第3話
○ゆずの姉りず視点○
「たい」
「何かしたいの?はいはい、責任持てるなら何してもいいから」
そう言って出社しようとする私。
「ちが」
「難しい話なの?困ったな?上手く話せる?」
「とも」
「友達?」
「べん」
「勉強?勉強する?」
「いえ」
「家で?一緒に勉強する友達できたの?!良かったじゃないの!」
「はあはあはあ」
二文字しか話せないし、立て続けに話すと息切れする妹。
どんな薬も治療も効かなかったからもう諦めてるけど、今はこれでもそんなに困ってない。
言いたいことは伝わったからもういいわね。
「じゃあ、行ってきます」
「おと」
おとって何かしら?おとなしくしてる?
まあいいわ。
今日も自分のため、妹のためにも頑張らないと。
○徹夜視点○
お弁当を貰ったのは間違えて作った一度きりだけど、今日も屋上で一緒に昼食をとっている。
学食のランチを購買のパンにして持ってくることにしたからな。
「どう」
「どうしてか?それはこんなところに妖精が隠れているのを放っておけないからさ」
クルクルしゅたっ
「さて、食べようか」
「うん」
「けい」
「慶次か?」
「しん」
「ああ、親友だよ」
「いつ」
「いつから?あれは小学三年生の時だな」
初めて師匠の道場に行った時、慶次が居たんだ。
両親は頭は良いけど運動は人並みな慶次を何とか強い子にしたかったらしく、師匠の道場に幼稚園から通わせていたらしいんだけど。
「では次!乱取りをしなさい」
「「はい!」」
その乱取りを見ていて俺はなんだかうずうずして、自分もさせて欲しいって頼んだんだ。
「お願いいたします」
「お願いします」
相手はずっと年上の中学一年生。
開基流柔術は投げ技が基本だから、俺が怪我をしないように格上をあてがってくれたらしい。
でも俺は相手が大きいから勇んで立ち向かったんだ。
ぐるん、すとん。
くるん、すとん。
くるくる、すとん。
何度立ち向かっても上手く回転させられて、痛くないように足から着地させられる。
結局、何も出来ないまま乱取りは終わった。
その後着替えに行った時、慶次にこう言われたんだ。
「なあ、お前。ずっと回されていたな、恥ずかしいヤツ」
「なにを?相手がお前くらいの身長なら、あのくらい俺にだって出来るさ」
「なんだと?やってみろよ」
「おお!」
慶次の泣き声を聞いて師匠が飛んできた時には、俺は慶次をクルクルと縦回転しているところだった。
俺は入門前だから許してもらえたけど、慶次はそれがトラウマになって道場を辞めることに。
でも、
「ありがとう!おかげで大嫌いな武道を辞められたよ!」
って凄く感謝された。
それから、隣のクラスだったけどよく話すようになって、今に至る、かな。
「わか」
「わかったか。ゆずさんは何か習い事してるのかい?」
「ない」
「そうか。俺は週に一回の道場だけだな」
師匠はお金要らないからもっと出てこいって言うんだけど、それはそれで悪いよね。
「かえ」
「帰りに、どこか行くのか?」
「いえ」
「家か。俺の方の家?」
「ゆず」
「ゆずさんの家か。ん?帰宅じゃないとすると俺に来てほしいとか?」
「べん」
「あっ、勉強教えてくれるのか」
「はあはあはあ」
「ん?どうした?もしかして続けて話すと辛いか?」
コクリ
「無理しなくていいゆっくり話そうな。君の声が聞こえなくとも、その美しい黒髪を見ていられればいいからな」
「う」
もちろん本当の事だからな。
それにしても彼女の家か。
「お家の人に手土産持っていきたいから、途中で買い物していくから」
「わか」
そして放課後。
「ゆずさんは何人家族なんだ?」
「に」
「二人か。じゃあお母さん?」
「おね」
「姉さんか。もう働いているのかな」
「うん」
これ以上聞くと疲れそうなのでちょっと間を置くことにして手土産を買う。
「これか。東京銘菓ぴょこ」
「すき」
「やっぱりこれは、ゆずさんが好きなやつなんだな。よし、これにしよう」
彼女の目線ですぐわかったからな。
俺はそれを一箱買うと彼女の家に向かった。
ん?待てよ?
「お姉さん仕事してるよな?」
「うん」
「帰ってくるのは何時だ?」
「しち」
七時?今四時だから全然だめだ。
いくら彼女が許しても、年頃の男女が、恋人同士でもないのにひとつの部屋とかまずいだろ。せめて保護者の同意が要るよな。
仕方ない、うちにするか。
「ちょっと待っててくれ」
俺はRINEで妹の
小六だからもう帰宅しているはずだ。
『なあにお兄ちゃん』
『今日、家で勉強会したいんだ』
『すれば』
『女の子だから、お前にもいて欲しいんだ』
返事が来ないぞ。
『春が来たの?』
『もう夏だけど』
『じゃなくて恋人?おじゃま虫は外出するね』
『違う、友達だ!だから男女二人っきりにならないように見張りを』
『お兄ちゃんって見張り要るような人なの?人畜無害でしょ?』
『いや、世間体として』
『どうせ何も出来ないんだから、大丈夫大丈夫。じゃあ一応、隣の部屋で聞き耳立ててるから』
『それでもいいから頼む!』
よし、場所確保!
「というわけで、保護者の同意無しに男女二人っきりとかどうかと思うから、ひとまずうちで勉強しないか?」
「え?」
「勘違いするなよ。うちは小六の妹が居るし、見張ってくれてるらしいから大丈夫だからな」
「うん」
○ゆず視点○
何で徹夜さんの家でやることに?
別に徹夜さんが何かするとは思えないのに。
ふふ、優しいんだ。
とりあえず徹夜さんの家で勉強してから、七時になったらうちに行くことに。
それでお姉ちゃんにも許可を取れば、これからうちで勉強出来るよね。
○徹夜視点○
「ただいま」
「お兄ちゃんおかえりって、ええええええええええ?!」
「愛佳、何そんなに驚いてるんだ?」
「だって凄い美人さんだから。あ、あの、妹の愛佳です」
「ゆず」
「ゆずさんですか。兄をよろしくお願いいたします」
ペコッと頭を下げると自分の部屋に戻って行く妹。
「じゃあ始めようか」
「うん」
彼女は筆談もできない。
だけどテストは解ける。
どういうことかと言えば、テストは自分の言葉では無いので書けるとそういうことらしい。
彼女は自分の心に思った言葉をアウトプット出来ない体質なのだ。
そのため
「ちが」
「ここ」
「それ」
などと俺の答えに対して、彼女が書いた解法や回答に、少し言葉を足して教えてくれる。
ただ、続けて喋るのは凄く疲れるようなのでゆっくり勉強は進めていく。
「アル」
「これが溶けるのはアルコールにってことか」
ピピピピ
そこでアラームが鳴る。
「そろそろ七時か。ではゆずさんの家にお邪魔させていただくとしようか」
「うん」
俺は東京銘菓ぴょこを手土産に薬師寺宅を訪問する。
「はい、どなた?」
「おお、これはこれはゆずさんの姉君。我はゆずさんの友になりし者。今後ともよろしくお見知りおきされたい」
「あ、は、はい?」
玄関口で俺は、口上とポーズの後に彼女のお姉さんにすっとお土産を差し出す。
「これって私も好きだけど、ゆずが大好きなぴょこ?!」
そう言って俺と彼女を見比べるお姉さん。
「そういえば、お友達と勉強するって言ってたけど、まさか男の子?!」
○りず視点○
あの時『おと』って言ってたの男の子ってことだったの?!
まあ、私が帰ってくる前に間違いがなくてよかったわ。
というか、この子が男の子連れてくるってどういう心境の変化なの?
ただでさえ誰とも意思疎通できなかったし、話そうともしなかったのに。
ま、まさか弱みを握られて、、、じゃなさそうね。
そんな雰囲気じゃないもの。
手土産もゆずの好きなものだし、まさかこの子、ゆずの言うこととか気持ちとか分かるの?
「今日はゆずさんに勉強教えてもらいに来ました」
「え?」
彼が教える側じゃなくてゆずに教わる側なの?
ゆずからどうやって教わる気?
「あの、勉強の様子見せてもらっていいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
とりあえず二人はリビングに勉強道具を広げ、勉強を始めたのだが、
「にじ」
「ここは二乗して、あと三を足すんだな」
「ここ」
「ここが違っていたのか」
「これ」
「ふむ、なるほど、そうやれば良いのだな。おお、なんと的確な指摘!目からウロコが涙のようにこぼれるではないか!」
ゆずが自分で書いた解法や回答を指さしつつ、二文字の言葉だけで意思疎通してる?!
ゆずって筆談出来ないけどテストは解けるから、こういう時は問題なく教えられるのね。
ううん、問題なくもないわ。
二文字の言葉でよくあんなに通じているわね。
それにしても彼の会話の『間』が完璧だわ。
ゆずが疲れない範囲で会話して、休みも程よく挟んでる。
たまに凄いオーバーアクションでちょっと変わったことを言うのは置いておいて。
いつからの付き合いなのよこの二人?
こ、恋人じゃないのよね?
「二人はいつから友達になったの?」
あっ、つい聞いてしまったわ。
「おと」
「一昨日に初めて話をさせていただきました」
「おとといっに初めて?!」
なにそれ?!知り合ったばかりじゃないの!
そんな子を家に呼んで勉強教えるってどういうこと?
やっぱり一目惚れとかなにか?
でも惚れてるって雰囲気じゃないのよね。
一時間後。
勉強を終えた時に私は信じられない言葉を聞いた。
「れさま」
「こちらこそ、ゆずさん、お疲れ様」
ゆ、ゆずが三文字喋ったあっ?!
無表情で寡黙な妖精と呼ばれる美少女に3文字以上話させるのはキモいと言われる俺の言動だけ パンパルンルン @parakun8181
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