第46話 王の提案

 宮殿の前で馬車から下り、案内に従って広間へと向かう。今回、パーティーの会場となっているのは大広間ではなく、少し狭い小広間である。

 もちろん小広間といってもかなりの広さだ。


 入場は身分が低い者から、という暗黙のルールがある。シャルルたちが会場へ到着した時には、既に多くの招待客がきていた。

 いずれも国王や第一王子の親族・友人ばかりで、見知った顔が多い。


「……美味しそう」


 隣を歩くリベルタが、ぼそっと呟いた。広間の中央にあるテーブルには、豪華絢爛な料理が並べられている。

 参加者が多いため、今日のパーティーは立食式なのだ。


「まだ駄目だぞ。食事は乾杯の後だ」

「はい」


 今日までの間、リベルタには一通りテーブルマナーを教えた。まだ完璧とは言えないが、それなりにはなったはずだ。


 それに、着飾ったこいつには華がある。


 不気味だと言われていたという白髪も、知識がある貴族の間では違った意味を持つ。戦闘民族・エクシティウムの生き残りの証拠だと、誰もが分かるだろう。


 それに、シャルルがエクシティウムの生き残りを入隊させた、という話はとっくに広まっている。

 おかげでかなり注目されているが、リベルタは他人の視線はあまり気にならないようだ。


 あからさまにシャルルたちを睨んでくるのは、主に第一王子派の者たちである。親しい者ばかり招待されるだけに、派閥がはっきりとしている者が多い。


 壁際に寄り、残りの客がくるのを待つ。この後は第一王子がやってくれば、国王が入ってきてパーティーが始まる流れだ。


 少しすると、扉がゆっくりと開き、盛大な拍手の音が部屋中に響いた。どうやら事前に身内に指示を出し、拍手で迎えるように伝えていたらしい。


 相変わらず、くだらないことをする男だ。


 入ってきたのはもちろん、第一王子・プルグスである。深緑色の髪に翡翠色の瞳を持つ青年で悪くない顔立ちをしているが、シャルルとは雲泥の差……というのはもちろん、シャルルの意見だ。


「久しぶりだな、シャルル」


 取り巻きに囲まれていたプルグスが一歩前に出て、微笑みながら右手を差し出す。いくら不仲が公然の事実であっても、互いを無視するわけにはいかない。


「ええ、久しぶりですね、兄上」


 笑いながら手を握り返すと、ぎゅ、と強い力を込められた。子供のような嫌がらせだが、もちろんシャルルも同じことをやり返す。


「相変わらず派手な服だな」

「そうですか? 兄上こそ、服くらい派手にしてもいいと思いますけど」


 無言で睨み合う。目を逸らすのは負けだと思っているのはお互い様なのだろう。結局、国王が入ってくるまで睨み合いは続いた。


「シャルル」


 名前を呼ばれ、慌てて頭を下げる。すぐに顔を上げろ、と明るい声で言われた。


 深緑色の髪に、赤い瞳。立派な体躯を持つ国王だ。


「お久しぶりです、陛下」

「ああ。お前の活躍はよく耳にするぞ」


 大きく口を開け、国王は豪快に笑った。それを見ただけで、プルグスは嫌そうな顔をする。


「そいつが、エクシティウムの生き残りか?」


 リベルタに一瞬だけ視線を向け、国王はそう言った。


「はい。今日は陛下にご紹介したくて連れてきました」

「ほう。本当に髪が真っ白だな」


 国王はじろじろとリベルタの髪を見つめたが、不気味がっている様子はない。むしろ、気になって仕方がないのだろう。


 父上は武人としても有名なお方。そんな父上が、エクシティウムの生き残りに興味を示さないはずがないからな。


 視界の端に、つまらなそうな表情をしたプルグスが映る。

 勝ち誇ったような気持ちになっていると、国王が思いもよらないことを口にした。


「一度、彼が戦うところを見てみたいものだ。どうだ、ここで一試合するというのは?」


 国王はたまに、腕のいい兵士を集めて一対一の試合を行わせる。それを余興として楽しむのだ。

 国王に実力を示せる上に勝てば褒美をもらえるため、兵士たちにとってはありがたい機会である。


 しかし、パーティー会場でいきなり言い出すとは思わなかった。


「彼の相手をしたい者はいないのか?」


 リベルタは慌てたような顔になったが、もちろん国王は全く気にしない。


「いないなら……」


 国王がマルセルへ視線を向けたところで、はい、とプルグスが手をあげた。広間にいた全員の視線がプルグスに集中する。


「陛下。私の従者を推薦してもよろしいでしょうか?」


 言いながら、プルグスは挑発的な視線をシャルルへ送った。


「ああ。構わん。シャルルもそれでいいな?」


 ちら、とリベルタの目を見る。口だけで「いけるか?」と聞けば、リベルタはすぐに頷いてくれた。


 相手がエクシティウムの生き残りだと知ってあの自信なのは心配だが、断るわけにもいかないからな。


「もちろんです、陛下。エクシティウムの強さを、ぜひ披露したいと思っていましたから」

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