友チョコ未遂

江戸文 灰斗

友チョコ未遂

 今日、チョコレートを渡します。相手はいわゆる高嶺の花ってやつ、です。

 学校一のイケメン、『王子』というあだ名さえついている彼女は去年抱えきれないほどのチョコレートを女の子からもらっていました。

 私は渡せませんでした。作ったチョコレートは帰り道に一人で食べました。しょっぱかったチョコの風味がまだ舌の上に残っています。

 つまり今年はリベンジマッチ、逃げられません。

 彼女との関係値もそれなりに上げてきたつもりです。今年は念願叶って同じクラスになったので勇気をもって話しかけるようにしていました。その甲斐あってか、クラス内でよく話す友達、というちょうどいいのかよくないのか難しい立ち位置を獲得しました。今日はそんな心地よいぬるま湯のような関係から脱する第一歩になる、はずです。

 当日は案の定、学年問わずたくさんの女の子が彼女にチョコレートを渡していました。ちらほら手作りらしき包装のものも見えました。

 私は思わず足がすくんでしまいました。次の休み時間、次、と思っているうちに三限となり、お昼となり、六限――学校が終わってしまいました。教室には誰もいません。

 また、去年の二の舞か。私はうなだれて教室を出ました。

 普段は勢いよく一段飛ばしで降りる階段も、今日は一段一段噛みしめるように下りました。もしかしたら、なんて小さな小さな希望を握りこんで。この下り階段が永遠に続けばいいのにと、何度も願いました。

 あ。二人の声が重なりました。バチっと、火花が私と彼女の中点で散ったような気がしました。

 ち、ちょっと、いいかな。一音目からどもったくせに自然と声が出ていました。彼女はこくりうなづきました。

 昇降口でカバンを漁ろうとすると、場所を移そうと彼女から提案されたので体育館裏に行きました。

 とんでもなくベタだなと心の中で苦笑しつつ、私はカバンの中から薄紫のリボンで縛られたビニル袋を取り出しました。

 友チョコ? 受け取ったチョコレートに視線を落としつつ彼女が尋ねてきました。私は口を噤んでしまいました。

 本当のことを言ってしまおうか。という気持ちは山々でした。しかし、唇が縫い付けられたように開きませんでした。

 沈黙を答えと受け取った彼女は、だよね、とだけ呟いて踵を返しました。ゆっくりと歩き出す姿が私の目に絶望として映りました。

「期待してたのに」

 聞いたことないくらい低い声でした。震えているようでもありました。

 ああ、私は取り返しのつかないことをしてしまったんだ。私は言うことを聞かなかった口を呪い――その前にすることがあります。

 彼女が六歩目を踏み出したところで、私は待って、と声をあげました。彼女はぴたりと足を止めました。

 私に背を向けてゆっくり歩く姿にもしかしたら、と思ったのです。もしかしたら私と同じように願っているのかもしれないと。

「友チョコ、じゃないよ」

 私の精一杯はセリフを言いきるまでしかできませんでした。彼女は私を一瞥しました。

「ありがとね」

 彼女は再度私に背を見せて姿を消しました。ぬるま湯から右足くらいは抜け出せた、かもしれません。

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