巨大樹の家

高黄森哉

巨大樹


 赤茶けた大地に、お椀をひっくり返したような住まいが点々と佇んでいる。その半円には長方形の入口があった。


「すみません」


 私は、入口の扉を叩いた。

 くぐるように、女性が出てくる。黒い肌、黒い髪の毛、黒い目は、この日差しに含まれる紫外線に適応するためだろう。


「はい、どうも。どうなさいましたか」


 彼女は、現地の言葉で答えた。この未知の村は、隣の村と同じ言語を話すようだ。彼らが、あの言葉を解することは、隣の村との交流があることから明らかであったのだが、どの程度かまでは不明だった。かなり流ちょうに話せるらしい。私はほっとした。


「村の調査に来たのです」

「国の調査員ですか」

「いいえ。遠くの島国から来ました。私は、民俗学を研究している者です。この国では、いくつもの部族や村が記録されることなく消えています。理由は、この国は、現地民の文化などが、同化政策の妨げになるとしているからです。私たちは、もちろん、それを止めることは出来ません。しかし、記録は後世に残すことが出来ます」


 いつ、消えてしまうかわからない人間の営み。そして、その積み重なりである歴史や文化。それらが永久に消滅してしまうのは、多大なる損失だと思う。

 それらは、決して実用的ではないかもしれない。だがしかし、それは愛を否定するようなものだ。それに、人類の人生の、ある一つの解釈は、いつか誰かを共鳴させ、精神的進化の起爆剤となるだろう。


「わかりました、協力します。なにもない村ですが」

「そんなことはありません。まず、この家の造りが変わっています。とても風変わりです」


 味噌汁のお椀を裏返せば、こんな形だろう。木製の家は、不思議な地層模様があるが、それが接合部ではなさそうだ。継ぎ目はどこにも見当たらない。


「これは、木を削って作られています。我々の伝統的な家です。ですから私たちは、木を削る人々、と言われています」

「木を削る人々」


 それが彼らの部族を表す名称だった。


「私たちは、日の本にある国の人々、と呼ばれています」

「不思議な名前ですね。どこでも、太陽の本にあります。他の国と間違われたりして、困らないのですか」

「なんとか、うまくやってます。さて、この家は、一体、どのようにして作られているのですか」


 私は尋ねた。


「この家は大木を削って作ります。まず、大木を転がして村に運び、一年かけて中をくり抜きます。雨が降る時期には、カビが生えないように中で薪をします」

「一本の幹から、削るんですか」

「はい。枝の断面を想像してください。これをスライスして、薄い円柱にします。円柱を削って半円にします。これの中身をくり抜きます」


 と丁寧に解説してくれるのだが、私が解せなかったのは決して形状ではなく、木の大きさなのだ。胴回りだけで一軒家ほどある巨大な樹木があるとは知らなかった。この巨大さは、世界最大の木であるセコイア杉と同等だろう。しかも彼女の家は、この村では最も小さく、村長の家なんかはこれの四倍はある。彼女のことを信じるならば、とんでもない高さの木だ。


「その木はどこにありますか」

「村から遠く離れた場所の伐採場です。先祖代々、私たちの土地で、他は立ち入りません」

「見せてもらえませんか」

「村長に聞いてみますね」


 彼女が戻ってくる間、巨大樹について考える。

 セコイアの四倍の高さなら、どれくらいだろう。セコイア杉は確か百メートルくらいだから、単純計算で四百メートルあることになる。

 はたして植物の幹がその重量に耐えられるのだろうか。トラス構造をしているかもしれないな、と思った。いや、もっと合理的で、かつ有機的な奇妙な形状を有しているのかもしれない。その上、地下から吸い上げた鉱物類を多分に含有しているに違いない。きっと、チェーンソーが壊れてしまうような木質だ。

 根から吸い上げた水を樹上まで供給できるのだろうか。根元にて、心臓のような器官が絶えず鼓動しているというのは非現実的だろうか。しかし、ハエトリソウのように、動く植物は存在する。それか、もしかしたら、幹の途中に貯水できるような葉っぱか枝があるのかもしれない。

 きっとそこには、世にも珍しい動物たちの生態系がある。その溜池にだけ生息するカエルは、遺伝子プールの入れ替えのために、他の貯水槽へと決死の大跳躍をする。それは致死的な墜落に直結するから、選択淘汰により、筋肉質な後ろ足を持つようになるだろう。後ろ脚だけで体長の二倍あるかもしれない。また、ウイルスとの共存により四つの脚を駆使して跳びだす、というのもあり得る。蛙の脚を増やす病原菌は存在するらしいし、決して絵空事ではない。


「村長は良いと言っていました。良かったですね。昔の村長は、もっと保守的な人でした」

「ほんとうですか。ありがとうございます」


 それから、私たちは牛のような動物の背に乗って、赤茶けた大地を一週間、移動した。私にとっては大移動だったが、彼らにとっては日常の一部らしい。

 そして伐採場についた。そこは、盆地の底に広がる平地だった。私は、自分の想像力の乏しさを思い知らされる。四百メートルの植物なんて、現実ではやはり不可能なのだ。

 その木は、とても寸胴だった。まるで、ボンレスハムかのように巨大な胴回りで、二メートルほどの樹高である。ビール腹というかビール樽そのものだ。


「この伐採場も、記録していただけますか。私はこの風景がとても好きなのです」

「はい、もちろん。後世に、この景色の雄大さを残します」


 しかしながら、記録そして保存、写真や音声データ、それだけで全てを伝えられるものか。後世の人たちは、果たして、それだけで真実に触れられるものだろうか。我々のしていることは、本当に満足がいくものだろうか。


 人の理想はときに、肥大化した幹の見せる幻覚なのかもしれないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

巨大樹の家 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る