私のバレンタインデー作戦

靴屋

私のバレンタインデー作戦

娘:20代前半。ミレディアと呼ばれる。

母:40代後半。母さんと呼ばれる。



娘:ねぇ、母さん。洗い物中にごめんね。

母:どうしたの、ミレディア?

娘:今日みたいな日にさ、母さんは父さんと「バレンタインデー」を祝ったこと、あるの?

母:あるわよ? どうしたの、急に。

娘:いや、私も祝ってみたいの、バレンタインデー。今までバレンタインデーとか、そんなこと、忙しかったりで、できたことなんてなかったから。

母:(間をおいて)そうね。今日も久しぶりに帰ってきたものね。いいんじゃない?

娘:うん。で、母さんは、父さんにどんなバレンタインデーを贈ったの? やっぱり、手短にメッセージカード?

母:そうね、昔の私は恐れ知らずな性格だったから、自分から父さんをディナーに誘ったりしたわね。

娘:え、母さんが父さんをディナーに?

母:そう。昔の話よ? でも、当時の父さんはお堅い人だったから。

娘:あまり、そういうディナーとか、好きじゃなかったんじゃない?

母:そうなのよ。ちっとも、取り合ってもくれなかったわ。「僕はそういうのはちょっと」とか何とか言って。

娘:ふふ。でも、母さんも母さんだったんでしょ? どうせ、それくらいのことじゃ諦めないんじゃない?

母:当たり前でしょ? 「それじゃあ、夜景でも見に行かない?」って、さらに迫ったわ。

娘:で、どうだったの?

母:それが、夜景は大成功。私はあまり楽しくなかったんだけど、父さんははしゃいでいたわね。本当はもっと王道なところに行きたかったんだけど。

娘:父さんは子どもっぽいところがあるからね。公園とかでも、十分楽しめたんじゃない?

母:そうね。確かに、公園の紅葉を見て「あれはカエデと言って」とか、ひけらかしてたわね。

娘:でも、そっか。父さん、夜景が好きなのか。どうしよう。

母:えー、ミレディアの好きなバレンタインデーを贈ってあげればいいんじゃない? 別に夜景一つに狙いを定めなくたっていいのよ?

娘:景色にこだわらなくても、父さん、喜んでくれるかな。

母:喜んでくれるわよ。自分の娘のバレンタインデーを喜ばない父親がいるわけがないでしょ? 絶対に大丈夫よ。

娘:(間をおいて)そうだね。そうだよね。

母:ところで、ミレディアはどんなバレンタインデーを考えてるの? 私に協力できることがあれば手伝うわよ? 一世一代。

娘:大袈裟だよ、母さん。ただのバレンタインデーだよ?

母:何を言ってるの、娘が父さんにバレンタインデーを贈るのよ? それも、初めてのバレンタインデー! ってなったら、思い出に残るものにしたいじゃない?

娘:(間をおいて)ありがとう、母さん。

母:どういたしまして。それで、どうするの? 何か夜景に代わるいい案は浮かんだ?

娘:うん。今、私が考えてるのは「日本」っていう極東の国で「文化的に流行してるバレンタインデーの形」なんだけど。

母:あー、もしかして、想っている人にチョコレートを贈る、っていうアレ?

娘:そう、多分それ。父さん、甘いもの好きだったような気がしてたから、これならいいんじゃないかなーって思ったんだよね。あれ、違った? 甘いもの、苦手?

母:ううん。大好きよ、父さんは甘いもの。

娘:だよね。じゃあ、母さん。一緒にティラミス、作らない?

母:ティラミス?


娘:私のバレンタインデー作戦


娘:よし、こんな感じでいいのかな。

母:うん、いいんじゃないかしら。初めてにしては上出来だと思うわよ? ココアパウダーも適量、適量。

娘:あれ? 母さん、ティラミス作ったことあるの?

母:いいえ、ないわよ? それがどうかしたの?

娘:じゃあ、今、何を基準に「いい出来」って言ったの? まさか、適当に?

母:このレシピのを基準に言ったのよ。

娘:(少し考えて)作ったことないんだよね?

母:ええ、ないわよ。

娘:うん。ふふ。

母:どうしたの、ミレディア?

娘:なんでもない。母さんは母さんだな、って思っただけ。

母:母さんはずっと母さんでしょ? 何を言ってるのよ。

娘:うん。そうだね。気にしないで。

母:で? これを父さんに渡すんでしょ?

娘:うん。そうなんだけど。良かったら母さんも一緒に来てほしいの。恥ずかしくてさ。

母:家族に渡すんだから、恥ずかしいことなんてないでしょ? 何を恥ずかしがることがあるの?

娘:家族に渡すからこそ恥ずかしいの。それに、(少しためらってから)父さんは多分、喧嘩別れした私のこと、あまり好きじゃないと思うし。

母:なんでそんなこと言うのよ、ミレディア。

娘:だって、父さんは(遮られて)

母:(遮って)父さんが、ミレディアを嫌いになんてなるはずがないわよ! 

娘:(間をおいて)母さん。

母:父さんは話すたびに、あなたのことをいつも私に聞いてくるの。

娘:父さんには何て言ってるの? 私のこと。

母:頑張ってるわよ、って。そしたら、父さんは(遮られて)

娘:(遮って)ありがとう、母さん。

母:うん。ほーら、渡しに行きましょ? 私がそばにいてあげるから。それなら、大丈夫でしょ?

娘:うん。絶対ね、母さん。

母:分かってるわよ。


しばらくして


娘:あの、父さん。えっと、今日はバレンタインデーで、大切な人に愛を伝える特別な日、なんだって。だから、その気持ちとして「ティラミス」を作ってみたよ。

母:私も少し手伝ったのよ? 初めて作ってみたにしては上手くできたと思うの。「日本」っていう国のスタイルなんだって。

娘:父さんは甘いものが好きだから、ただ手紙とか、花とかじゃあ味気ないかな、って思ったから、はいこれ。

母:ミレディアが父さんに何かを贈るのって初めてじゃあないかしら? 私、今日ミレディアが「バレンタインデーを贈りたい」って言ってくれた時、とても嬉しかったの。ミレディアも成長してるのよ。

娘:父さん。ティラミス、ここに置いておくから、食べられる時に食べてね。雨が降る前に食べないと、美味しくなくなっちゃうからね。

母:ミレディアが丹精こめて作ったの。ちゃんと、食べてくださいね。

娘:(間をおいて)これで、食べてくれるかな。母さんはどう思う?

母:絶対に食べてくれるわよ。愛娘の作ったティラミスよ? 残すなんてありえないんだから。

娘:母さんは父さんに「バレンタインデー」渡さないの?

母:(間をおいて )そうね。ミレディアが帰ったら、また一人でここに来ると思うから。その時に、花でも供えることにするわ。

娘:そっか。

母:ほら、帰りましょ。雨が降りそうだから。

娘:うん。ありがとう、母さん。今日は「バレンタインデー」、手伝ってくれて。

母:ううん。いいのよ、ミレディア。私はあなたのその気持ちがとても嬉しいの。私こそ、ありがとう。


数日後


娘:それじゃあ、また来るよ、母さん。

母:気を付けてね、ミレディア。無理だけはしないようにね?

娘:うん、分かってるよ。

母:あなたはそうやって、いつも一人で抱え込むくせがあるから。

娘:大丈夫だよ、母さん。私ももう大人なんだから。自分のことくらい。

母:ならいいんだけど。

娘:今日、また父さんのところ行くでしょ?

母:え、うん。

娘:その時、父さんに伝えてほしいことがあるの。

母:伝えてほしいこと?

娘:うん。「言うことを聞かない娘でごめんなさい」って、言い忘れたから。

母:ミレディア。

娘:お願い、母さん。

母:分かったわ。

娘:(間をおいて)母さん。

母:今度は何?

娘:これ。

母:え、これは?

娘:手紙。父さんにはティラミスだったけど、母さんには手元に「残るもの」を渡したくて。だから、昨日、書いたの。私が見えなくなってから読んで。

母:どうして、今開いちゃダメなの?

娘:目の前で読まれるのは、恥ずかしいから。

母:だから、家族に恥ずかしがることないのに。

娘:そうなんだけど。

母:分かったわ。ありがとう、ミレディア。向こうでも頑張るのよ?

娘:うん。

母:(間をおいて)ご飯はたくさん食べなさい。

娘:うん。

母:夜はしっかりと寝るようにしなさい。

娘:うん。

母:疲れたら、休みなさい。

娘:うん。

母:いつでも、帰ってきなさい。

娘:うん。

母:(涙ぐみながら)それから。

娘:うん。

母:最後まで、頑張りなさい。

娘:ありがとう、母さん。

母:行ってらっしゃい。

娘:行ってきます。

母:行ってらっしゃい、ミレディア!


0:しばらくして


母:【ナ】翌年、作戦は決行された。その作戦にはミレディアも参加していた。その作戦の細かいことはテレビを通じて報じられ、私は神に毎日、祈りを捧げた。そんな時、だった。

(ノックの音)

母:ミレディア? ミレディアなのね?

(扉を開ける)

兵士:ミレディアさんのお母様でございますか?

母:は、はい。

兵士:この度は娘様、ミレディア二等兵の戦死通告に参りました。ご冥福をお祈りします。

母:あ、ああ。

兵士:こちらはミレディア二等兵からお預かりした「バレンタインデー」の品でございます。ミレディア二等兵から本日、二月一四日に届けるようにと命じられておりました故、お届けに参りました所存でございます。それでは。

母:【ナ】兵士はそう言うと、扉を閉めて居なくなった。兵士から受け取った箱の中には、

母: 

母: 

母:ティラミスとミレディアの写真があった。

母: 

母: 

母:おかえりなさい、ミレディア。



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