24話 絶望郷に希望あれ
『やっほー! みんな大好き、処刑ニュースの時間だよ! 今日も今日とて、司会進行はこの私! ディストピア☆クラウンがお送りするよ!』
ぽわんとカラフル煙が広がって、中から星がきらんと光る。くるりと回って、ピシッと停止! 今日のスタジオはいつもと違う! キラキラ豪華な祝勝ムードで、舞い散る紙吹雪に、楽しげに鳴るクラッカー! ひゅー!
『今日は改めてのお祝いだ! 反乱軍はみーんな残さずやっつけた! 残党もみーんな捕まえた! 反乱軍は壊滅だ! たぶん根絶やし! 確認に時間がかかって遅れちゃったけど、今日は祝勝パーティーです! いぇーい! もちろん私達も頑張ったけど、軍のみんなに、ファミリアのみんなのお陰だね。ありがとう! 国民のみんなも協力感謝!』
カーテンをばさっと開ければ、軍服着込んだ軍人さん達に、ファミリア魔法少女達がぴしっと並ぶ。みんなボロボロだけど、照れくさそうに、でも胸を張って敬礼してくれたよ!
さぁ、皆に拍手だ! パチパチパチ。お疲れ様!
おや。ガタンゴトン、列車さんがわるもの達を運んできたね。扉が開けば、ぎゅうぎゅう詰めのわるものがポップコーンみたいに噴き出していくよ。ニコニコ笑顔で楽しそう!
『さーて、いつもは最後に取っておくけど、今日はおめでたいから先にやっちゃおう! じゃーん! こちらは反乱軍幹部の皆さんです! 尋問終わって、もう用済み!』
うぃーんと、床が開いて縛られたわるものが出てきたよ。ほらほら笑って? にっこり笑顔でカメラにピース! ……してくれなかった。ノリが悪いね。別にいいけど! そもそも縛られてて動けないしね!
『じゃあ君から行こうか! 最後に言い残したいことはある? なんてね~! 聞くわけないじゃんね!』
おや、軍人さん達がズラッと色んなものを運んできたよ。リボルバーにギロチン、絞首台。電気椅子にアイアン・メイデン。たくさんあるね!
『よしよし、じゃあどれにしようかな? アンケートをとろう! 絶望郷を崩壊させようとしたテロリストの処刑にふさわしいのは~?』
国民のみんなに聞いてみよう! ポップなグラフが降ってきて、どんどんバーが伸びていく。
たっぷり三十秒数えて、結果はこちら!
『お、決まったね。やっぱり最初はシンプルに! みんなが選んだのは、拳銃だ!』
パチパチパチ! じゃきんと弾丸込めて、くるんと回す!
『そうだ、せっかくだからこっちにおいで! そうそう君!』
きちんと並ぶ、同じ格好のファミリアの中から、一人を選んで手招き。びっくりしてるのが可愛いね。でもにっこり笑顔で嬉しそう! おいでおいで!
手前にやってきた彼女に銃を手渡せば、それは銀色のリボルバーに! キレイ!
『さぁいこう! 3、2、1、ばーん!』
わぁ、わるものの頭が大きなお花になっちゃった! やったね! ちゃんと狙えてえらい!
『この調子でどんどん行こう! 次は何にしようかな? もう一回アンケート!』
三桁の階層表示が最上階を示す。エレベーターを出れば、そこは国家運営局の屋上だ。
「お、来たねリツちゃん!」
時折ブレるホログラムの体で、道化師がおーいと手を振ってくる。
戦いが終わって十日ほど。
今回も致命傷を負い、治療を受けベッドに半ば縛り付けられたリツは、霊薬の副作用もありロクに動くこともできず、ほとんど意識もなかった。
代わりに、と退院間際、クラウンがリツの精神を抜き出し、処刑ニュース内で反乱軍のリーダーを撃たせてくれたが。道化師の支配する電脳空間内は、流れる映像そのままのポップなアニメーションの世界だった。
情報秘匿のため、他のファミリアと同じく無個性な魔法少女を模したアバター姿となったリツは、ファントムに手渡された銃のトリガーを何のためらいもなく引いた。
そして体調がある程度戻った今、クラウンに呼び出され今に至る。
「シアンちゃんからはもう話聞いて大体把握してるけど、リツちゃんからも色々話聞きたいなって! ほらこっちおいで!」
「失礼します」
足場の縁に腰掛けたクラウンに呼ばれ、リツも横に座る。夜景が見えたため、一瞬その下に何もないかと思い足がすくんだが、段になっているだけで下には普通に床があった。別に高所恐怖症というわけではないが、全高二キロメートルの塔の端を椅子にする勇気はない。
ここからは絶望郷がよく見えた。闇の中、幻想的にモニターと外灯の光で浮かび上がる建物の数々、行き交うリニアに貨物列車。一部、酷く破壊の痕が残る箇所もあった。戦いが激化し、流れ弾が直撃した結果だという。ビルが数十本纏めて半分になっていたり、基盤が破壊され大きな穴が空いてしまっている所もある。
しかし、戦いの気配はない。崩壊した区域も急ピッチで修復が進められており、絶望の名に似合わず都市には平和が広がっていた。
絶望郷での戦いがどうだったかは聞いている。フリューゲルとの激戦は、言うまでもなく道化師達の勝利。死体はもう一度ドラゴニックが原子レベルで分解したそうだ。処刑ニュースで触れられた通り、反乱軍はほぼ全員が死ぬか捕らえられた。マスコットの機械兵器も破壊、鹵獲され研究が続いている。秘匿エリア、そしてマスコットが潜んでいたコロニーの調査も行われ、反乱軍の計画の痕跡がいくつも見つかったとのことだった。
美しい夜景を眺めながら、クラウンへ得た情報を伝えていく。空中戦艦の様子、ファミリアセルの実態、そしてファントムの言葉から読み取れる情報を。
……亡霊の、あの表情。そして最後の言葉が忘れられない。
幾億人の命を奪った元凶であり、己の仇だというのに。
「シアンが言うに、ファントムは私に似ていたそうです。……デザイナーベイビーとして作られたファントム、その遺伝子は私の産みの両親のものなのでは、と」
……だから、同じ遺伝子を持ち、しかし家族のいたリツの存在を知り、恨んだのだろう。
己は人柱とされたのに、お前はなぜ、と。
シアンとは違う自由を追い求め、秩序へ憎悪を燃やす根源も、そこなのかもしれない。
クラウンが、慰めるように頭を撫でてくれる。
「リツちゃんは優しいね。君が気にするべきことなんてなーんにもないのに。悪いのは当時の政治家……ひいては世界戦争のせいさ」
空に分厚く横たわる黒雲を見上げる。生まれる前のことだ。当時のことは記録から想像するしかないが……。どうしてこんな、世界が壊れるまで戦い続けねばならなかったのだろう。
その結果、マスコットという礎が作り出され、自由時代という悲劇が生まれ……。
そうまでして求めたい何かがあったのだろうか。
それとも、醜い欲の暴走、その結果なのか。
答えはない。
渦に落ちていくような思考は、クラウンが手を叩いたことで引き戻された。
「聞かせてくれてありがとう! 色々知れてよかったよ!」
「いえ。お役に立てたなら何よりです」
「うんうん! ……でも結局、ファントム……マンティスがどうやってあの時生きてたかは分からずじまいかぁ。これから探るしかないね」
「『最初の私は道化師に殺された』という言葉から考えると……やはり復活した、と見るべきでしょうか」
「うーん、でもその言い方だと記憶を受け継いだ別個体、って解釈もできちゃうからなぁ。だから……うーん。クローンとかかなぁ……。方法がわからない以上、警戒はしておかないと」
まだ分からないことは多い。フリューゲルについてもそうだ。あの棺が復活に関わっているとは思われるが、全容が知れたわけではない。調査隊が調べているが、あの棺の残骸と思しき物は見つかっていないらしい。
「ファントムは眷属でありながら、フリューゲルを操っているかのようでした。『封印解除』などとも口にしていましたし……」
「私達がマスコットの管理下から逃れた時、マスコットの管理制御システムは大部分を破壊したけど、全部じゃない。多分マンティスはまだそれを持ってるんだ。でも、多分起こすか寝かすがぐらいしか制御できない。あの制御装置の強制力はよく知ってるけど、アレじゃもうフリューゲルを操るのは無理さ。だから、電源を切るように寝かせておくしかない。それを『封印』って表現してたんだと思う。ちなみに、私達に埋め込まれた装置はもう除去済み」
「なるほど……」
……フリューゲルといえば。
「ふと思ったのですが、ディバイン☆フリューゲルも反乱軍と同じ思想を抱いていたのでしょうか? それこそまさに兵器のような扱いで、フリューゲルという魔法少女の人格があまり見えないような気がします。……奴が何を思って反乱軍や革命軍についたのか……クラウン様は何かご存知でしょうか」
「……うん、そうだね」
リツの疑問に、クラウンは暗い表情で黙り込む。
常に明るく、おどけた様子でディストピアを回す支配者が、疲れた様子で俯いている。
「……話しておいた方がいいか。リツちゃんはさ、なんでオリジナル魔法少女を増やさないか不思議に思ったことはない?」
「あまり深く考えたことはありませんが……ないとは言えません。ファミリアに比べて遥かに強力なオリジナルがたくさんいれば、より絶望郷は豊かになるでしょうし。……記憶の断裂についても、すでに第二施術が終わっている私であれば無視できます」
「そうだね。じゃあなんでそうしないかって言うのは……簡単さ。二つ、無視するには重すぎるデメリットがあるからだね」
言葉を切ったクラウンは、宙にホログラムで画像を投影した。
映るのは、処刑ニュース内で登場する、誰でもない魔法少女のイラスト。
「一つ目は、変身を解除できないこと。一度オリジナル魔法少女になったら、もう戻れない。ずっとその名前が示す存在として生きていかなければいけない。存在が固定されて、定義づけられるんだ」
「それは……確かに。不可逆ということですか」
「うん。……あ、服は着替えられるよ。全部勝手にそれっぽいデザインに変換されるけど」
おちゃらけたクラウンに、リツは小さく笑い声を漏らした。
確かに大きなデメリットには違いないが、そこまで致命的なものだとは思えなかった。
リツは静かに続きを聞く。
「ここからが大事だね。オリジナル魔法少女には絶大なリスクがある。施術の成功率だけじゃない。皆が皆、特大の爆弾を抱えてるようなものなんだ。魔法少女は力を使えば使うほど強くなっていく。これは多分アルケミストがちらっと説明してたと思うけど、オリジナルもそうなんだ。だけど、これと同時に『存在の性質』が、『名前が示すもの』にどんどん変化していく」
「存在の性質……」
「ファミリア魔法少女は、使える力が少ないから無視できるレベルでしか進行しない。だけどこれは、強大なオリジナル魔法少女だと致命的」
じわじわと、無個性な魔法少女のイラストに翼が生え、刺々しい光の輪を頭上に浮かべる。
「この、『概念化』が完全に進んだのが、ディバイン☆フリューゲル。聖なる自由の翼。名前そのものになった彼女は、自由を縛る存在……政府や秩序、ルールというものに対しての殲滅兵器になってしまったんだ。フリューゲルには、もう人間らしい意識なんて残ってなかった」
だから絶望郷を攻撃する。
道化師が作り、国民達が維持する秩序を敵として、破壊するために。
人格が見えてこない? 何のことはない。彼女にもうそんなものはなかったのだ。
……概念化。
「……それは、クラウン様達にも」
「その通りさ」
フリューゲルを模したイラストが、パッと切り替わる。
それが誰かは一瞬でわかった。ドラゴニック☆ニュークリアだ。
……しかし、ラウンジで見た彼女とは格好が異なる。ヒト型の竜、と言うべき現実のドラゴニックに対して、表示された魔竜は翼もそこまで大きくはなく、角もさほど長くはない。全身の至る所に鱗はあり局部は隠れているが、肌色の部分も多い。その姿はどちらかと言えば『人』であると言える。
「これは、魔法少女なりたてのニュークの姿さ。どういうことか分かる?」
「……概念化が進行して……」
「そう。存在の性質……『竜に変身した少女』っていう本質が、『原子の魔竜』に変わっていくんだ。ニュークは、魔法を使えば使うほど、どんどん名前が示す通り『ドラゴン』に変化していった」
パッ、パッと切り替わるドラゴニックのイラスト。
翼が大きくなり、角が禍々しく伸び、やがて鱗が全身の殆どを覆い尽くす。最後まで肌色が見えていた顔も、ついに目元まで鱗が生える。
「ドラゴンにも色々あるけど、より野性的……古典的って言ってもいいかな。『災害』の体現である存在に近づいてる。……もうニュークは、言語能力もなくしちゃった。こっちの言葉は理解できてるみたいだけど、文字を読むことすらできない。絶望郷を巣、暮らす人々や財産を宝と認識してるみたいだからまだ大丈夫だけど……完全に竜になったら、どうなるか」
ラウンジで遭遇した時の、動物のような仕草、そして言語的な意味のない鳴き声。
あれの意味する所を知り、背筋が寒くなっていく。
「進行の比較的遅いトラッペも、時々無自覚にとんでもなく非人道的な実験とか方策を思いついて実行しそうになって、その度に魔法少女を生み出してしまった罪悪感を思い出してゲロ吐いてる。マザーは本当にコンピューターみたいになってきて、顔認証システムを通さないと他人の顔を識別できない。メルクは最初から感情を表に出さない性格だったけど、最近本当に無感動になってるんだ。……リツちゃんと再会して、久々に嬉しそうだった」
砂上の楼閣、薄氷の上。
そこに、最悪の時限爆弾まで乗っている。
「私だって、この『概念化』の影響を受けてる。絶望郷と道化師なんていう、正反対みたいな名前だからどっちにもならずに進行が遅いけど、いつかおかしくなっちゃうかもしれない。……今だって、絶望郷の全国民の脳に制御装置埋め込んで、感情ごとコントロールできるようにしたくて仕方がない。それは楽しくないでしょ? 流石に全国民の感情管理は無理っていう理由もあるからやってないけど、いずれ絶望郷そのものになっちゃうかもしれない」
フリューゲルのような、怪物に。
クラウンだけではない。それぞれのオリジナルが手遅れになった時、どうなるか。
「私含めたオリジナルが、妙に眷属を構うと思ったことはない?」
「……思い返せば、確かに。作戦報告も、わざわざ口頭で説明して下さりますし、アルケミスト様もつきっきりで訓練を見て下さりますし……」
「あれはメンタルケアさ。
「…………」
「でも、私達は人間に戻れない」
リツはもはや、何と返せばいいのわからなくなっていた。
ファミリアは、変身を解除して、概念化の進行を大きく遅らせることができる。だがオリジナルはずっとそのまま。
だからこそ、それが避けられない時限爆弾となっている。
それなのにどうして絶望郷を作ったのか。オリジナル魔法少女の力を酷使し、いずれ自分が自分でなくなり、最悪暴走する化け物に成り果てるタイムリミットを加速させながら。
その答えは聞くまでもない。
「それでも絶望郷を作らないと、この国は終わってた。選民して支配して。犯罪者という十を切り捨てて千を生かす。それをする以前に、私達の魔法がないと基盤すら作れない。私達自身が生きていくためにも絶望郷は必要だった。オリジナルだって食べ物は必要だしね。それこそトラッペは食べ物も作れるけど、結局は魔法を使ってるわけだし」
「…………」
「……リツちゃん達、皆が頑張ってくれたおかげで、反乱軍っていう癌が切除されてかなりマシになった。けど、まだまだ。私達のタイムリミットが来る前に、どうにか絶望郷の運営を国民の皆に渡さないとね」
あはは、と疲れた笑みを浮かべる道化師。
頬の涙のペイントが、本物のそれに見えて仕方がない。
そこでようやくリツは気づく。
オリジナル魔法少女は絶対的な存在だ。それは紛れもない事実ではある。
だが。この国の行く末を背負っているたった五人は、全員が
魔法少女の材料は、成人に満たない少女。……オリジナル魔法少女とて、リツと一つか二つしか変わらないだろう。いや……歳下である可能性だって。
絶望郷に希望あれ。
相反する言葉は、道化師の願いそのものなのだろう。
「――でしたら!」
リツは衝動的に、クラウンの手をとった。
ホログラムがジジッとぶれ、道化師が驚いた顔でこちらを見る。
リツは縋るように、だが確固たる決意と共に、叫ぶように言葉を紡ぐ。
「もっと眷属を、私達を使ってください! 平和のために、絶望郷のために。いずれ人ではなくなろうと、新たな礎が必要であればいつでもこの身を捧げます! ……クラウン様には命を救われました。昔助けてくれたグレイザー様もそうです。恩は、お返しします」
数瞬ぽかんとしたクラウンだが、すぐにくしゃりと泣きそうな笑みを浮かべた。
「……はは……。うん。ありがとう……!」
「ぐぇっ……ちょ……クラウンさま……」
「うへへー、このー! リツちゃんはいい子だねー!」
むぎゅっと抱きしめられた後、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられた。見る間にボサボサになった髪で、リツは小さく抗議するように道化師を見つめる。ホログラムの体でも、クラウンの暖かい気持ちは伝わってきた。
「ふふ。元気出たよ! 色々言ったけど、打開策もいくつも考えてあるよ! 空元気じゃなく、これは本当にね。眷属を増やしてるのはそのためでもあるしさ!」
あれとー、これとー、と指折り数えるクラウンは、先程の疲れた様子など微塵も感じさせない様子で笑う。
「でも」
立ち上がり、くるりと回る。
深淵色の髪がたなびき、王冠が疑似太陽の光を反射してきらりと輝く。
「でももしもの時は、君の正しさを信じる意志が絶対に必要になるはずさ。……だから、そのときは頼むよ」
ディストピア☆クラウンはリツの目を見、にこりと笑った。
「絶望郷に希望あれ」
家に帰ると、居間からゲームの電子音が聞こえてきた。
「おーおかえり、リツ。どうしたのさ。そんなに沈んだ顔して」
カチカチ、とコントローラーを弄るシアン。いつぞや話したリアルタイムアタックに挑戦しているのかと思えば、ただ普通に遊んでいるだけだった。
「クラウン様何の用事だった?」
「……色々、話してきました」
シアンに話して良いものか迷ったが、他ならぬクラウンに定められ、数々の死闘を共に乗り越えたバディだ。伝えておいたほうがいいだろう。だが話していいものか。悩んでいると、イヤーカフデバイスのホログラム画面に、クラウンから『OK!』という画像が送られてきた。
コートをハンガーに掛け、ソファーにうなだれるように腰掛け、リツは聞いた様々なことをシアンに伝えた。フリューゲルについては『ふ~ん』という態度だったシアンだが、概念化の話になると流石に頬を引きつらせる。
「うげ、マジ? そりゃ……きついね。で、それは私達もなの?」
「受けてはいるそうですが、無視できる程度である、と聞いています」
「そうなんだ。や、リツのバカ真面目はそこから来てるのかなって」
「……自分で言うのも何ですが、私は魔法少女になる前からルールを努めて守るよう意識してきました。クラウン様の言う通り、あまり関係ないかと。……と言うか、それを言うなら貴方もでしょうが」
「あはは。……え? でも青い空と効率って関連性なくない?」
……それもそうである。
「ともかく。……盲信がなかったとは言えません。どこか、ずっとクラウン様に従っていれば全てが良くなると思っていました。ですが……」
胸の内を明かされて、絶望郷の行く末はさらに暗いことを知った。
クラウンに語った決意は嘘ではない。しかし、ショックだったのも事実だ。
家への帰り道、ずっと頭の中でクラウンの絶望が反響していた。
「……まあ、そんな話聞いちゃったら気にするのも分かるけど。結局あーしらは全力で頑張るしかないよ。タイムリミットがいつかは分からないしさ。案外十年ぐらい先かも」
「……そうですね」
「最悪、宇宙船でも作って別の星テラフォーミングすれば大丈夫でしょ」
「それは流石に机上の空論が過ぎませんか?」
「あはは。何にせよ、これからもっと効率的に動かないとだね。でも反乱軍っていう一番の問題が解決したんだし、状況回復に回せるリソースも多くなるはずだよ、悲観的に現状認識するのはいいけど、未来までそんなふうに見てたら気が滅入って効率悪いでしょ。一緒にゲームして遊ぼうよ」
にっ、とシアンは快活に笑った。
それはもちろんそうだが……。
「……貴方から誘われるとは。私が遊びに誘った時も、初めはものすごく仕方なさそうな顔してたじゃありませんか」
「や、あーしもリツを見習って怠惰になってみようかなって」
「……はぁ~? 何ですかその言い方……」
リツは気分が沈んでいたのも忘れ、片眉を釣り上げた。そこまで言われる謂れはないぞ。
「だって休日の過ごし方とか知らないし。リツ休みの日結構色んなことしてるじゃん? あーし休みの日に何して遊べばいいのとか全然わかんないから、参考にしてみようかなって」
「だとしてももう少し言い方というものがあるでしょうが。何ですか。ずっと私のことを怠惰な人間だと思ってたんですか?」
「部屋片付いてなかったし」
「片付けたじゃないですか!」
そもそもそこまで汚くなかったでしょうが!
これ一生言われそうだな、と怒鳴りながら思う。
「リツもあーしを見習ってもっと効率的になってよ」
「私、結構効率的に動く方だと思いますけど」
「まだ足りない! ……うそうそ、冗談冗談。だからリツを気に入ってるんだし。多少の非効率は受け入れるぐらいにはね」
「そうですか……」
はぁ、と肩を落とす。
思考回路全ての終着点が効率に繋がっている人間などシアンぐらいのものである。もうだいぶこの効率厨の言動に慣れてきてしまった。
「まあとにかく、効率的に休んで疲れが取れれば、任務ももっと効率的にできるでしょ。リツが言ってたことだしね」
「まぁ……そうですね。色々言いたいことはありますが」
「このゲーム二人でもできるんだよね? 一緒にやろうよ。コントローラー一個しかないの?」
「予備があったはずです。えっと確か……」
どこだったかな、と収納を漁る。引っ張り出してきたコントローラーをコンピューターに接続し、シアンの横にぽすんと腰を下ろす。
いつの間にやら、幾分か心は軽くなっていた。
確かに絶望郷の先行きは暗いのだろう。だが、その黒雲を晴らすために己らがいる。
なれば、全力で役目を果たすのみ。
「……よし!」
「うわっ……びっくりした。急に大声出さないで」
「切り替えました。頑張っていきましょう。少しでもクラウン様達の負担を軽くするために、死ぬほど働きますよ。まずは体調を万全にするところからです。なので……」
「なので?」
パチン、とコントローラーのボタンを弾く。
「遊びましょうか!」
「あっはは、バカ真面目だなぁ。……リツ。改めて、これからもよろしくね?」
「ええ。言われなくとも」
リツは、シアンの差し出した手をしっかと握った。
空に憧れる相棒は、にっこりと嬉しそうに笑顔を浮かべた。
――ここは絶望郷。
魔法少女が支配する、黙示録に抗う都市。
相も変わらぬ死傷黒雲の下、道化師が見つめる夜が更けていく。
絶望郷に希望あれ。
◆終◆
魔法少女ディストピア☆クラウン 巳知外 竜世 @Beyond-Sentinel
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