第47話 決闘
リベルタと第一王子の従者による決闘は、小広間に面した中庭で開催されることになった。
この中庭は何度も決闘に使われてきた場所で、中央あたりに湖に囲まれた小さな島がある。
島へ行く手段は橋しかなく、決闘が始まれば終わるまで島からは逃げられない決まりだ。
「悪いな、急にこんなことになって」
着替えを終えたリベルタに声をかける。パーティー用の衣装では動きにくいということで、決闘用の衣服を貸してもらったのだ。
「いえ、大丈夫です。ご飯を食べられなかったのは、ちょっと残念ですけど」
「終わってから食べればいい。それに、足りなければ好きな料理を好きなだけ用意してやろう」
シャルルがそう言うと、本当ですか、とリベルタは笑顔になった。食べ物くらいでここまで喜んでくれるのなら、安いものだ。
「そろそろ、相手側も出てくるだろうが……」
シャルルがそう言った瞬間、控えの間からプルグスとその従者が出てきた。従者はかなりの大男で、筋骨隆々である。
しかも重たそうな鎧をきていて、手には大きな戦斧を持っている。
「……リベルタ」
「大丈夫です。まあ、力はちょっと強そうですけど」
ちょっとどころじゃないだろ、と言いたくなったが、言ったところでどうにもならない。
目が合うと、プルグスは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
おそらく、シャルルがエクシティウムの生き残りであるリベルタを手に入れたと聞いて用意した男なのだろう。
今まで、プルグスがあんな大男を連れているのは見たことがないから。
「応援しててください。俺、勝ちますから」
微笑んで、リベルタが橋を渡っていく。見送ることしかできずにいると、いつの間にかプルグスが隣にきていた。
「そんなに不安か? まあ、無理もない。どちらが勝つかくらい、子供にだって分かるだろう」
勝ち誇ったように言うと、プルグスはすぐに国王のところへ向かった。慌てて、シャルルもその後ろをついていく。
決闘を見る時、国王には定位置がある。決闘場所の正面に設置された椅子に座るのだ。
ほとんどの招待客は立ち見だが、国王の左右に一つずつ椅子がある。
「二人とも、座るといい」
ワインがたっぷりと入ったグラスを片手に持った王が、上機嫌そうに言った。ありがとうございます、と同時に礼をいい、シャルルはプルグスと同時に椅子に座る。
国王が右手を上げると、傍に控えていた従者がベルを鳴らす。決闘開始の合図だ。
耳を塞ぎたくなるような唸り声をあげながら、大男がリベルタに向かって突進する。振り下ろされた戦斧をリベルタが難なくかわすと、地面が大きくえぐれた。
素早さでは勝っているが、あまりにも相手の力が強すぎる。
決闘が終わる条件は、どちらかが負けを認めるか、国王が続行不可能と判断した時のみ。
降参を恥と考え、国王の前の決闘で怪我をする者は多い。
リベルタはきっと、国王の前だからと見栄を張ることはないだろう。でもあいつは、俺に勝つと宣言した。その誓いを守ろうとはするはずだ。
心がざわつく。離れて見ていることしかできないというのは落ち着かない。
「ずいぶん、あいつが気に入っているみたいだな」
「……兄上は、よほどあの従者に関心がないようですね」
「勝てるかどうかには関心がある。そのために雇った男だ」
シャルルを見て、プルグスは軽く笑った。
こいつ、まさかリベルタを傷つけることが狙いなのか?
プルグスは従者の男を何とも思っていない。国王の前で決闘をしている以上、もちろん勝たせたいはずだが、同時にリベルタを傷つけたいとも思っているのではないだろうか。
そうすれば、シャルルを苦しめられると知っているから。
本当に、最低な奴だ。
心の中で舌打ちをし、真っ直ぐにリベルタたちを見つめる。
大男が大振りな攻撃を繰り返し、リベルタが軽々とかわし続ける……という状況は変わっていない。
もしこの状況が続けば、体力が尽きた方の負けだ。
「リベルタ!」
思わず立ち上がって、シャルルはリベルタの名を叫んでいた。黙って座っているのはどうにも性に合わない。
その瞬間、リベルタが自ら大男に向かっていった。今までは防戦一方だったリベルタの動きに、招待客たちもざわつく。
リベルタは大男の目に向かって、勢いよく剣を突きつけた。相手も動いていたというのに、寸分の狂いもなく、剣は男の右目に突き刺さっている。
大男は悲鳴を上げながらも、戦斧をリベルタに振り下ろす。リベルタはかわしたが、戦斧がリベルタの右腕をかすめた。
相手の目に剣を突き刺した状態では、思うように身動きがとれないのだ。
大男はなんとか目に刺さった剣を抜こうとするが、そこはリベルタが譲らない。そしてリベルタが剣の角度を少し変えると、大男は観客の鼓膜を破りそうなほどの声で叫んだ。
「そこまで!」
国王が叫び、再びベルが鳴る。リベルタは剣を抜いてあっさり大男から離れ、橋を渡ってこちらへ戻ってきた。
しかし大男は目元を抑え、その場にうずくまっている。
「医者を手配してやれ」
国王がそう言うと、控えていた従者たちが慌てて大男に駆け寄っていった。
「やはり戦闘民族の血は伊達じゃないな」
満足そうに言った国王に対し、プルグスが不満げな声をもらす。
「ですが目を狙うとは、なんとまあ……。もう少し美しい戦い方を期待していたというのに」
戦斧を振るう大男を用意しておいて、この言い草である。
「シャルル様」
褒めて、という顔でリベルタが見つめてくる。もちろんそのつもりだ。しかし、先にやるべきことがある。
「まずは怪我の手当だ、リベルタ」
「え? これくらい、たいした傷じゃないですよ」
確かに、リベルタの右腕につけられた傷は浅い。放っておいても、少しすれば血は止まるだろう。
だが……。
「俺が心配なんだ。行くぞ」
リベルタの手をとり、国王にそっと礼をする。慌てて同じように頭を下げたリベルタを連れて、シャルルは歩き出した。
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