名前

ハヤシダノリカズ

ネーミング

「名前ってさ。気ぃつけなアカンねん」

「なんやそれ。藪から棒に。何言うてんねん」

「せやからな。たとえば……そやな。アメリカ合衆国っていうのは、国の名前やん」

「せやな。それがどないしてん」

「北アメリカ大陸にある、州が集まって出来た国やからアメリカ合衆国。これはええ。事実を言うてるだけやからな」

「うん。せやな。合衆国ってそういうことやからな。衆と州で字ぃは違うけどな。それがどやっちゅうねん」

「事実を言うてるだけの名前、これはええねん。でもな、そうやなぁ……ちょっとセンシティブな内容になるから、架空の国名を作ってみるし、ちょっと聞いてくれへん?」

「うん? あぁ。まぁ、ええけど」

「タマタマって国があったとするやん」

「架空の国やね」

「それがさ、【タマタマ国民主権を大事にする平和で豊かな国】っていうのが正式な国名やったとしたらどう思う?」

「ま、国民主権をないがしろにする平和でもない豊かでもない国ちゃうんかと思うわな」

「せやろ? 国名に事実かどうか分からへん主義主張を入れ込んでる国て、その主義主張から遠い国って事あるやん」

「だいぶセンシティブやな。大丈夫?」

「架空の国名やから」

「あぁ。せやな。アカンで。あんまり踏み込まんといてや。実在の国名とか出したらアカンで。気ぃつけてや」

「大丈夫大丈夫。きたとかちゅうとかで始まる国名を出したりせえへんよ」

「アカンアカンアカン。やめときて。ほんま怖いわ」

「ゴメンゴメン。北南極国きたなんきょくこくとか、中央ヘソ国とか言うたらヤバいな。気ぃつけるわ」

「どこやねん、それ。南極からしたらどの方向も北じゃ。北南極国って南極点をぐるっと囲んどるドーナツ型の国かい」

「ハハハ、面白いね、キミ」

「なめんな、コラ。ふざけんな」

「ま、ま、それはええねん。国名は飽くまで例や」

「え?」

「人の名前もそやなっちゅう話や」

「そんな事ないやろ。昔から言うで? 名は体を表すて。人の名前はその人の生き様、個性をそのまま表してるらしいやんけ」

「あれは、ホンマ、ウソ」

「え?」

「貞子っているやん」

「貞子言うたら、あれか、あのテレビから出てくるアレか」

「そうそう。その貞子」

「あれ、今の薄型テレビやったら出てくるときテレビひっくり返るやろな。ブラウン管時代で良かったで、ホンマ」

「せやな。どっしりしとったもんな、昔のブラウン管テレビ。いや、そんなんええねん。貞子の貞って漢字、あれにどういう意味あるか知ってるか?」

「貞、さだ……、あぁ、貞淑のていやろ?せやから……、身持ちが固いとかそういう意味やろ?」

「ま、間違ってへんねんけど、貞って漢字にはさ、正しいとか、心が誠実とか、迷わないって意味があるねん」

「マジで? 貞子、迷い散らかしとるやないけ。正しくて誠実ならさっと成仏しとけや、成仏」

「せやろ? 名は体を表さへんねん」

「ホンマや」

「もっと言うと、その人に一番足りひん個性が名前の中に隠れとる」

「貞子に一番足りひんのは、そうか。正しさとか迷わなさって、まぁ分かるけど。それはちょっと暴言とちゃう?」

「人の名前もさ、アメリカ合衆国と同じで事実だけを言うのがええと思うねんけどな。一人目の男の子やから一郎とか。でも、親心なんやろね、その子の将来を思って名前に意味を持たせたがるねん」

「まぁな。親心は偉大やで」

「でも、それが逆効果やねん」

「逆効果?」

「名前に正しさとか迷わなさが入ってるから、貞子は正しさとか迷わなさを獲得しようとしてこおへんかってん」

「え、なに?どういう事?」

「だからな。貞子はもう、名づけられた時点で正しさとか迷わなさっていう個性を名前の中に持っとったから、あの子の人生の中で正しさとか迷わなさを自分の中に育てていこうっていう気持ちを持てへんかってん」

「あの子て。知り合いか。あー、でも、言うてる事はなんとなく分かったわ。人は自分に足りひんもんを持とうとするわな。プロレスラーが小学校の時いじめられっ子やったり、幼少期に貧乏やった人の方が稼ぐ事に貪欲やったりするもんな。足りてるもんを、既に自分が持ってるもんを必死になってとりに行かへんっちゅう事やな?」

「そうそう。貞子に正しさとか迷わなさはもう足りててん。名前の中だけに。だから、正しさとか迷わなさを育てられへんかってん」

「でもさ、それは貞子だけとちゃう?これをみんなに当てはめるのは極端やで」

「ほんなら聞くわ。オマエが最初に付き合うた子の名前言うてみ?」

「しのぶ」

「しのぶさん、忍んどったか? 気ぃつよなかった?」

「強かったわ。ぜんぜん忍んでなかった」

「せやろ?」

「いや、それはたまたまやろ」

「ほんなら、二人目のカノジョの名前は?」

「まいこや。花びらがひらひら舞うの舞に子供の子で舞子や」

「ダンス上手かったか?」

「下手やったー。めっちゃリズム感無かったわ」

「せやろ?」

「いや、たまたまや、たまたま」

「三人目は?」

「せいこ。聖なるの聖に子供の子で聖子」

よこしまやなかったか?淫乱やったりせえへんかったか?」

「浮気されて別れたわ。もうやめろや!」

「な? 名は体を表さへんねん」

「わかったわかった。せやけど、ほんならやね。オレらに将来子供が出来たとして、どんな名前つけるのがええねんな」

「あぁ、それな。大事な問題や」

「名前にある個性がその子の身に付かへんっちゅうんやったら、どんな名前やったらええねん」

「せやからな。その子が身に着けて欲しい個性と真逆の漢字を入れたらええねん」

「たとえば?」

「たとえば、そやな。幸せになって欲しいんやったら幸子じゃなくて、敢えての逆。苦労の苦を入れて苦子にがこちゃんとか。清く美しく生きて欲しいんやったら清美じゃなくて悪巳あくみちゃんとか」

「にがこ?あくみ?なにそのドロドロした響き。キラキラネームの真逆行ってるやんけ。どんな親がそんな名前つけるねん。ほんで、子供可哀そうやわ!」

「キラキラネームも苦労すんねん、その子自身が。ドロドロネームで苦労したって、まあ、ええやん」

「アカンアカン。キラキラネームはまだ、親に愛されてんねんなって実感はあるやんけ。ドロドロネームはもう、生まれてきてごめんなさいレベルに歪むで、その子」

「そうかぁ? あの森鴎外の子供らは結構ドロドロネームやってんで」

「え?なにそれ」

「森鴎外の子供は長男が於菟おと、長女が茉莉まり、次女が杏奴あんぬ、次男が不津ふりつ、三男がるいやねん。なかなかやろ?」

「なかなかやなぁ」

「時代の先の先を行ってるで。流石は森鴎外先生や。キラキラ通り越してドロドロや」

「不律はイカスな」

「杏奴もイカスで。ほんで、森鴎外本人もさ、本名で苦労してるハズやねん。せやのに、子らにそんな名前つけてるのがロックやで」

「え、なに?森鴎外って本名なんなん」

「森鴎外の本名は森林太郎や。木ぃ多すぎ。ジャングルやで」

「森林太郎って言うんやー。あぁ、森と林で木が五本や。せやし、子供五人作ったんやろね」

「うまないで。上手い事言った感だしてるけど」

「やかましい。センシティブな話題がこれ以上広がらへんように話をたたもうとしとるんやないけ」

「センシティブかなぁ」

「実際にあるキラキラネームのたとえを出したら、その本人が傷つくやん。おまえが実在するキラキラネームの例を出さへんか、オレはドキドキしとんねん」

「そうかー。なるほどな。でもさ、あまりにもあんまりな名前やったら改名したらええと思うよ。名前で不幸になったらアカン」

「せやな。それはその通りや」

「せやけど、ユーチューバーとかやるんやったらキラキラネームは武器になるかも知れへんね」

「せやな。このままいくと国民全員ユーチューバーになりそうやしな」

「キラキラネーム、アリやな」


――終――

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