第48話 もし

「さすがに大袈裟すぎると思うんですけど、これ」


 右腕に巻いた包帯を見て、リベルタは苦笑した。


「だったら、早く傷を治せ。外してやるから」


 はい、と返事をして、リベルタは周囲に視線を向けた。おそらく腹が減ったのだろう。


「なにか食べるか?」


 シャルルがそう問いかけた瞬間、リベルタは瞳を輝かせた。頷いて、シャルルは料理の並んだテーブルへ向かう。


「食べたい物があったら、給仕係に伝えるんだ。皿にのせてくれるから」

「はい」


 どれにしようかな、と言いながら料理を真剣な目で眺めるリベルタがいつも通りでほっとする。

 リベルタに向けられている無数の視線も、彼はあまり気にならないようだ。


 決闘が終わると、通常通りのパーティーに戻った。酒や料理を楽しみつつ、招待客は楽しそうに談笑している。

 ……というのは見せかけで、大半の客は少しでも身分が高い相手と親しくなろうと必死だ。


 プルグスは決闘に負けたことが気に入らないらしく、先程から執拗に睨んでくる。


 本当に疲れる場所だな、ここは。


 がっつり食事をする気にはなれず、軽めの料理をいくつか頼む。シャルル様、と名前を呼ばれて振り向くと、肉料理を皿いっぱいにのせたリベルタと目が合った。


「リベルタ」

「はい?」

「あっちで食べないか。ここは人が多いから」


 中庭を指差すと、リベルタはすぐに頷いた。リベルタを連れて、そっと広間から抜け出す。


 中庭の端には四阿がある。落ち着いて話をするにはぴったりの場所だ。もちろん、長々と広間から姿を消すわけにはいかないが。


「さっきは大変だっただろう、リベルタ」

「まあ……あんな風に見られながら戦うのは初めてでしたから。訓練の時とは全く違いました。なんていうか……上手く説明はできないんですけど」


 訓練中も、人前で戦うことはある。けれどパーティー中に見世物として戦うのとは別物だろう。


「相手の男は強かっただろう?」

「はい。すごい力でしたし。それに、戦いとはいっても、相手を殺すのはだめだろうし、どんな風にやるべきかも、ちょっと迷って」


 そう言うと、リベルタはステーキを一口食べた。


「なんだか大変ですね、貴族とか、王族とかって」


 リベルタの素直な感想に、自然と笑みがこぼれる。本当にその通りだ。恵まれた立場であることはもちろん自覚しているが、厄介なことこの上ない。


「あの人……第一王子は、ずっとシャルル様を睨んでいますし」

「あいつにとって、俺は最も疎ましい存在だろうからな」


 兄弟といっても異母兄だ。親しく話したことなんて生まれて一度もない。物心ついた時から常に敵視されてきたし、敵視してきた。


「シャルル様は、王様になりたいんですか?」

「……そんな質問、お前しかしないぞ」

「え、そうなんですか?」

「そういうことは、なかなか口にしないものなんだ」

「そうなんですね。あの、じゃあ、すいません」


 頭を下げたリベルタの肩を軽く叩く。子供みたいに思いついた質問をそのまま口にしたのだと思うと、その無邪気さを愛おしく感じた。


 やっぱり、リベルタといると気が緩むな。


「気にするな。お前になら、聞かれても困らないから」


 そうですか、と答えたリベルタは嬉しそうだ。


「俺は王になりたい。あいつに負けたくないし、やるべきこともある。それに……」

「それに?」

「負ければ、俺は生きていけないだろうな。あいつが王位につけば、真っ先にやるのは俺を殺すことだろうから」


 プルグスが王位についたとしても、その瞬間にシャルル派の勢力が消えるわけではない。シャルルが生きている限り、虎視眈々とシャルルを王位に据えることを狙う。

 その状況は、当然ながらプルグスにとって居心地がいいものじゃない。


 新王が、不仲だった兄弟や親戚を殺した事例は過去にいくらでもある。追放や投獄の例なら、それ以上に存在しているだろう。

 王家とはそういうものだ。


「じゃあ、もしシャルル様が王になれなかったら、俺がシャルル様を攫います」

「……攫う?」

「それで、あの人の手が届かないくらい、遠くにいくんです。この国も出て、世界中のいろんなところを旅して、美味しいものをたくさん食べましょう」


 目を閉じて、言われたことを想像してみる。立場を放り出して、リベルタと二人でこの世界を旅する未来を。


 きっとリベルタはいつも笑顔で、シャルルのことを大切に扱ってくれるだろう。


「それも、悪くないかもしれないな」


 シャルルの返事に、リベルタは満面の笑みを浮かべた。


「はい。だから大丈夫です。王になれてもなれなくても、シャルル様には楽しいことしかありませんよ」


 ね、とリベルタが顔をぐっと近づけてきた。


「そうだな。……そろそろ部屋に戻るぞ」


 このままリベルタと二人で話していたいが、そういうわけにもいかない。今のシャルルには、王子という立場がある。


「はい」


 笑いながら、リベルタが隣を歩く。彼の気配を近くに感じるだけで、胸の奥が温かくなった。


 やっぱり俺は、こいつを失いたくない。


 もし……もしこの先、なにかがあって、リベルタを殺さなければならないようなことになったら。

 その時はいっそ、こいつを攫って、どこか遠くに行ってしまおうか。

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