エピローグ。
一ヶ月と少しが経過し、湿気と暑さを感じる季節。
エレベータが開くといつも通り、スタジオとは思えない内装といい匂い。いつもと違うのは、カウンターにいるのが店長さんだけではなく、スタジオのエプロンとピックがついたネックレスをつけた、麗花がいる事。
「いらっしゃいませ。あ、虎夜……と水華」
「とっていうのは何。ついでみたいな言い方はやめてくれる。店員さん」
「すみませんでした。お客様!」
水華と麗花はスタジオにいる他の人の目も気にせずに睨み合う。
スタジオに来てまで喧嘩しないで欲しい。店長さんが戸惑ってんだろ。
「流石に外では迷惑がかかるから、な」
二人が睨み合いを止めると、店長さんは安心したようにため息を吐く。
「さ、麗花ちゃん仕事、仕事」
「はい店長」
麗花はカードの提出や店内ルールなどの業務的な説明を行う。
「では時間までお待ちください」
「どうも。あっちのソファで待っている」
麗花が頷いてから水華と近くのソファに座り、横目で麗花の様子を覗く。
「覗きは立派な」
「そういうのじゃねえ」
水華にキモがられながらも麗花の方を覗き、聞き耳を立てる。
「麗花ちゃん完璧。すぐ色々覚えられて、頭いいね」
「ありがとうございます。でも覚えられたのは店長のおかげです」
「嬉しいこと言ってくれて、あ、そろそろ麗花ちゃん時間でしょ。もう上がっていいよ」
「ありがとうございます」
麗花は裏に引っ込んでいき、エプロンを置いてスティックと財布を持って戻ってくる。
麗花も店長にカードを渡すと、向かいの水華の隣ではなく、なぜか俺の隣、しかもかなり近くに座ってくる。
「あたしの接客どうだった」
「どうだったって言われても。まあ普通にできていたと思う」
「よかった。あ、この前もらった練習パットと台って、結構高いものだったらしいけどいいわけ?」
「電子ドラム買えなくて、ならパット何個置こうとか思って買ったはいいけど、一個あれば十分で余ってる物だったから気にしなくていい」
「ならもらっとく。お礼ってわけじゃないんでけど、彩花と青花も会いたがってるし、今度うち来ない?」
「んーそうだな。二人にも会いたいし今度行くよ」
「本当! じゃあ用意しとく」
「ああ、羽実ちゃんがまたメイド喫茶に行きたいって言ってたけど、メイド喫茶の方はどうしたんだ?」
「続けてるけど。色々申請して余裕はできたけど、私が使う分は私が稼がないといけないから。それに、案外メイド喫茶のバイト嫌じゃないし」
「そっちも今度また行くよ」
「うん。でも公園の動画があるし、一緒にいるところを撮られないようにしないと」
「公園?」
「あなた知らないの?」
会話に割って入ってきた水華が、なぜか俺が入っていないクラスLIMNの画面を見せてくる。
「これが?」
「この動画よ」
水華は添付されている動画を再生させる。
「こ、これって」
動画は顔のところにモザイクがかかっており、知らない人なら気づかないレベル。
動画の内容は、麗花の事情を聞いた時に、俺と彩花ちゃんが公園で会った時に撮られた物のようだ。
動画に写っている場面は、俺が二股をしている疑惑のところ。しかもご丁寧に文字起こしまでされている。
「なんだこの動画!」
しかもチャットの内容がひどい。
少し見直したのにキモ。
赤髪変態土下座事件のやつならなんの違和感もない。
それってクラスでいつも寝てる人でしょ、最低。
もしかしてもう一人の人って隣のクラスの人?
知らん。
赤髪変態二股校庭ギター笑。
など、俺が入ってないからって言いたい放題。
「だから最近避けられてたのか」
「それはいつもでしょ」
「あたしは虎夜がいい人だって知ってるから」
「俺のボッチ脱却には問題だらけだってのに、これじゃあさらに誤解が!」
「虎夜くん! スタジオ入っていいよ〜」
「二人とも、呼ばれたわ。誰かさんのせいで没収された私のギターの分まで頑張りましょう」
そういえばあの後俺のギターと変えるのを忘れて、水華のギターが没収されたんだっけ、まだ根に持ってんのか。
「虎夜にもらったスティックで生ドラム。楽しみ」
さっきの動画を見て、俺の脳内に、微かな記憶が横切った。
「そう言えば、麗花って昔俺と」
水華に遮られ、麗花は先に部屋に入ってしまった。
「早く行ってくれない」
「ああ、ごめん」
まあ、聞くタイミングならいくらでもある。なんたって、麗花はうちのバンドメンバーになったから。
「それじゃあ今日も練習始めるぞ!」
スタジオに入って練習を始める。
麗花はまだベースを弾くことができないし、問題が全部解決したわけじゃない。
でも今は楽しそうにドラムを叩いている麗花を見れている。
麗花が叩くドラムに合わせて、水華がギターを弾いていく。いつも喧嘩している二人とは思えないほど調和して、相性がいい。
少し前までは見られなかった笑顔が見れている。
美少女二人とバンドが組めて、その二人が楽しそうにしていて、なんだかフラグも立ちそうな予感もしている。
青春の予感も感じる。
今はそれだけで満足だ。
「それじゃあ行くぞ! 新曲、赤秋」
色髪ピアスで楽器をやればもてるらしい。 黒世夜人 @kuroseyato
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