実録! トランス理系!

六野みさお

第1話 実録

 理系と文系のどちらが優れているかという争いは、きのこの山とたけのこの里のどちらがおいしいかという争いよりはまだ意味のある争いですが、結論が出る議論でないことは明らかです。しかし、文学界隈の皆さんは、おそらく文系の方が多いのではないでしょうか。


 ところが私は、読書好きで文学界隈で活動しているにもかかわらず、なぜか理系に進んでしまいました。そして、大変な苦労をすることになってしまったのです。これはその記録です。


 私の高校では、2年から理系と文系にクラスが分かれます。ここで文理の選択をするわけですね。このとき私が理系に進んでしまったことが、一生の失敗でした。言い訳するようですが、高校1年次の学習内容では、人にもよりますが、自分の得意な分野などわかりにくいものです。それで私は文理どちらでもよいという態度を取っていたのですが、すると親が「文系は手に職を持てない! 不況の日本では文系はすぐにリストラされる! 六野は理系に行って医学部に行くべきだ!」と謎の反文系主張をしてきたので(なお私の親はどちらも文系です。ただ、ちょうど就職活動期がバブルが崩壊したあたりで、かなり苦労したようです)、私は理系に行くことになりました。


 ところが、いざ理系に進んでみると、私は理系には向いていなかったことがわかりました。数学にも理科にもついていくことができないのです。まあこれは私だけのせいではありませんが。化学の先生が恐ろしく眠いのです。この化学教師は4オクターブくらいの音域を普段の授業から使いこなす歌い手もかくやという声色なのですが、これが眠いのです。少しでも彼女の声が耳に入ってしまうと強制的に眠らされてしまうので、みんな耳栓をしていました。それでも頭が理系の人はなんとかなるわけですが、頭が文系の私はどうにもなりませんでした。


 定期テストはすべて数少ない文系教科で乗り切っていました。世界史、現代文、古典、英語で貯金を作って、数学、理科で少々周りに負けても逃げ切る作戦を取っていました。このような私の姿を見たあるクラスメイトが、私を『トランス理系』と命名しました。つまり、体は理系であるにもかかわらず、心は文系であるというわけです。


 トランス理系がクラスで苦労するのは、勉強がわからないことだけではありません。日常会話の面でも、理系は特殊です。なぜなら日常会話に理系的風物を持ち込んでくるからです。有名な話として、『理系は花火を見ると、その美しさを楽しまず、音速を使って花火までの距離を測ろうとする』というのがありますが、これは事実です。理系は自分のテストの合計点を暗算し、平均点を取り、人に得点を聞いて勝手にクラス偏差値を求めます。理系はバレーをすると、ついボールが落下する場所を数学で計算したくなり、その結果ボールを落とします。


 ただし、理系は自分たちが痛い理系トークをしていることに気づいておらず、ここが理系の弱点です。私の高校ではなぜか生徒会重役が全員理系だったせいで、文化祭のスローガンも理系になりました。その結果、『つなげ絆の三重結合! 作り出せカージオイドの連鎖!』みたいな理系感満載の痛すぎるスローガンが全世界に公開されてしまうという大変なことになりました。


 ただし、理系にはいいところもあります。それは静かだということです。理系だけに、理性を維持するということを知っているのです。別に文系を批判するわけではないのですが、私の学校の文系クラスの男子トイレの惨状は目を覆いたくなるものでした。トイレットペーパーで鼻をかむことは日常茶飯事であり、誰かが個室に入ると全力で冷やかし、下ネタを連呼し、飲んだジュースを床にポイ捨てしていました。理系はなぜかそんなことはしませんでした。


 しかし私はただのトランス理系では終わるまいと心に決めていたので、毎日欠かさず朝一番に登校して読書にいそしみ、少しでも多くの理系がその呪縛から脱し、文系的常識を持った理系になれるよう努力しました。もちろん効果はありませんでした。私がなろう小説を読んでいると、「また六野がエロサイトを見ている!」と言われました。これはアダルト広告のせいです。


 共通テストが近くなってくると、私のトランス理系はさらに有名になりました。理系教科が弱すぎるのに文系教科が強すぎ、結果的に高得点を叩き出してしまうのです。


「おい、六野がまた化学で60点を取っているぜ。物理は70点だと。雑魚だな。俺はどちらも90点だ」

「へえ、やるじゃないか。ところで君の国語は何点だい? 僕は180点なのだが」

「ぐっ、120点なのだが……」

「では合計すると僕が10点勝っているね」


 こんな感じでクラスメイトたちを叩き潰していました。


 あとは私が世界史を選択していたということも大きいです。理系はなぜか社会の選択科目で地理を選びたがります。この傾向は先生もわかっていて、教科選択のときに「地理はセンスが必要で、共通テストで高得点が取りにくい! よく考えて取るように!」と言うのですが、理系たちの多くは「あれは歴史教師が地理教師に圧力をかけて自分の勢力を拡大しようとしているのだ! 俺は騙されないぞ!」と謎の陰謀論を掲げて地理を選択し、そして莫大な問題量と地理独特の暗記で収まらない問題形式に爆死していました。しかし、世界史なら暗記だけで簡単に高得点が取れるのです。


 ということで、見事に共通テストで国語9割を獲得し、化学の75点を余裕で相殺した私は、推薦入試を使うことで数学を回避し、文系的要素である面接だけで医学部に合格しました。裏技もいいところです。このあと大学数学と大学物理が待っていることを考えると嫌気が差します。これから文理選択をする若い方は、ぜひ理系に行く前によく考えていただきたいと思います。

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