第2話

「やあ、みんな。今日も」


俺は教室の入口でくるりと回り、


「太陽が優しく微笑む良い朝だな」


そう言って手を広げてクラスメイトにアピールする。


すると今日はいつもと違って俺の方をいつまでも見てくれている生徒が多いではないか!


おお!この挨拶はお気に召して貰えたようだ。


「なあ、聞いたか?」

「うん。佐々木が特進クラスの寡黙な妖精と下校して、喫茶店まで入ったらしいって」


そうヒソヒソ話すクラスメイトたち。


おお、見られていたのか。

しかしうちの学校は下校時に喫茶店やカラオケに寄ったくらいでは咎められないのだがな。


「あんな無愛想のどこがいいんだろ?」

「逆だろ?佐々木のどこが良かったんだ?」


ふむ。俺と彼女の関係を訝しがっているようだからこれは皆に伝えねばなるまい。


彼女の素晴らしさを!


キンコーンカンコーン


ぬぅ、朝のホームルームか。またの機会にしよう。






「だからお前の勘違いだろ!」

「いや、確かに頼んでおいたからな!」

「なんだとこのわからず屋!」

「なんだとこの忘れん坊!」


おや?

休み時間だというのに、あそこの仲良し二人が揉めているではないか。


「仲良き二人が罵り合うとは捨ておけん。何があったのか」


くるっしゅぱっ


「俺に話してみるがいい!」

「「佐々木?!」」



「ふむ。コンサートのチケットの予約をお互いが相手に頼んだ気になっていたのか」

「いいや、確かに僕がコイツに頼んだんだ!」

「何言ってるんだ!俺が頼んだんだぞ!」

「RINEにも何にも証拠がないのなら二人とも正しい・・・・・・・のではないか?」

「え?」

「二人とも間違ってるとかじゃなくて?」

「そうさ」


くるっ


「だが、二人とも相手の頼みを忘れていたから」


しゅたっ


「つまり、差引ゼロになって問題なしさ」


ぎゅんっとさらにバク宙を決める。


「どういう理論だよ!」

「というか、佐々木を見ててたらなんかどうでも良くなったというか、すまん、悪かった」

「え?オ、オレの方こそ、すまん」


「はっはっはっ。これにて仲直り完了だな。いや、実にめでたい!」


俺は扇子を取り出すとそれを広げて歌舞伎のような決めポーズを取る。


うむ、これこそ青春だ。




さて、昼休みだが俺はいつも学食でランチを食べている。


親は共働きで朝早く帰りが遅いからお弁当作る暇がないのと、俺も料理は大したものが作れないからだ。


唯一の兄妹である妹はまだ小六で、夜ご飯は作ってくれるが、お弁当まで作ってもらうわけにいかないからな。



というわけで今日も学食にやってきたが、並んでいるところに薬師寺ゆずさんがやってきた。


「てつ」

「やあ、ゆずさん。麗しき君も皆と楽しむ学食にやってきたのかい?」


そう言いつつ、並ぶ人の邪魔にならないように控えめのポーズを取る俺。


「べて」


そう言って俺に布袋を差し出してくる彼女。


「食べて欲しいってことか?俺に?」


コクリと頷く彼女。


「ゆずさんの分は?」

「ある」


そう言ってもうひとつ布袋を見せてくる彼女。


「そうか。それなら是非ともご相伴に預からせていただきましょうか」


俺はそう言いつつ回転しながら列を抜け、中庭に向かおうとした。

そこはお弁当を食べるのに向いたベンチが沢山設置してあるからだ。


「おく」

「屋上?ふむ、それもまた風情があって良いでしょう」


屋上にもベンチはあるし、何より景色を楽しみながら昼ごはんを楽しめる。


くいくいくい


と思ったら、新校舎ではなく旧校舎の屋上に引っ張っていかれた俺。


「こっちの屋上にはベンチはなかったはずでは?」

「そこ」


彼女が指さしたところは屋上にある給水タンクの階段部分。


「いつもここでお昼ご飯を食べてるのか?」

「うん」

「ひとりで?」

「そう」


なるほど、ということは。


「ここはゆずさんの秘密の場所。そこにご招待いただき誠に光栄」


俺は広い屋上で存分に腕を広げての礼をした。


「ん」


そんな俺を見てゆずさんの顔が綻ぶのが分かる。



○ゆず視点○


今朝は朝五時に目が覚めてしまった。


二度寝をしようとしたけど、徹夜さんのことが頭に浮かんで眠れなくなった。


仕方ない。ちょっと早いけどお弁当を作ろう。


私は自分のお弁当はいつも自分で作っている。

両親は早くに亡くなり、私を育ててくれているお姉ちゃんの分も含めて二人分を私が作る。



「あ…」


迂闊だった。

作り終わってから気がついた。

今日はお姉ちゃんのお弁当いらないんだった。


徹夜さんのせいにしたくないけど、彼のことを考えていたからだと思う。


どうしようどうしようどうしよう。


夜ご飯もこれにしようかな?

あっ、夜ご飯はお姉ちゃんが久しぶりに早く帰れるから外に食べに行こうって言ってくれたんだった。



その時、私の心に誰かが囁いた。


「それ、徹夜さんにあげたら?」


え?


「それで、一緒に食べたら?」


え?え?


「徹夜さん、きっと喜ぶよ」


そ、そうかな?


「彼と一緒に居たいんだよね」


う、うん。


「それなら、頑張っておいでよ」


結局、お弁当をふたつ持って登校してしまい、昼休みに勇気を出して彼に声をかけてみた。


「そうか。それなら是非ともご相伴に預からせていただきましょうか」


彼は優雅に回転しながら並んでいる列を抜けると、中庭に向かおうとした。


違う、そっちじゃないの。

あんな明るい子達がいっぱいのところに私なんか。


いつもの誰もいない、旧校舎の屋上。


それが私の一番落ち着く場所。


徹夜さんと二人で階段に腰かける。


お弁当を開けてその中身を見た彼は


「おお!なんと食欲をそそる彩りだろうか!」


と立ち上がって褒めてくれた。


嬉しい。凄く嬉しい。


どうしてだろう。

彼に褒められると凄く嬉しくなる。



○徹夜視点○


「たべ」

「うん、いただくよ」


まずは美味しそうな卵焼きから。


ん?!


「おお、これは程よいしょっぱさと出汁の味わいで卵のうまみを引き出しているな!」


俺は心地よくクルクル回ると再び座る。


食堂では美味しいものを食べても立ち上がったり手を広げたりできないから、ここはすごくよい場所だな!


「まい」

「なんと、甘い卵焼きもあるのか。おお、これは甘さは控えめだが先程の塩味の卵焼きの後に食べると調度良い甘さではないか!素晴らしいっ!」

「ん」


「これはパプリカとピーマンを炒めたものか。この色がまた食欲をそそらせてくれる」

「ん」


「ごちそうさまでした。これほど満足した昼ごはんは久方ぶりゆえ、なんとお礼をしたものか」

「いい」

「別にいい?と?しかしまたなんで急に?」

「まち」

「間違えてつくったと?本来は家族の分だったということか。普段のゆずさんはご家族の分も作っているとは素晴らしきかな!」

「う」


軽く照れると小さく呻く彼女がなんとも可愛い。


「たい」

「したい?何かしたい?」

「じゅ」

「授業、体育のことか」


コクリと頷く彼女。

急に話が変わるとさすがに二文字では分かりにくいな。


「すご」

「凄かった?もしかして俺が教室から見えてたか?」


今日の午前中の俺の体育の授業。

窓際の彼女からはさぞよく見えたことだろう。


「まあ、勉強は苦手だが運動は得意だからな」


以前は運動部の助っ人を頼まれることが時々あったが、最近は「ちょっと恥ずかしい」とかで頼まれなくなっている。


まあ、部外者の力で勝つのは恥ずかしいのは分かるけどな。


「おし」

「教えて欲しいのか?運動を?」


ブンブンと首を横に振る彼女。


「たい」

「勉強を教えたいって?」


コクリ


「いいのか?本当に?」


うちは共稼ぎだけど裕福な家庭では無いので塾には通わせてもらっていない。


慶次に教えてもらおうにも、慶次はほぼ毎日塾通いなので難しい。


「まかせ」

「まかせて欲しいって?ありがとう!こんな麗しき妖精にご指導いただけるとは、なんと幸福なことか!」


そう言って感謝の舞を舞う俺。


それを見てはにかむ彼女。

みんなこの微笑みに気づけないなんて、学生生活の半分は損をしているぞ。



「おい、佐々木!さっき薬師寺さんとお昼ご飯食べに行ってたよな?」


教室に戻るなりそう聞いてくるクラスメイト。


「そうそう、私もびっくりした。だってあの薬師寺さんが、佐々木くんのためにお弁当作ってきたのよ」

「ああ、あれは勘違いで余分に作ったからだそうだ。夜は外食なので食べられないからって言ってたな」


ザワザワ


「それってどうやって聞きだしたんだ?」

「どうやっても何も、普通に会話したが?」

「なんだって?!」

「二文字くらいしか話せないはずじゃ?」

「ゆずさんは確かに少ししか話せないが、表情や話の流れとかで分かるぞ」

「すごいんだね、佐々木くん」

「もしかして、愛のなせる技?」


なんだかキラキラした目で女子生徒達が見てくる。


「愛では無いが、二人の間にある友情がその心を伝えてくれているのだろう」


そう言ってポーズを取ると、いつも引き気味な女子生徒がパチパチと拍手してくれる。


「佐々木くんと薬師寺さんのこと応援してるから、頑張ってね」

「うん、私も」

「俺も」


なんだかみんなで俺たちの友情を応援してくれるみたいだが、嬉しいものだな。

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