言ったリベルタの声はあまりにもいつも通りで、言葉の真偽を確かめる必要すらなかった。
そしてもちろん、断る理由だってない。
「ああ」
嬉しそうに笑ったリベルタの頬に手を伸ばす。いつも通りに見えたが、酒の影響か少し温かい。
「なあ、リベルタ」
「はい」
「俺は、ここが好きなんだ」
第一王子に対抗するために、自由に動かせる人員を確保する。それが、特務警察部隊を設立した理由だ。
でも活動を続けるうちに、事件を解決することも、隊員たちと過ごす時間のことも好きになっていった。
「俺だってそうですよ。生まれて初めてできた、大切な居場所ですから」
「ああ。だから、俺はここを守りたい」
素直な気持ちが口からあふれるのは、きっと酔っているからだろう。もしくは、酔ってしまいたいからだ。
「分かってます。でも、俺にとって一番大事なのはシャルル様なので。もしもの時は、本当に攫ってしまいますからね」
頷く代わりに、シャルルは目を閉じた。急に睡魔が押し寄せてきて、瞼を持ち上げることすらできない。
目を覚ましたらきっと、またいつも通りの日常が始まる。
「おやすみなさい、シャルル様」
薄れゆく意識の中、リベルタの声が聞こえた。目を開けなくても、リベルタがどんな顔で笑っているかが分かる。
朝も、きっと同じ笑顔で起こしてくれるのだろう。
出逢ったのは最近だ。でももう、リベルタのいない生活なんて考えられない。
だからこれからも、リベルタと共に生きていきたい。
明日、ちゃんとそう伝えてやろう。そう決めるのと同時に、シャルルは意識を手放したのだった。
エポワール国特務警察部隊~第二王子は今日も華麗に事件を解決する〜 八星 こはく @kohaku__08
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